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剣の修行

 そこは(さび)れた集落だった。教会を中心にいくつかの農家がありそれを畑が囲んでいる、俺の知る範囲では割とありふれた集落だ。

 ただ一部を除いて……。


「あれは……」


 頬の痛みも忘れて俺が思わず口にする。教会の門の前に居る黒い一団、それは見覚えのある連中だったが少しいつもと様子が違った。


「サビ人間です。少々数が多いですが……」


 少々……?俺が見てきた中では一番多い、20体は居るだろうか。しかも驚いたのはそこではない、あの可愛げすら感じ出していた連中がまるで暴徒のように教会の扉を叩いている。


「どうですか?剣の修行にもってこいかと思いまして」

「中に、人が……?」


 俺の疑問にジョーシさんが口をつぐむ。やはりそうか、教会の扉は何度も補修(ほしゅう)された跡がある。というかもはや継ぎはぎだらけだ。壊れた板の上から裏から板が打ち付けられている。

 明らかに人の手が入っているという事はそういう事な訳だ。しかしそれより俺が感じていたのは、こいつらって怖い連中だったんだなという単純なものだった。


「ちょっ、え……?」


 早くも逃げ腰になっていた俺の横を何食わぬ顔でオヤジが歩いていく。手に持っているのは食料のようだ、馬車に積んであったのはこれか。

 そんなオヤジをジョーシさんは何も言わず眺めている。ちょっと待て、さすがにこんなオヤジでも目の前で血祭りにされたら気分が悪いぞ。というより怖くないのかオヤジ、俺より度胸あるな!


「慌てなくても大丈夫です」


 神の剣を手に行くべきか行かざるべきかと一人踊りをしていた俺にジョーシさんが言う。その神の剣はいつの間にか剣の形に戻ってた、やる気の表れなのだろうか?

 そうか、大丈夫なのか。オヤジの一人や二人居なくなっても大丈夫だよな、オヤジの代わりは沢山いるもの。……そうなの?


「あっ……」

「いつもの事ですから」


 サビ人間たちはオヤジが来ると急に大人しくなりその場所を譲った。凄いぞオヤジ!やはり只者では……、凄いぞただのオヤジ!

 凄くただのオヤジはそのまま教会の門をノックすると、歓迎の声と共に僅かに開いた扉から中へ入って行った。そしてそれを確認すると、サビ人間たちはまた暴徒のように門を叩き出す。

 どういう事だ、色々と理解に苦しむ……。


「剣持ちが居るのは分かりますか?」

「……あ」


 居た、暴徒の中に剣を持った一体が。しかもなぜか剣を使わずに腕で扉を叩いている奴が、あれが今回の獲物か。

 この一部始終を眺めていた俺は確信する、こいつらはいつものサビ人間だ。そうと分かれば何も怖くない。


「行ってくる」

「一応、気をつけて下さい」


 颯爽と風を切って歩く、どれだけ数がいようと俺がさっさと片付けてくれる。

 近づくほどにガリガリと扉を引っ掻くような音がでかくなる、鉄をこするような叫び声が響いてくる。いつもと違う……、やっぱり怖い。

 颯爽と振り返り元の場所へ戻ろうとする……と、ジョーシさんと目が合う。


「……」

「どうかしましたかー?」


 その場で屈伸運動、大丈夫だと片手を上げる。そう、大丈夫だ。こいつらは今まで何度も倒してきた相手じゃないか、それがちょっと機嫌が悪そうで凶暴化しているだけだ。

 それに地下ではこいつら以外の連中も倒して来た。炎の化け物、ケンタさん、肉の洪水……。どれもまともに倒せた気がしない。やだ、やっぱり怖い。


「救世主さん、後ろー」

「ん……?」


 背後を見るとそこに剣を振り上げたサビ人間が立っていた……。

 うわちょと!?しゃがんでいた俺はそのまま四本足で飛びすさる。そうだった、剣持ちには攻撃の意志があるんだった。

 前回は確か神の剣が勝手に動いて倒してくれた気がする。今度もお願い出来ませんかね……?神の剣を見るが何の変化も表さない。使えねぇ剣だなおい!


「救世主さーん?」

「ひぃっ!」


 顔を上げるとまたも剣を振り上げているサビ人間、バタバタ・カサカサと四本足で何とか逃げる。

 おい、ちゃんとしろ。いつまでこんなゴキブリみたいな真似続けるつもりだ。とりあえずちゃんと立ち上がって人類にまで昇格しろ!

 よし、と落ち着き深呼吸をして上体を起こ──。


「ひぃぃっ!?」


 サビ人間の剣をゴキブリ並の瞬発力と挙動でかわし、さっと立ち上がり剣を構える。おい、空気読めよ!

 さすがにちょっと頭に来た俺はサビ人間に先んじて剣を振り上げ、遠慮なく迫ってきたそいつに思い切り神の剣を振り下ろす。当たりますように!


「あっ……」


 それは見事に奴の喉元に吸い込まれ……はせず、いつもの癖が出てそいつの足元を直撃する。

 顔を上げた俺に向かって遠慮を知らないそいつは振り上げていた錆びた剣を情け容赦なく振り下ろし……残念!救世主の冒険は終わってしまった。

 ……なんて事もなく。あれ?なんともないぞ。しかもそいつが消えている、どこ行った!?


「うん……?」


 見ると俺の足元には穴が出来ており、神の剣は先を折り曲げてクワの形になっている。穴の中には体勢を崩したのか、俺に剣を振り上げていたそいつがみっともない格好で倒れていた。

 なるほど、錆びた剣が下に移動したのに間違いはなかったが、全身が下にスッポリ落ちた訳だ。


 そして俺は考える、この無遠慮な奴には礼儀を叩き込んでやらないといけない。そんな使命感に駆られた俺はしゃがみこんだ姿勢でそいつの頭の上から剣を振り下ろす、振り下ろす!

 これぞ名付けて教育的指導剣!名付けはしたが口にする事はないだろう。そいつが礼儀を理解するまで俺の熱心な指導は続くのであった。

 こんちくしょう、びびらせるんじゃねぇよ!


「ふぅ……」


 いい仕事をした。満足感に浸る俺の前にサビが舞い散る。

 放心した俺にパチパチと拍手の音が響く、音の方角を見るとジョーシさんが手を叩いているようだ。

 無表情で、そして手を叩くペースもひどく遅い。……何してるの?と口に出しかけたが、きっとキョウシちゃん辺りが俺をおだてる方法として吹き込んだのだろう。

 よし、おだてられましょう!俺は残りのサビ人間どもに向かって襲い掛かる。暴徒と化していたそいつらは、俺が向かうと一変して大人しくなりいつものサビ人間に戻った。

 そんな事にお構いはするが、容赦なく斬りつけてそいつらを粉々の粉にする。地下でもお前たちが相手ならいいのにな!



「救世主さん、お疲れ様です」

「ああ……、やり切った」


 今まで以上のサビを撒き散らし、足元にいくつもの穴を作って俺の修行は終わった。これで剣の腕が上がったかは疑問だが、それでもいい汗をかいた、満足だ。

 そしてもう一つの満足そうな顔に向かって話しかける。


「今回の目的は、それ?」

「……!大分話せるようになりましたね。それと、珍しく鋭いです」


 そりゃ分かるよ、そんな風に両手で剣の柄を握り締めてたら。

 それはさっき穴に落ちたサビ人間が持っていた剣だ、サビが消えて俺の持つ神の剣と同じ姿になっている。これで三本目だろうか。


「本当は姉さんに頼むつもりだったんですが、ボクもその……」

「欲しくなった?」

「……はい」


 確かに護身用にあった方がいいのだろうが、剣を使えないジョーシさんが持っても危ないだけじゃないだろうか。まぁ俺が言うのもなんだが。


「姉さんには、どうか内緒に……」

「ああ、分かってる」

「でないともう一度神の剣でその頬っぺたを──」

「分かってるってば!」


 俺が信用できないのかそれほどに隠したいのか。そして俺の神の剣がジョーシさんの言葉に反応して俺の顔の前にまで伸びてきている訳だが……、やる気満々かよ!そのやる気をさっきの剣持ちの時に出してくれよ。

 神の剣に小言を漏らす俺を見て、何かを思いついたようにジョーシさんがその手の剣に話しかける。


「小さくなりませんか?」


 その声が届いたのか見る見る剣が縮む、短剣ほどの大きさになったそれはジョーシさんの両手にしっくりと収まった。

 神の剣は持ち主の影響を受ける、とこれはキョウシちゃんの言葉だったか。

 そのキョウシちゃんの剣は真っ直ぐに育っているようだが、ジョーシさんの剣はどう育つのだろう。


 ……良かったら俺のと交換してくれないかな?

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