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剣の複数形

 意外というかやっぱりというか、部屋の鍵は開いていた。

 ミルクを手に中へ入った俺たちを見て、キョウシちゃんは一瞬喜んだ顔をしたが、すぐに頬を膨らませて子猫の方を向いてしまった。

 全く、素直なのかそうじゃないのか。


「早くミルクあげてよね、この子がお腹空かせてるじゃない」

「はいはい……」


 ニーニーと鳴き声を上げる子猫は俺の手にした物に気付くと自分から俺の足元まで走り寄って来た。

 人肌と言うのにまだ微妙に熱いであろうミルクを俺がフーフーしていると、不服そうにキョウシちゃんがこっちを向く。どうやら猫が俺たちの方へ来た事で背中を向けている大義を失ったらしい。


「何も聞き出せませんでした」

「あっ、うん、そうだったんだ。……ふふーん、そうでしょやっぱり!分かってたもん私、だから行く必要ないって言ったのに。あの女がペラペラ話す訳ないじゃない!」


 急に鬼の首を取ったかのような態度に出るキョウシちゃん。行く必要ないなんて言ってましたっけ?自分が行きたくないとしか言ってなかった気がするけど。しかもそんな事で勝ち誇られても……。


「ただ、これからも手助けはしてくれるようです。あの肉人形を使って」

「肉!?……あ、そう」


 肉人形とは地下の信仰によって作られた偽者のヨージョさまの事だろう。ひどいネーミングだが言いえて妙だ。

 言葉の意味を理解したらしいキョウシちゃんは、無理に上げようとしていたテンションが崩れて落っこちる。視線を子猫に落としたのを見ると、助けて貰った事を思い出しているのだろう。

 子猫はそんな事お構いなしに、俺が冷ましたミルク(俺の人肌温度)を黙々となめている。


 どうでもいいがこのミルクは、やっぱりと言うかオヤジの家で貰った物で。帰りに寄ったその家は意外な事に普通の民家だった。

 夜中に突然押しかけた俺の顔を見てあからさまに嫌な顔をしたオヤジは、その隣に居たジョーシさんに気付くとたちまち表情を和らげてその指示に従った。

 こんな夜中でも快く手伝ってくれるオヤジさんはほんとにいい人ですね!などと言うと思ったかあのクソオヤジ。俺を見た時の表情と態度は絶対に忘れんぞ覚えとけ。


「これからどうしますか?」

「そうね、朝まで少し横になるわ。生活のリズムが崩れるのは嫌だし、ロウソクだってタダじゃないんだから」

「今はタダみたいなものですが……、そういう意味ではなくて。姉さんも地下に来られますか?」

「ああ……そうねぇ」


 なんとも複雑な気分だった。キョウシちゃんが居た方が安全だし俺が戦う必要はない、だがこの前のように暴れるキョウシちゃんを見るのが少し怖い。俺では彼女を止める事も出来ないだろう。

 ジョーシさんとのんびり行きたいという気持ちもあるが。でもちょっと待て、俺はキョウシちゃんが好きなんじゃなかったのか、一緒に居たいんじゃなかったのか。俺は一体どうしたいんだろう……?

 俺が好きになったのは表面上の彼女だったのだろうか?次期教祖を演じている、誰にでも見せる顔だったのだろうか。分からない……。

 俺の心がこじれている間にキョウシちゃんがさっさと結論を下す。


「じゃあ、救世主さまにこの子を任せて。私たちで地下に行くっていうのはどう?」

「え」

「……ええっと、ちょっと考えさせて下さい」


 ちょっと待て、ジョーシさんも何を考え込む必要がある。俺は救世主ですよ?この危機を救う為に神に選ばれた(訳でもないが)。

 その俺が地下に行かないで子猫の面倒を見てるって……、そんなバカな。

 確かにキョウシちゃんは俺より強い、どんな敵が出ても一撃で粉砕出来るだろう。そして俺と共にいくつもの戦闘を経験したジョーシさん、この二人が居れば鬼に金棒。負ける気がしない。

 俺なんて居たところで足手まといでしかないからせいぜい子猫の機嫌でも取っておけ。

 つまりはこれ以上のない編成と言っていい。完璧だ、もうこれで行くしかないな!

 ……あれ?


「……姉さん、暗闇が怖いんじゃなかったんですか?」

「今でも好きではないわよ?でも凄く明るいランプも手に入れたし、何より実戦経験が得られるのは大きいわ。だって今まで表立って生き物を斬るなんて経験出来なかったんだもの」


 なんだか血なまぐさい事を言われておりますが……。しかし剣を使う人間にとっては死活問題なのだろう。いざという時に斬れなければ何の為の剣なのか分からない。そしていざという時は唐突に来るのだ。

 っていうかいざって時はもう来てる。十分斬ったよねこの子、偽者とは言え姉まで斬ろうとした。なら大丈夫なんじゃないの?何、この子一人で戦争でも始める気!?


「救世主さん……」

「え、何……?」


 ジョーシさんが俺を見る、なぜかその目に同情や(あわ)れみのような物を感じる。気のせいだとは思うが止めてくれ!それなら見下された方がまだマシだ。

 俺にだって言いたい事はいくつもあった。救世主としてのプライドとか立場とか、存在理由とかもっとカッコつけたいとか……。いや、その程度しかなかった。別にいいです。

 よし、俺がこの子猫を育て上げて立派な猫袋にしてやろう。それならきっとキョウシちゃんも感激して俺に心と股をひら──。


「あ、でも穴掘りは嫌かな。剣に変な癖が付きそう、救世主さまみたいに」

「……救世主さん!」

「だから何……?」


 ジョーシさんの顔がパッと明るくなる。なぜ喜んでいるのだろう、今の発言はどう考えても俺がコケにされてるというのに。一緒に喜べないって分かるよね?

 真顔で見返す俺に、さすがのジョーシさんも視線を泳がせた。

 つまりはあれか、俺が救世主であるという意味は穴が掘れるという事だけか。そして剣の振りに変な癖がついても問題ないという事、それからキョウシちゃんが穴掘りしたくないってだけの事か。

 はっはっは、それがどうした。もうそのぐらいでは動じないぞ。


「あ、そういえば剣集めはもういいんですか?」

「うん……、なんかいくら集めても意味ないみたい。姉さまもここから盗んだ訳じゃないみたいだし、やっぱり増えてるんじゃないのかな」

「ん?何の話?」

「あ、救世主さんには言ってませんでしたね」


 するとキョウシちゃんはイタズラ娘のような表情でベッドに近づき、その上のシーツや枕を強引に引っぺがす。まるで子供の遊びのようだ。

 そして裸になったベッドの上部をつかむとシーツと同じようにそのフタを引っぺがした。

 どうやら物入れになっているその中には、衣類の他に物々しい数の剣が並んでいた。その剣は間違いようもなく神の剣だった。


「ね、凄いでしょ?」


 宝物を見せびらかす子供のようなキョウシちゃん。しかし俺は自分の足元が崩れ落ちるような衝撃を受けていた。

 どういう事だ、神の剣がこんなに沢山……?これだけあるなら、もう俺が救世主やる意味ねぇじゃん!俺、別に選ばれてねぇじゃん!その辺の腕っ節が立つ奴に持たせた方がきっと間違いなく強いじゃん!!

 はっはっは、それがどうした。もうこれぐらいでは大混乱。

 血の気が引くいていくのを感じる。ああ、立ったままで立ちくらみ。どういう事なの?こういう事なの。認めたくはないものだな!優しく殺して!



「オヤジさんが教会の近くで見かけたって言うから、昔からあった襲撃リスト……じゃなくてご近所リストから近くの教会を回ってみたのね。そしたら居るわ居るわ剣持ちが、……って救世主さま聞いてる?起きてますかー?」

「これが姉さんにお願いした仕事だったんです。……でも救世主さんには見せるべきではなかったようですね」

「あ、見て!この子が救世主さまに登ろうとしてる、頑張れー!」

「痛くないんですかね、爪」


 その後の事は良く覚えていない。俺にあるのは救世主という呼び名と、恐らく一番嫌な性格に育った神の剣だけだった……。

 あ、それとスネの辺りがなんか痛い。

 ケツもかゆい。

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