人々の剣
神の力を受けたその輝く剣。
そしてそれを扱う救世主の屈強な肉体から繰り出された一振りは、
禍々しい錆人間を、風が散らばった落ち葉をまとめてはき出すように吹き飛ばす。
救世主、神の剣に選ばれし男。
彼は風、この混沌とした世界に現れた一陣の。
そして決して消える事のない悠久の風。
救世主を、そして神の剣を崇めよ!
「──と、救世主様の活躍は人々に伝えられております」
「・・・はぁ」
「なので、くれぐれも人々の期待を裏切らぬようお願いします」
「・・・はい」
とは言われても・・・。
俺は木陰に座って眺めていた。
神の剣と言われる、遠い山に突き刺さった巨大な剣と同じ形をした、
主人である俺を全く必要とせず楽しそうに錆人間を切りまくるその剣を。
「どうしてこんな事に・・・」
独り言のようにつぶやく。
すると耳ざとくそれを聞き取ってくれるキョウシちゃん。
教団からの使者で俺のお世話係であり、最近ローブを新調した年齢・本名ともに不詳の女の子が答えてくれる。
「それはあのご機嫌で散歩を楽しむ犬のような剣の事ですか?それとも用なしになった救世主様の体たらくの事ですか?」
「容赦ないね・・・」
「なんだか最近吹っ切れました」
遠く巨大な神の剣を見るキョウシちゃん。
きっとその目は幼い頃から何度もあの剣を見上げてきたのだろう。
「私があの剣に見ていたのはただの幻想、少女の夢のようなものだったのかもしれません」
「へぇ・・・?」
「神の剣をバカにする連中が居て、早く世界がこの剣を必要とするようになればいい、なんて思った事もありましたが」
「あー・・・」
確かに神の剣の教団は周りから変な目で見られてたっけ。
「フタを開けてみれば、どうしようもない盛った犬のような剣とへっぴり腰の救世主」
「返す言葉もございません」
「いや、いいんです。やっと目が覚めたというか、そんな物に頼ろうとしてた自分の弱さが分かったんです」
「そっか・・・」
「はい」
軽い笑みを浮かべるキョウシちゃん、心なし寂しそうに見える。
えっと、何か良いことを言って返したい。
なんて言ったらいいか分からん。
あ、そうだ。
「キョウシちゃん」
「なんですか?」
「結婚してくだ」
「イヤです」
食い気味ですね、いつも通りです。
「なんでそういう流れになるんですか!話聞いてました?」
「え、大体」
「じゃあおかしいですよね、私が何て言ったか教えてください」
「え、大体」
「はぁ・・・、もういいです!」
そう言い残し歩いていくキョウシちゃん。
きっと狼煙を上げて別の使者を呼び、その馬車でしばらく頭を冷やすのだろう。
相手の行動がある程度分かってしまう。
まるで倦怠期の夫婦のようだ、
熱々の時期なんて無かったけど。
犬の剣が一人遊びを終えて戻ってくる。
おおよしよし、いい子だ。
この時だけが自分を救世主だと実感できる。
そう、俺は救世主。
神の剣に、待て!待てって・・・。
柄を持った俺を引っ張るようにして剣は道を急ぐ。
一体こいつはどうなってるのか。
そういえばキョウシちゃんが信仰と魔法の関係について話してたっけ。
信仰と魔法。
「ええ、前も言ったとおり人の信仰心が物や現象に力を与え。時にそれが人々を守り、そしてまた滅ぼすこともある、と。そんな事より救世主様、さっきは怒ってみせたけど、私本当は救世主様の事が大好きで。本当なら今すぐこんなお役目捨てて二人で南の島へバカンスに繰り出して、その場でけっこn」
「救世主様?鼻の穴から脳の中身が見えそうですよ」
「うわっ!?キョウシちゃん・・・!君の気持ちは分かった」
「何がですか」
「けっこ」
「イヤです!」
食い気味ではない、食われた。
「ほんと懲りないですね・・・。救世主様のは夢見る少年じゃなく、願望と妄想しか見えてないダメな人です」
「うーん、おかしいな・・・」
「でも・・・、まぁ・・・」
珍しく歯切れの悪いキョウシちゃん。
「必要とされるのは悪い気がしないです。・・・それだけは感謝しておきます」
「じゃあ」
「じゃあもクソもないですけどね!やっぱり言うんじゃなかった!」
怒って歩いていくキョウシちゃん。
その先に教団の馬車があった。
女心は分からない、空を流れる雲のようだと誰かが言った。
遠く巨大な神の剣は、その雲を斬るようにしてそびえ立っている。
俺は思った、
今夜のご馳走はなんだろう。