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剣の盾

 サビ人間を始末した後、俺たちは少しその場で休息していた。

 すっかり落ちてしまった太陽を視線で追うと、自然と山すそをなでて神の剣に至る。

 手の中にある剣ではない、山だ。


 巨大な剣が山に突き刺さり、僅かに白みがかった雲を割ってそびえ立っている。それはやはり神聖で偉大な光景だった。その下にいくつかの明りが灯っているのは街の明りなのだろう、この角度からだと見て取れる。


「真下から見るより、少し離れて見た方が綺麗ですね」


 ジョーシさんのその言葉は、俺には何か真理めいたものに聞こえた。それこそ地下に居るあのもったいぶった岩にでも言わせたい言葉だ。ついでに手元の神の剣にも言ってやりたいのだが、ジョーシさんの言う意味とは違うのだろう。

 そんな他愛も無い事を口にしようかと考えていた時、教会の中からいくつもの声がした。そして教会の扉を開いて出て来たのは、建物から溢れた光を背に受け微笑したオヤジの姿だった。

 そういえばすっかり忘れていた、俺たちはこいつを待っていたのか。


「では帰りましょうか」


 それを合図とジョーシさんが腰を上げる。俺も続こうと思ったのだが、オヤジのいつもより晴れやかな顔を見て何か引っかりその場に留まっていた。

 教会の中に居る連中は、当然なのだろうが司祭のローブを羽織っている。しかしそれは剣の教団の物とは違うようだ。しきりにオヤジに感謝の言葉を告げ、それが更にオヤジを晴れやかな顔にしている。何かうざい。

 そして何人かは板を持ってオヤジと出て来たのだが、回りを見回して何やら驚いたようだった。

 すいません、穴を掘ったのは俺です!と先制して謝ろうかと思ったが、どうやら彼らが驚いたのはそこではなかったらしい。


「あなたですか?奴らを倒して下さったのは」


 若く誠実そうな男が俺に声をかける。怒られなくて安心したのと、初めて救世主らしい事が出来た気がしてとても誇らしい気分がした。ふふふんふん♪

 その男は両手を広げて俺に感謝するように近づいて来たのだが、俺の手元を見て急に顔色を変えたようだった。


「……一応、感謝はしておきます」

「あ、はい」


 男はそう言うと(きびす)を返し、他の男たちと素早く扉に板を貼り付け中へ戻ってしまった。

 人助けをした救世主として、この際だから男のハグでも受けてやろうと思っていた俺は、なぜだか恋人に振られたような悲しみの中に落ちていった。


「……」

「オヤジ……!」


 そんな俺の肩にオヤジの手が触れる。慰めようとしてくれているのか?案外いい奴だなオヤジ……。何考えてるかは良く分からんが。よし、棒で殴るのはしばらく先にしてやろう。


「何してるんですかー?」


 俺たちが再び友情を確かめ合っているとジョーシさんの声がする、見ると馬車からランプの明りが漏れていた。相も代わらず無粋なジョーシさんだ、男同士の友情が理解できないらしい。

 やれやれ、とオヤジの肩を叩き馬車の方へ歩く俺たち、俺の触った肩をオヤジが手で払ったように見えたが気のせいだ。まさか救世主をばい菌扱いしている訳はないだろう、あっはっは。

 足元に棒は落ちていないかと探しながら歩いていると、何やら薄い板が目に付いた。


「これは……?」

「……!?」


 オヤジが息を呑んだのが分かる。その板は教会の扉から剥がれた物だろうか、楕円のような逆三角形のマークが入っている。……どこかで見たような。

 そそくさと歩いて行くオヤジに続いて馬車の中へ入る。急に俺を見ないような態度を取るオヤジに不可解さは感じたが、俺とて別にこんなオヤジの顔をジロジロ見たいと想わないので良しとする。

 ……でもなんか覚えとけよ。


「ジョーシさん、これって?」

「……あ」


 俺は拾った板の疑問をジョーシさんにぶつけてみる。が、オヤジと同じようにそっぽを向かれる。 

 なんだ?どういう事だ。

 ジョーシさんが向いたそっぽの方に無理やり板を持っていく、狭い馬車の中では中々の手間だ。しかしジョーシさんは新たなそっぽを見つけ、俺は更にそのそっぽに板を向ける。


「なんのつもりですか……?いえ、ボクは別に否定もしてはいませんよ」


 ……どういう意味だ。俺はただこれが何かと聞きたかっただけなのだが、随分回りくどい事をおっしゃられる。

 面倒だから顔の前に板を置くと顔を両手で覆ってしまった。これって何か卑猥な物なのだろうか……?

 少し楽しくなっていた俺に誰かの視線が刺さる。誰かってまぁ、オヤジだ。

 俺が見ると思い出したように馬車を発車させる。その振動でジョーシさんの頭が板に当たる。


「あっ……」

「もういいでしょう、そろそろどこかへやって下さい。そんな物……じゃなくてそれを」

「俺はただ……、これが何か知りたいだけで」


 俺の言葉にジョーシさんが驚いたように目を見開く。何か変な事言いました……?

 ついでに御者席のオヤジも目を見開いて俺を見ている。いや、お前はいいから。


「からかってる訳じゃないですよね?」

「からかう?何を」

「……救世主さんってこの辺りの方ですよね?」

「まぁ、かなり外れの方だけど」


 信じられないといった顔でジョーシさんが俺を見る、この子のこんな表情は初めてかもしれない。

 ついでにオヤジもそんな顔で俺を見ていたが、お前はいいからちゃんと運転してくれないか?


「……盾の教会と我々は呼んでいます、この辺りの人はただ教会と言えばここの事になります。まぁ土着の宗教というか、一番メジャーな団体でしょうね」

「へぇ」

「彼らのせいで我々の教団は肩身が狭かったというか、なぜか邪険な扱いを受けてきた訳ですが。我々はそれを気にしてはいません」

「ふーん」

「今回の騒動で盾の教会は何も出来ずに襲われるがままで。代わりに我々が人々を守り、正しい方向に向かせたのだと信じていますが。別に盾の教会に対して思う所は特にありません」

「うん……?」

「我々は彼らの存在を認めているし、以前の盾の教会のようにわざわざ邪険に扱ったり、今がチャンスだと完膚なきまで叩き潰すような事を考えたとしても実行はしません」

「考えるんだ……」

「我々は他の教えを否定しないという立場を取っており、それを変えるつもりは今のところありません。その理由として我々がずっと信者の少ない教団であったから、というのはもちろんありますが。それでも決して彼らに私的な報復を計画したり立案したり準備段階に入ったりはしましたが、実行はしていません」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!ジョーシさん!?」


 なんだか建前と本音が入り混じって良く分からなくなっている。

 遺恨があるのは分かったから!根深いのはよーく分かったから!

 それとオヤジ!いい加減前を見て運転してくれ。なんか揺れるんですけど、来る時こんなにデコボコした道なかったよね?


「……すいません、どうしても教団との関係なしには説明出来ないです。でも今は教会に対して(ほどこ)しというか、支援を行っている訳で。まぁそれもオヤジさんを始め教会の熱心な信者の方々の言い分を汲み取ったというか……。すいません、これ以上はちょっと」

「うん……、よく分かった」


 つまりはこのオヤジも剣の教団に属してはいるが、まだ盾の教会の信者であり。その事を教団も認めてはいるが黙認という立場で、信者である彼らも表立って教会の支持はしないと……。ええっと、俺なんて言った?

 互いに目をつむるから利益だけは取り合おうというか、大人の事情というか。なんだか打算的なものしか感じない、それがさっきの二人の態度に表れていた訳か。

 そういえば見覚えがあると思ったら、このマークって前に街の舞台で爺さんが振り上げていたあの盾じゃないか。あの時の街の人たちがどうしてあんな反応をしたのか、今ならちょっとは分かる気がする。


「しかし、この辺りで教会の存在を知らないって。救世主さんも珍しい方ですね」

「ああ、俺は無神論者だから」

「なっ……!」

「……!?」


 俺の言葉が二人の何かに火をつけてしまったらしく、しばらくはガタガタと揺れ傾いていく車内でジョーシさんのお言葉を耳がタコになるまで聞かされる羽目になってしまった訳で……。


「事もあろうに救世主たる者が神を信仰していないとはどういう事ですか!せめて盾の教会の信者であれば仕方なく受け入れはしましたが、そんな無法者みたいな事を言われたらさすがに教団としても我慢が出来ません!恐れ多くも救世主とは、神の意志を顕在(けんざい)させる存在であり神の使者である訳です。その方が神の存在を否定するなんて事は──」

「……!?!?!?」


 口が止まらないジョーシさんと、顔の筋肉が止まらないオヤジ……。

 この二人の説教はまだまだ続きそうだ……。いや、もう勘弁してください。

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