剣の帰還
「とりあえず、救世主さんはご自信の信仰について二度と口にしないで下さい。ボクもその事は……、忘れて、いいものなのか……。とにかく、オヤジさんもどうか口外しないようお願いします」
「……」
無言でうなずくオヤジ、その目には明らかに俺に対する侮蔑が含まれていた。
こいつ……、やはりこのオヤジと友情を育むなど不可能な事だった。ただの棒から鉄の棒で殴る事を心の中で密かに誓う。
しかし思った以上に大事になって驚いた、無神論者はそんなに珍しいのか。
正直、食うに困らなければどうでもいい問題だとは思うのだが、彼らの住む世界では違うのだろう。
まぁ俺の神はキョウシちゃんみたいなもんだし、見えない神とか必要ないし。地下にうごめいてる見える神は変なのばっかりだし、狂信者とかちょっと楽しそうだし。……別に疎外感とか感じてねぇし!
「一旦この話は終わりにしましょう。……それよりそろそろまともな道を走りませんか?」
「……!」
その言葉でようやく我に返ったらしいオヤジが横転しかけた馬車を立て直す。もうこいつクビにしていいんじゃないかな?
そして俺たちは途中であの茂みに寄り、オヤジと馬に鎧を被せ、行きの倍はかかってようやく街へ辿り着いたのだった。
「では救世主さん、また明日もお願いします」
「ああ……」
疲れた……、軽い運動のつもりがあれこれ振り回されてしまった。この疲労の大半は剣の修行によるものではないのだが、もうそれについて考えるのも面倒になっていた。
もはや我が家と化した馬屋の前でジョーシさんに別れを告げる、薄汚れた建物だ、救世主というのならそれなりの扱いをして欲しいものだが。そういえば馬小屋で産まれた神も居たそうだが、まぁいいか。
「救世主さん!」
「うん……?」
馬屋の扉を開くと一歩も動いていなかったらしいジョーシさんに声をかけられる。
「今日はお互いに、少し隠し事が出来ましたね」
「ああ……?」
俺のは別に隠していた訳じゃなく、隠した方がいい事だと思うのだが。まぁ似たようなものか。
ちなみにジョーシさんの隠し事とは見て分かる通り、ローブの下に隠した持った物だ。ここへ来る間もずっと握り締めていた物、ジョーシさんの神の剣だ。
今までは街の中を移動すると、それに合わせて体の部位を手で押さえていたが。さっきはその代わりにその剣を握り締めていた、それで少しはマシに感じるのだろうか。
「……良かったね」
「はい!」
それだけ言うとジョーシさんは俺に背中を向け歩いていく、心なしか足取りが軽く見える。
全く、いい気なものだ、俺は利用されただけじゃないか。それなのに利用したのであろう本人に全く罪悪感がないとはな……。まぁ少しは救世主らしいことが出来たと思って納得するべきなのだろう。
そうだ、女の子を一人救えたなら、それは世界を救ったのと大して違いはないんじゃないか……?
そんな事もないな、だってこの世界に何人の女の子が居ると思ってるんだ!
やはり疲れている。そう実感した俺は馬屋に入るなりワラの上に大の字になって泥のように眠りにつ……。
「救世主さま、祈って!」
「……はぃ?」
勢い良く開いた扉の音と、それに続いてキョウシちゃんの声がした。薄目を開くと外はまだ暗い、どれぐらい眠れたのだろう。正直まだ眠いです。
「お願い、でないと私死んじゃう……」
「……はぃぃ?」
全く話が分からない、これはきっと夢なのだろう、頬っぺたをつねってみる。
うん、痛くない、夢だ。俺は湿ったワラをもしゃもしゃと口にしながら心地よい夢の続きを……。
「救世主さま、早く!一刻を争うの!」
「ううん……」
暗闇の中をキョウシちゃんに腕をつかまれ引きずられる。中々の力だ、そして中々リアルな夢だ。夢ならこのまま抱きしめて色々してしまっても構わんのだろう……?
引っ張られた腕に力を入れてキョウシちゃんを地面に押し倒して……倒せない。中々の力だ、そして中々リアルな力だ。もしかしてこれって夢じゃないんじゃ……。
「早く立ち上がって!ほんとに使えない救世主!」
「はぅっ!」
その言葉は俺の心をピンポイントで打ちぬく。やはりこれは夢だ、悪夢だ。面と向かってここまで言われた事はないし、そもそもキョウシちゃんが俺を頼る訳がないじゃないか……!こんな悲しい事に気付かされるなんて、こんな悪夢早く覚めてくれないかな!
俺は素早く立ち上がると悪夢の権化であるらしいそのキョウシちゃんに体当たりを食らわそうと、全力で走って、走って、走って……気付けばキョウシちゃんの家の前に来ていた。
何この子、早くて追いつけない。
「早く早く!」
家の前は随分な人だかりが出来ていた。こんな夜更けになんだろう、市や見世物でもやるのだろうか。よく見ると全員が家に向かってブツブツ言いながら両手を合わせたり目を閉じたりしている、何してるんだこれ……、まぁ夢だしどうでもいいや。
呼ばれるままにキョウシちゃんの家に入り、俺を見て軽く会釈をしたジョーシさんの横を通り過ぎる。そしてキョウシちゃんの部屋に入ると、見慣れぬ男が背を向けて座っていた。
「あの、大丈夫でしょうか?」
「……俺も専門じゃないんでねぇ。力にはなりたいけど、こればっかりは良く分からんね」
「そうですか……」
一体何が大丈夫なのか、なんの専門なのか。そしてこの男は俺を差し置いてキョウシちゃんの部屋で何をしているのか……。許さん、夢であろうがなかろうが!
手元にあると思っていた神の剣を探す俺、しかしあっさりとその男は部屋を出て行く。なんだ?全て解決したじゃないか。
密かに勝利感に酔いしれる俺、男が居た場所に走り寄るキョウシちゃん。
「この子が死んだら、私も死んじゃう……」
そんな物騒な事をつぶやくキョウシちゃんの目の前に横たわっていたのは……、死んだように眠る子猫だった。




