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剣の→→→

「なんで!?斬ろうよ、その方がスッキリするでしょ?」

「姉さん……」

「……困ったな」


 言葉で言っても通じないのだろうか。なら行動で示せばいいのか!?

 まぁ、負かされますけどね……。

 ちゃんと伝えるべきなのだろうか、あれはヨージョさまではない、と。長女の代わりにあれを斬っても意味はないのだと。

 しかしこの子は十分我慢したんじゃないだろうか、これぐらい許されてもいいはずだ。


 俺としても出来れば斬ってやりたい。いや、斬りたくないけど。でも斬ってやりたい、しかし時間がないのだ。少なくともこんな事に費やしている時間は。

 俺が泳げるようになるまで、とりあえず水の中で目が開けれるようになるまでここで特訓を繰り返し、可能になれば俺を縄にでもくくり付けて水の中に突き落とせばいい。あの生き物に噛むか噛まれるかしてなんとか陸に引きずり上げてやるのだが……。

 しかしそこまでやって一体俺たちは何の為に地下へ降りて来たのか、疑問しか残らない気はする。


「だってこのまま放っておいたらモヤモヤするよ?寝つきが悪くなるし、ご飯美味しくないよ?」

「ボクたちは別に……」

「うん、別に関係ないな」

「……え、そうなの?」


 キョウシちゃんの視線が泳ぐ、自分の常識が他人のと異なっている事に気付いてしまったのだろうか。それは少し残酷な気もする。

 しかし、状況は少し違うようだ。キョウシちゃんが唇を噛み、訴えるような眼差しを向けてくる。これはまずい。ヤダヤダ!と言い出す前になんとかしないと……。


「ヤダヤダ!斬りたい、斬ーりーたーいー!」

「姉さん……?」

「遅かったか……」


 キョウシちゃんが駄々っ子モードに突入する、ジョーシさんは姉の余りにもな姿にドン引きする。どうしたらいいんだ……。

 やっぱり俺だけここに残って泳ぎの特訓をする?しかしそれなら誰が穴を掘るのだ。この戦闘狂と自称頭脳派だけでは雑事をこなす人間が居ない。ああ、俺ってなんて重要な人間なんだろう……!

 一人悦に入るが、当然そんな場合ではない。


「どーしてー!救世主さま、私の事好きなんでしょ?なら飛び込んでよ!火の中でも水の中でも!」

「姉さ……」

「……ああ」


 そういう事か……、とようやく気付いてしまった。この子がここまでワガママっぷりを発揮するのは俺が居たからだ。否、自分を好きと言ってくれる男が居たからだ。

 長女とその取り巻きの姿を見て、惚れた女に男がどんな事をするかを知り、自分もそうされると信じ込んでいるのだ。

 っていうかヨージョさま、取り巻きの男に何させてるの……?


「キョウシちゃん……」

「え、なになに?」

「姉……」


 俺の言葉にキョウシちゃんの顔がパッと明るくなる。この子は全く疑っていない、惚れた男が女の為に何でもすると信じ込んでいる。

 違うんだ、その常識は歪んでいる。いや、出来る事なら何でもしてやりたい。が!だ。今のキョウシちゃんはただの駄々っ子、手を焼く相手だ。そんな相手の為に何かをしてやりたいとは思わない。


「ねぇねぇ、何?どうしたの救世主さまぁ」

「いや……、その……」

「ね……」


 完全に何かを期待した目、これを裏切るのか俺は。勘違いするなこのワガママ娘!……と。

 俺はどうすればいいのか、もはや何に心を悩ませているのかも分からない。ジョーシさんに至っては姉のあんまりな姿に言葉を失っているようだ。というか徐々に失っている最中のようだ。

 俺も気を失いたい、誰か俺の頬っぺたを思いきり強打してくれ。


 そんなバカげた事を本気で願った時だった。水の跳ねる音がする、目の覚めるような鋭い音だ。

 ついにあの生き物が飛び上がったのだと思い、ワガママ娘の視線をかわして空洞を見る。

 居ない。既に神の剣が斬ったのだろうか、いや、その神の剣の姿すら見当たらない。


「え、もしかして飛び込んでくれるの?でも死なないでね、一応救世主なんだからさぁ」

「……いや、あの」

「……」


 この子には音が聞こえなかったのだろうか、もはや本来の目的を忘れている。俺が自分の為にどこまでしてくれるのかを楽しんでいる。どうしよう、この子を水の中に叩き落したい。

 再度、空洞に目をやる。さっきの音は空耳だったのだろうか。波で水が跳ねただけだろうか、至って穏やかな水面に見えるが……。


「……わー!」

「な、なになに?どうしたの救世主さま」

「……ハッ!?」


 俺が見守る水面にスッと浮かんできたのは頭から真っ二つに切断されたあの生き物だった。あの綺麗な生き物が綺麗に半分になって、全く望んでもいない姿で浮かんで来た。わー!

 しかも変化はそれだけではなかった。さっきと同じ鋭い水音が響かせて、神の剣が水の中から飛び出して来た。刀身から水を(したた)らせて。

 その姿は神々しいこの空洞の光を浴びて、不覚にも美しいものだった。この剣がバカ犬ではなく、まがいなりにも神の名を持つに相応しいと思わせるほどに。

 そして神の剣はそのまま一目散にキョウシちゃんの元へ、行くのかと思われたが通り過ぎ。珍しく持ち主である俺の元へ、来るのかと思いきや俺の頭の真横を恐ろしい速度で通過して髪をいくらか剥ぎ。

 そのまま壁をぶち破りながらどこかへ飛んでいってしまった。


「……何?あれ」

「殺されるかと思った……」

「水に入って気分が悪くなったんでしょうか」


 今の出来事に驚いて言葉を取り戻したらしいジョーシさんがすかさず解説を入れる。

 そうなのだ、奴は自ら水の中に入ったのだ。そしてやり遂げた。自分のご主人様(では無いが)の望みを叶える為にその身を(てい)して……。

 不思議と敗北感はなかった、むしろ救われた気がしていた。ここは素直に賞賛するべきなのだろう、男を上げたな神の剣!きっとキョウシちゃんも褒めてくれるだろう、早く戻って来い!

 が、神の剣は戻って来ない。何してるんだあいつ。


「……遅いですね」

「うん……、どこまで行っちまったんだあの剣は」

「そうねー」


 神の剣が作った穴は真っ暗で何も見えなかった。真っ直ぐ飛んでいったのだろうが、途中で気絶でもしているのだろうか?剣が気絶できるならだが。

 黙って帰りを待つ俺たちの背後で静かな波の音がする。その上ではあの綺麗な生き物が半分になって浮かんでいるはずだ。だが、あれだけの切り口ならきっとすぐ元に戻ってしまうだろう。

 何かで引き寄せて切り刻むべきだろうか。いや、とりあえずこの状況でキョウシちゃんには満足して貰って、後はもう空洞ごと埋めるとしよう。そもそも切る必要のなかった獲物だ。


 俺は静かにその半分になった姿を眺める。多少ショッキングな絵だがやはり美しい姿だ。

 濡れた髪が波に泳いでいる、それに連なる女性らしい緩やかな曲線。下半身である魚の鱗も細やかに光を反射していて眩しいほどだ。

 この神なら悪くないのかもしれない……、ガラにもなくそんな事を思っていると。キョウシちゃんが口を開く。


「で、救世主さまはいつ水の中に飛び込んでくれるの?」

「いやいやいや……」

「姉さーん?」


 完全に目的見失ってるよこの子……。あれが斬りたかったんでしょ?今斬れてるから、見てあげて!神の剣が頑張ったんだから!

 ジョーシさんも誰を探してるの!その目の前に居る残念なのが君の姉さんですよ、間違えっこないでしょ!というか、ここには他に人間自体が居ないから!


 ふぅ、とため息をつくと、俺はゆっくりした動きでワガママ娘の背後を指差す。

 一瞬眉をひそめた後、波に浮かぶそれを見てキョウシちゃんは満面の笑みを浮かべた。それはもう俺が求婚していた頃のキョウシちゃんの姿ではなかった。

 怖い、この子怖い!


「あ、そうだ。迎えに行ってやろうか?」

「戻ってくる気配がありませんね」

「ん?……ああ、神の剣ね」


 忘れてあげないでキョウシちゃん、神の剣の頑張りが全て無駄になるから!

 そして俺たちは可哀相な神の剣を追って、その穴へ入る事にした。あの生き物が元に戻る前にさっさとこの場を離れたかったのもある。

 穴に入る前に、空洞をジッと見ていたジョーシさんがフと口を開いた。


「結局、あの骨はなんだったんでしょうか」

「うーん、後でヨージョさ……街の人にでも聞いてみる?」

「そうですね」


 気付くとオヤジの姿が消えていた。キョウシちゃんのワガママっぷりは見られたのだろうか。

 まぁ、どちらでもいい。オヤジは口が堅いらしいし、ばれる時はどうやってもばれる。

 そんな事より俺たちが次にしなければならないのは、この小さな穴だ。神の剣を探しに行かねば。

 残念ながらあいつが居ないと俺は何も出来ない。穴掘りも今のところあの剣以外はしたがらないようだ。すぐに戻ってくる事を期待しつつも、早くここを離れないと水面に浮かんだ生き物が元に戻ってしまう……。それを見守る満面の笑みを浮かべた悪魔と共に。

 大した考えも無く、俺はその穴へ一歩踏み出した。

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