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剣のメガネコ

 快楽のお預けを食らった体を無理やり引き起こし、ヘナヘナになった足で前進する。

 その先ではジョーシさんが俺を庇うように立っている、なんとかしないと。しかしジョーシさんの体に触れてしまったら俺の体は快楽と女体に触れたショックでどうにかなってしまいそうだ。


 しかし、今はそんな事を言っている場合ではない。猫袋の刃物のような巨大な爪がジョーシさんに迫っている。きっとこの子ではかわせはしないだろう。

 打ち寄せるような快楽の波を押しのけて、身をよじるようにしてジョーシさんの背中に襲い掛かる。きっと親御さんが見たら悲鳴を上げるような光景だろう。

 心の中で親御さんに謝罪しながらその背中に手を伸ばす、間に合ってくれ!

 だが、そんな俺の願いも虚しく。ジョーシさんの背中は強い力で吹き飛ばされて……。


「あっ……!」

「ジョーシさん!?」

「ぶにゃあ……?」


 倒れたジョーシさんは真っ二つにされまるで二人居るかのように見え……、キョウシちゃん?

 あ、二人居ました。


「ふぅ……怪我は無い?大丈夫?」

「……姉さん」


 結局、半歩も歩けず膝から崩れ、倒れたショックに身もだえしてしまう敏感で役立たずな俺の体……。そんなものはゴミ箱の中にでも置いとくとして、助けてくれたのはキョウシちゃんだった。

 吹き飛ばされたように見えたのは、キョウシちゃんが横からジョーシさんの体をさらったからだろう。

 いや、俺も頑張ったんだよ?


「ぐるぐるぐる……」


 折り重なるように倒れた姉妹に、しかし猫袋の好奇心と射幸心は止まらなかった。顔の向きを変えただけで、再び姉妹に向けてその腕を伸ばしていた。

 危ない!と叫ぶ間もなくキョウシちゃんはその手にしていたランプを猫袋の前に投げる。虚をつかれた猫袋は腕を引き、ランプが落ちるのを見守る。

 この隙を見逃す訳がなかった。


「さ、離れなさい」

「で、でも……」


 立ち上がりこそしたが、ジョーシさんはその場を動かない。引かれた腕を押さえてその場に留まっている。

 ランプが地面に落ちる、その音と炎が飛び散る。稼いだ時間の半分は失われてしまったのだろうか。

 この期に及んでためらう理由がどこにあるというんだジョーシさん!


「救世主さんが……!」


 俺だった。

 すいません、俺が足を引っ張ってました。


「救世主さまだったら大丈夫だから!」

「でも……神の剣がないんですよ」


 自分が手にした剣を見てハッと息を呑むキョウシちゃん、忘れてた?もしかして忘れてました?俺なら大丈夫と思ってました?

 そんな事をしている間にランプで稼いだ時間は全て失ってしまったようだ。

 その爪で遊ばれたらしい炎の化け物の顔は無残に潰れ、残り火のように地面を灯していた。……まぁ直ぐ元に戻るんだろうけど。

 猫袋の視線が再び俺たちに戻る。まずい……、そう思ったのは俺だけではないようだ。


「さぁこっちよ、私と遊びましょ!」

「姉さん……!」

「ぶにゅあぁ……」


 大声で猫袋に自分の存在をアピールするキョウシちゃん、スキップのようなよく分からない動きで猫袋の前に躍り出る。その動きは一体何なのか、詳しく教えて貰いたいところだ。

 しかし猫袋はそんな動きに、いやキョウシちゃんに全く興味を示さなかった。飽きてしまったオモチャを見るようにキョウシちゃんを眺めた後、その視線を再び俺とジョーシさんに定めた。

 いい加減お荷物である俺も動き出さねばと、再び全身性感帯と化した体にムチを打つ。そして立ち上がろうと四つん這いでプルプルする。

 猫袋はそんな俺の姿に興味津々のようだ。見ないで下さい、これでも必死なんです。

 俺は一体何をやっているんだろう……。役立たずならまだいいが足を引っ張るのは良くない、そんなあるのかないのか良く分からないプライドをバネに、どうにかこうにか立ち上が……れない!


「救世主さん……!」

「うおおお!」


 地面に頭をガシガシぶつける。天国から戻って来い俺の脳、今は快楽で骨抜きになっている場合ではない。神よ、これは罰なのか!快楽をむさぼった罰!キョウシちゃんを裏切った罰!

 そんな俺の原罪である巨大な猫袋から、神の意志である腕が伸ばされて来る。

 俺の前に立ちふさがるジョーシさん、袋から伸びた腕とその先に光る刃物のようないくつもの爪。それが俺たちに向けて物欲しいように伸びて来る。


「ジョーシさん!」

「……あっ姉さ」


 金属を擦り合わせたような音が響く。

 その爪を受けたのは、またしてもキョウシちゃんだった。間に合った、間に合ってしまったと言うべきか。その肩からは赤い鮮血がしたたっていた。

 肩や腕にできた傷を見るところ、どうやら剣の側面で受けたようだが。それではどちらも傷を負ってしまったようだ、苦肉の策というところか。猫袋もしきりに自分の手をペロペロとなめている。


「……手を出しちゃダメなものがあるのよ。めっ」


 キョウシちゃんが猫袋を傷つけた……?

 その時、俺はようやく自分の考え違いに気付いた。キョウシちゃんはこの猫が死んでも街を滅ぼさないだろう、それより大事な物があるからだ。自分の妹という奇妙な絆でつながった存在が。


「にゅおぉおん……」

「姉さん、ボクは大丈夫です。傷の手当をして下さい!」

「……大丈夫じゃないでしょ?」

「でも……」

「少しは自分を大事にしなさい」


 それでも俺たちの前に立ち続けるキョウシちゃん、他人の事は言えないよ。この姉妹の強いつながりを感じる。

 どうでもいいけどその自分を大事にするというのは、俺なんかの為に命を張るなとかそういう意味じゃないよね?こんな事聞いたら凄く興ざめだよね?

 そしてそんなお荷物な俺は、自らの力で割った額から一人静かに血を流していたのだった……。


 もうダメ、情けない、立つ瀬すらない。殺すなら俺にして。

 そんな願いも虚しく、猫袋が再びこちらを見据える。……ねぇこれって実はチャンスなんじゃないの?その時、俺の脳裏に浮かんだのは起死回生のアイデアに思われた。

 半ばヤケクソでキョウシちゃんの前に飛び込み、二人を庇って名誉の負傷を受ければいい。それなら少なくとも俺のプライドだけは維持できる。

 もはや何を守ろうとしているのかも分からなくなった俺はトチ狂ったようにその考えに支配される。

 行け、やるなら今しかない。体は動ぞ、額の出血は無駄じゃない!

 猫袋から伸び出した腕を確認すると、俺は四つん這いの状態からスタートダッシュを決めてそのままジョーシさんの横をすり抜け、キョウシちゃんの前へと──。


「神の剣!」


 それは悲鳴のようなジョーシさんの叫びだった。

 再び剣でその爪を受けようとしていたキョウシちゃんが体勢を崩す、その前へ出ようとしていた俺が目の前に突如現れた何かに再び額を強打する。


「いててて……」

「これは……?」

「あ……、大丈夫ですか姉さん!?……何してるんですか救世主さん」


 俺たちの前には巨大な円形の何かがあった。ガラスのようだがその先が歪んで見える、どこかで見たような……。

 猫袋はそれが珍しいのか、歪んだ形の俺たちがおかしいのか。それとも暗がりに映った自分の姿が面白いのか、ガラスを突っついて遊んでいる。

 キョウシちゃんの手元から伸びたこの物体、どうやらこれは神の剣から伸びているようだった。つまりはこれは神の剣が姿を変えたもの、ジョーシさんの悲鳴のような声に反応してこうなったもの。

 その巨大な形をジョーシさんに求めるようにその顔を見る。


「助かった、のでしょうか。……どうかしましたか?」

「あ、眼鏡」


 その解答を先に口にしたのはキョウシちゃんだった。なるほど、良く見ればそっくりだ。

 巨大な眼鏡、それが神の剣の作った形であり俺たちの前に現れた物体の正体だった。

 神の剣はその持ち主の影響を受けるとは聞いたが……影響と言っていいのだろうか。まさか形を似せるとは、しかも所持品に。

 らしいと言えばらしいが、どんな使い道があるのというのだ……。まぁ役に立ったけどさ。


「ぬあーごろごろぉ……」


 俺たちが見上げる中、猫袋はその眼鏡を相手に遊び。しばらくすると満足したかのように眠ってしまった。その姿に安心する俺とジョーシさん、しかしなぜかキョウシちゃんだけは表情を曇らせていた。

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