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剣のプランB

「恐らくですが、この水もいつかの光のように絶えず沸いて来るのではないかと思われます」

「う、うん……」

「ああ、なるほどねー」


 ジョーシさんが怒って暗闇に消えてからどれぐらい時間が経っただろう……。いや、大して経っていない。

 何事もなかったように戻って来たジョーシさんは、これはどう?とでも言うかのように、今さっき考えついたのであろう持論を展開した。

 その顔には多少のドヤ感がある。ついさっきプライドを破壊されて逃げるように立ち去った人物とは思えない。

 さすがというかなんというか、メンタルが強い。キョウシちゃんもこれが分かっていて俺を引き止めたのだろう、うろたえる俺をよそに淡々と対応している。


「となると水を抜くのは無理ねー、別の手段を考えないと」

「え、まだやるの……?」

「では、作戦2に入りましょう」


 そう言うとドヤ感を増量したジョーシさんが眼鏡に手を当て話し出す。なんだか調子に乗っている、とても今さっきプライドを粉砕されて尻尾を巻いて逃げ出した人物とは──。


「救世主さん、ブツブツ言ってないで聞いて下さい」

「あ、はい……」

「水の中に入らない以上、出来る事は限られています。こちらから近づけないのなら、向こうから来させる。つまりはおびき寄せるか引っ張り上げ訳です。だとすれば方法は──」

「ああ、釣るのね!……あっごめん!」

「……」


 一番の決め所をキョウシちゃんに持って行かれ、顔がひきつるジョーシさん。俺にブツブツ言うなと厳しく言った人物とは思えない、うぷぷ。

 しかし釣り、釣りねぇ……。一体どうやって釣るというのか、エサどころか竿すらない。あの生き物は何を食べるんだ?人を食うからエサになれとはさすがに言い出さないよな。


「どうやって釣るのかなぁ、分からないなぁ分からないなぁ」

「……キョウシちゃんどうしたの?」

「しっ、救世主さまは黙ってて」


 キョウシちゃんが子供のような言葉遣いで考え込む振りをしている。呆れるほどに子供だましだ、もう素直に教えてと言われた方がスッキリする。

 こんな風に言われては答える方が恥ずかしいだろう。そう思って呆れ顔をジョーシさんに向けると、そこには目と眼鏡を輝かせた残念なお方が立っていた。


「どうするか!説明しましょう!」

「え、分かるの!?凄い!」

「……何してるのこの姉妹」


 俺の前で茶番が繰り広げられていた。大げさに喜ぶキョウシちゃんと、珍しく鼻息荒く答えるジョーシさん。なんだろうこの扱い慣れた感じは……、ジョーシさん気付いてますか?操られてますよ、キョウシちゃんの手の平で泳がされてます。

 いや、むしろ釣られてますよジョーシさん、釣りの説明をする前に釣られてます!


「まず、神の剣を伸ばして竿の代わりにします。そしてそれに糸をつけて──」

「糸?糸なんて持ってないぞ」

「そんなのボクたちが着ている服にいくらでもあるでしょう。なんならこのローブのすそを──」

「え、切っちゃうの?教団のローブ。立派な物作って貰ったって喜んでたよね……?それを、切っちゃうの?」

「うっ……、でも仕方ないじゃ、あ」

「え」


 何やら嫌なタイミングで目が合った。ジョーシさん、俺に何をお求めで。なぜか俺の体を(というか服を)なめる様に見ておられる。

 いや、ちょっと待て。ボロは着てても心は錦、ボロであろうが切られちゃかなわん。困った事があったらとりあえずこいつで何とかしようというこの流れも嫌だ。

 ここは黙ったら負けだ、こちらから仕掛けないと。


「糸を付けたとしてそれからどうするんだ?針とエサがないぞ。あいつは一体何を食うっていうんだ。人でも食うのか!?」


 しまった。服の心配をする余り別の不安を口にしてしまった。素っ裸にされ神の剣に釣られた自分の姿が脳裏に浮かぶ。ひどい絵だ。

 そんな俺の前でウズウズしながら懐から何かを取り出すジョーシさん。なぜこの子はこんなに楽しそうなんだろう……、表情に変化はないが。


「針ならあります。……これです!」


 そう言って取り出したのはお馴染みというか、もはや見飽きた神の剣だった。

 ジョーシさんの神の剣、少し小ぶりなそれはカギ爪のように折れ曲がり、針というには余りに凶暴に見えた。

 長大に伸びた神の剣にボロ服の糸、そしてその先にぶら下がるカギ爪のような剣。

 糸はともかく、その完成形を想像して密かにワクワクしてしまう俺。カギ爪の先にエサとして俺がついていないかが心配だ。

 しかしなんだろう、この胸に引っかかる感じは。


「でもそれってさ、もう剣を伸ばして切った方が早くない?」

「……は?」

「ああ、ほんとだ」


 キョウシちゃんの率直な疑問にジョーシさんは口を半開きにしたまま固まってしまった。

 神の剣を二本使うというロマンには心惹かれるものがあったが。それは余りにも無駄な豪華さだった。案を練った結果、本来の目的を忘れてしまったようなハリボテ感がそこにはあった……。

 哀れジョーシさん、策士、策に溺れる。


「よし神の剣、伸びろ!」

「キャッ!?」


 俺が声を掛けるとキョウシちゃんの足元から何かが伸びる。どうやらその足に絡みついていたらしい神の剣が(一応)持ち主の命に従ったようだ。

 慌ててローブを押さえるキョウシちゃんと、そのすそから伸びた神の剣──。

 それはなんとも不思議な光景だった。思わず立派な物をお持ちですね、と声を掛けてしまいそうになるような情景だ。

 俺はなぜか心を惹かれてその姿をジッと見ていた……。


「こら、離れなさい!」

「……あ、そうだそうだ!」


 我に返りキョウシちゃんに加勢する。その足元に転がり落ちる神の剣、その長さからか鈍い音を響かせる。足元に居たらしい子猫がパッと身を引く。

 やれやれ、俺のやる気が先走って良く分からないハプニングが起きてしまった。軽い笑い話だと思い、フとキョウシちゃんの顔を見る。あれ?睨まれてる、めちゃ睨まれてる。

 なんで!?俺、別に狙ってやってないよ?些細な事じゃないか、何も見えなかったし。怒るような事じゃないはず……。

 その意思を示す為に、俺は出来るだけ平静を装って神の剣を手に取る。


「さ、さささーて、あの生き物をぶった切ってやるぞー。救世主さま頑張っちゃうぞー」

「……」


 俺の完璧な演技にも関わらず、キョウシちゃんは執拗に俺を睨んでいる。その手にローブのすそをしっかりと握り締めて。

 背中に冷たいものを感じながら、長くなり重さを増した神の剣を持ち上げる。その先は必要以上に長くなり空洞の奥、白い骨の横に突き刺さっている。

 空洞の中が見やすくなったのは、剣が伸びた時に入り口の壁を貫いたからのようだ。

 なんにしろ十分な長さだ、勢いは足りないかもしれないが斬るだけ斬ってみよう。そして可能ならば手前に引き寄せて……。俺は救世主にあるまじき表情で神の剣を水面下に振り下ろす!……す?


「おい神の剣、何を嫌がってる」


 確かに俺はその長い竿のような剣を下に振り下ろしていた。しかし竿の方が刀身をのけぞらせて水に入るのを拒んでいる、つくづく面倒な奴だ。そういえばさっきも水に浸けられて怒っていたな。

 しかし背後には俺を睨む恐ろしい鬼神がいる、ここは引くに引ける場面ではなかった。

 執拗に剣を上下に振り回すと、バランスが悪いのか少しずつその刀身が下がっていく。その長さがネックになっているようだ。

 なに、一度水に浸けてしまえば後は大人しくなるだろう……。剣相手になしくずしな妄想を抱く俺、その顔が救世主にあるまじき下卑た表情を……、剣相手に何やってんだ。


「ほら、キョウシちゃんが見てるぞ」


 神の剣を焚きつけてみる。しかしキョウシちゃんが睨んでいるのは俺だ、もはや恐怖で背後を振り向く事すら出来ない。それでも神の剣にはバレないだろう。

 俺の言葉に触発されたのか、剣の先が壁から抜ける。なんて単純な奴だ、我ながら嫌になる。

 だがやらせて貰うぞ神の剣、背後に居る鬼神の怒りを治める為にも。


 食らえ!ごめんね神秘の生物!

 振り上げた剣を水面下に振り下ろす!……す?

 神の剣の刀身は水面にピッタリと沿うように静止していた。いや、良く見ると波打つ水に合わせて多少上下までしていた。


「こいつ……!」


 そんなに嫌か、キョウシちゃんの名前を出してもダメなのか。

 その往生際の悪さに腹が立った俺は、生き物を斬るという目的を忘れてその柄を水面に叩きつけた!……はずだった。

 次の瞬間、俺の頭は後方に吹き飛んでいた。そして頬っぺたには伸縮したバネの直撃を食らったかのような衝撃があった。


「ぐふぅ……!?」


 そんなに嫌か……。

 急激な速さで元の長さに戻った神の剣は、俺の手を離れて再びキョウシちゃんの元へ飛んでいく。そして嫌がられてガッカリと直角に折れる。

 ふふ、ざまぁ見ろ。その時、空洞から何かが飛び跳ねた音がする。


「あれは……人魚ですね。人の上半身と魚の下半身を持った人獣です」


 いつの間にか我に返っていたらしいジョーシさんが今更のように説明する。

 だが、今度は俺が固まる番だった。ヒリヒリした頬を押さえ、薄れ行く意識の中で折れ曲がった剣をニヤニヤして見ながら──。

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