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剣の水しぶき

「キョウシちゃんの為なら、えーんやこーら!」

「最近なんだかオッサンたちの目つきが違うのよね。前は剣の腕をちゃんと褒めてくれてたのに、今は踊りでも見るみたいにニヤニヤして」

「ジョーシさんのたーめなーら、えーんやこーら!」

「緊張感の一つもないのよ、一体何の為に戦ってるのか分からなくなるわ。まぁ、相手はハリボテみたいなサビ連中だけどねー」

「慣れでしょうか、仕方ないのかもしれません」


 姉妹の会話(主にキョウシちゃんの愚痴)を聞きながら穴を掘る。ほんとに何をしてるんだろう俺たちは、緊張感の欠片もない。慣れだもんね、仕方ないね。



 俺たちはあの後、キョウシちゃんの部屋でしばらく休憩し、結局三人で地下へ降りて来た。

 休憩と言っても何をしていたか良く憶えていない。頭の中が真っ白になり、気づけばその真っ白な頭の上に子猫が乗っていた、随分懐かれたものだ。

 気付けばそんな俺をジョーシさんがジッと見つめていた、一体いつから見ていたのだろう。目を開けたまま眠っていたのかもしれない。キョウシちゃんはちゃんと横になって眠っていたのに。

 その後、何事もなかったように部屋を出て、キョウシちゃんの踊りをニヤニヤと堪能。ついでに朝食を済ませて地下へ降りて来たのだった。

 途中、キョウシちゃんがその傷に泉の水を塗っていた。どうやら効果があるらしい、傷は随分引いて見えた。


 前もって決めていた通り、地下での分担は完璧だ。

 俺が掘り担当、キョウシちゃんがお喋り担当、そしてジョーシさんが聞き役担当だ。

 正にこれ以上ない布陣だ。


「子供は剣を握ったり素振りしたりしてくれるんだけどねー。大人はやっぱりほとんどダメね」

「教会への義理でしょうか、それとも報復が怖いとか」


 俺が見た限りでは教会の連中はそんなに怖くなさそうだった、むしろ恐れられているのは剣の教団の方かもしれない。俺は密かに持っているキョウシちゃんへの恐怖心をグッと押し殺す。

 ああ、俺なんかがそんなふとどきな考えを持つなんて恐れ多い。俺は神の剣を持たせて頂いているだけで十分ありがたい名ばかり救世主。そして次期教祖さまの為に穴が掘れるなんて、ありがたくて涙がちょちょぎれそうだ!


「救世主さま、ちょっと休むー?」

「いえいえ大丈夫です、俺なんぞは穴を掘るしか芸のない人間でございやすので」

「ございやす、だそうです」

「なんだか卑屈になってない?救世主さま」

「きょーだんのたーめなーら、えーんやこーら!」


 神の剣があれだけあるのだ、ヨージョさままで所持している。いつ第二第三の救世主が現れてもおかしくない。

 なら最初の救世主として俺に出来る事はなんだ?俺に続く救世主たちに先輩として出来る事は!

 ……何もない。反面教師が妥当なラインだ。だからせめて子猫の世話と穴掘りで二人の点数を稼いで、お側に置いて貰うぐらいが関の山でございやすよ、旦那!


「あ、救世主さん。一応言っておきますが」

「うん?」


 ジョーシさんが俺に向かって歩いて来る、なんだろう……?

 そうか、今まで一緒に冒険して来たジョーシさんなら分かってくれている。俺の価値を、俺の実力を。そして言ってくれるはずだ。救世主はあなただけ、とか。私だけの救世主さまっ、とか。急にキャラが変わったジョーシさんが俺にそう告げてハッピーエンド的なあれだ。

 そのままジョーシさんは俺の耳に口を近づけ、ささやく様に言った。


「別に可愛くないですよ、その口調」

「……そうでございやすかー!ありがとうございやすー!」


 涙がちょちょぎれそうだ。

 なら俺が自ら見せ付けるしかない、己の価値を。己の存在理由を。

 神の剣を振り上げ、全力で振り下ろす。剣が悲しいうなり声を上げ、その音が響き渡る。


「姉妹さんのたーめなーら、えーんやこーらっ!でございやすー!」

「救世主さま頑張ってるみたい、あなたの助言が効いたのね」

「……はい、そうですね」

「子猫さんのたーめなーら、えーんやこー……ら?」


 妙な手ごたえがあった。壁が崩れ、溢れて来たのは俺の涙ではなく水のようだった。

 いや、水というには少々多い、俺の足元を水流が満たしていく。これは……川?

 久々に何かを掘り当てたようだ、ご主人さまに報告せねば。俺が振り返り二人に声を掛けようとしたその時、何かの気配を感じてたじろぐ。

 何かが居る……!俺は慌てて水に浸かった足を引き抜き、水面にジッと目を凝らす。随分と澄んだ水だ、しかし水の中は良く見えない。水面がキラキラと光って反射しているからだろう。

 またどこからか光が射しているのだ。まぁ、天井からだろうけど。

 水の中を何かが泳いでいる、巨大なヒレが目に入る。……巨大魚?それともサメか何かのやばいやつだろうか。


「救世主さま、何か水の音したけど大丈夫ー?」

「だ、大丈夫だ!」

「口調が戻りましたね」

「でごぜえます!」

「あ、また戻った」


 掘り進んだせいか二人からは俺の姿が見えないようだ。身の危険を感じながらも俺が二人を呼ばずにひたすら水面を凝視していた訳は、その神秘的な空気にあった。ここの空気は知っている、爽やかで清い空気。まるで風の間に吹いていたような清められた空気が流れていた(あれはあれで危険だったが)。

 なら、何か居るはずだ、俺の目と心を慰めてくれる何かが。

 俺は恐る恐る水に足を入れ空洞の中を覗き込む、中は思ったより広くそして思った通りに神々しい。キラキラ光る水面と、その下では海草や珊瑚が揺れている。水の中を幾筋(いくすじ)もの光の柱がたなびいて、楽園と呼ぶに相応しい様相を呈していた。

 だが、フと違和感を感じた。その原因は……壁だ。厳密には壁にある何か。白くて巨大な……骨?

 良く見ると生き物らしい大きな口を持った化け物の骨が、水面の上から下へと不可解な姿を晒していた。


 これは……やばい。泳いでる奴もきっと同種の何かのはず。あの巨大な口で俺なんかは一飲みにされて……ひぃっ!

 逃げ出そうとした俺の前で水しぶきが上がる。何かが水面から跳ね上がる。

 はい死んだ、俺死んだー!未知の敵を前に一瞬で自分の人生を諦めた俺は魂の抜けた虚脱状態となる、そんな抜け殻の俺の目に映ったのは、半裸の女、そして巨大な魚の尾びれ。……うん?なんだ今のは。

 それらは再度、水しぶきを上げて水面下に消える。

 あれ?生きてる、俺生きてるー!しかも何かいいもの見れたー!


「救世主さま……、どうしたの?ビショビショだけど大丈夫?」

「……大丈夫だッ!」


 心配して来てくれたのだろうか、キョウシちゃんとジョーシさんが俺の前に立っていた。

 良く分からない達成感に酔いしれていた俺は最高の笑顔で返答する。生命万歳、半裸万歳!

 どうやら水しぶきで驚いた拍子に尻餅をついていたらしく、股間はお漏らししたかのように濡れていた。だが今の俺は最高の笑顔のままでお構いなしに立ち上がる。


 がその時、手に握っていたはずの神の剣がなくなっている事に気が付く。もしや、さっきの奴が!?

 空洞に顔を向けると目の前に水滴を光らせて神の剣が浮かんでいた、そしてそれは慣れた動作で刀身をひねらせ、あろう事か俺の頬を強打した……。

 急すぎる痛みに対応出来ず、膝から崩れ落ちる俺。


 恐らく水に浸けられたのが頭に来たのだろう、持ち主にその意思を十二分に示すと神の剣はキョウシちゃんの元へと飛んでいく。

 剣に頭ってあるんだろうか?剣先?それとも柄?そんな疑問を浮かべながら再び膝辺りまである水の中に落ちる。

 何度も思うが、なんて嫌な剣なんだ……。


「……大丈夫じゃないみたいですね」

「わっ、ちょっとこの剣濡れてるじゃない。寄らないでよ!」


 水の中に半分顔を埋め、垂直になった視界の中で神の剣がガッカリと直角に折れ曲がる。

 ふふ、ざまぁ見ろ。……そしてやはり、こいつの主人は俺なのだと再確認するのであった。

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