剣の出張
「ふんっ……!ふんっ……?」
食事の後、キョウシちゃんの熱にあてられたのか、俺は剣の素振りをしていた。
素振り?いや、神の剣は戻っていなかったので形だけの素振り。つまりは振りだ、素振りのフリ。
しかし、我ながら首をひねってしまう。場所が違うのだ、斬る場所・叩く場所が。正面の相手を斬るのではなく足元を斬ってしまう、地面を叩いてしまう。
「何が違うんでしょうかね」
そんな俺を見ていたジョーシさんが言う、やっぱりそう思う?
その隣に居るオヤジは何やら感心したように頷いているのだが……、やはり分かる人には分かりますか、ただのオヤジさん!
「頬っぺた、大分マシになってきましたよ」
「ああ……」
思い出したように頬に触れる、ようやく顔の形が元に戻りつつあるらしい。だが、それを言ったジョーシさんの口元がピクピクと痙攣するかのように動いている訳だが……。
思い出し笑いでもしているのだろうか、笑うならハッキリ笑ってくれた方がこちらも気が楽なのだが。
「……」
その隣で釣られたように口元を痙攣させるオヤジ。……お前もかよ、次はただの棒切れで殴ってやろうか。
「あ、戻ってきましたね」
その時、ただの棒切れより役に立たない神の剣が戻って来た。一応、持ち主が誰かは分かっているらしく俺の手元へ来たのだが、直ぐにダラリと剣先を垂らして杖のような姿になってしまう。
いい仲間と剣に恵まれて俺は幸せですよ……。
「姉さんも落ち着いたようですね、ボクらも上がりましょうか」
「……ああ」
ジョーシさんの言う通りキョウシちゃんは既に泉に居なかった、地上へ上がったのだろう。
無人の泉を通り抜け太陽の下へ出る。最近いつも太陽が久し振りに感じてしまうが、それも仕方がないことか。地下にも日差しがあるにはあるが、太陽から出ている訳ではない。あれって一体どうなってるんだろ……?
その太陽も大分傾いてはいるが、一日を終えるにはまだ時間がありそうだった。
「少し時間が出来ましたね」
「ああ……」
頬っぺたがまだヒリヒリする。余り話す気にもなれず、キョウシちゃんに会いに行く気力もない。
会った所で何を言えばいいのか、土下座のタイミングも逃してしまった……。
このまま馬屋に戻って眠ろうかと思っていた俺は、何やら話しているジョーシさんの言葉を呆然と聞き流していた。
「少しやっておきたい事があるんですが、手伝って貰えませんか?剣の修行にもなりますよ」
「ああ……」
俺のカラ返事を待っていたかのように、ジョーシさんはまだ一緒に来ていたらしいオヤジに目くばせする。そのオヤジはサッと走り出し、何やら騒がしさを感じさせる。
適当に返事をした事に早くも後悔をしていた俺は、案外軽快に走るオヤジの後姿を見ながら、転んでしまえと念じるのであった……。
ええっと、剣の修行とか言った?もしかしてジョーシさんが……?恐らく違うだろう、剣の達人でも居るのだろうか。
「ついて来て下さい」
ため息をついてジョーシさんが歩き出す。腕を押さえているのはきっと、そこが人体でいうこの街の場所なのだろう。やっかいな能力をお持ちで……。
案外その散歩はそう長くは続かなかった。ジョーシさんの手が腕から首、口元へ進むのを見て大体の予想はついたが。到着したのは俺が始めて目にするこの街の入り口、門だった。
それは急造されたらしい丸太を並べただけの壁を区切るように建っており、木の板で出来た両開きの門はお世辞にも豪華だとか優れた建築と言えるものではなかったが、門の中央につけられた剣のマークだけがこの街を代表するように大きく刻まれていた。
「来ましたね」
安心したかのようにジョーシさんが口を開く。俺たちの背後から馬のいななきと共に現れたのはいつもの馬車とオヤジ……ではない。
いつもより明らかに物々しい鎧をつけられた馬に、同じく甲冑で全身を覆ったもはや誰か分からないオヤジが乗っていた。この人、普通のオヤジなんだよね?
どういう事だ……、こんな格好でどこへ行くっていうんだ。
やはり帰ろうか、と口にしかけた俺にジョーシさんが口を開く。
「さっ、行きましょうか」
「……ああ」
今までと違いさっぱりとしたジョーシさんの顔、心なしかウキウキして見える。体質の関係もあるのだろうが、狭い場所より外の方が好きなんだろう。
表情こそ少ないが、こういう顔を見るとこの子は生まれながらの旅人なのだと思う。
地面を少し擦りながら城門が開く。もはや引き返せないと悟り、やけっぱちで馬車に乗り込む。煮るなり焼くなり好きにしやがれ!
開いた城門を馬車がゆっくりと通過する。放浪中に何度か乗った馬車だったが、そこに懐かしさの欠片もなく。その原因を作っているオヤジの形をした異様な甲冑置きが、傾き出した日の光を反射して不気味にテカっていた。
おかしいな、軽く家具の配置替えをするぐらいだと思ってたのに、俺は一体何をしてるんだろうか……?
「大丈夫です、きっとすぐ終わりますよ」
街から出て余裕が出来てきたのかジョーシさんが軽く言う。ほんとに?それならこの物々しさはなんなのか……。
ハイッ!とオヤジが手綱を使いながら馬に合図を出す。オヤジから声が出た事に驚きと謎の感動を味わいながら俺たちは街を後にした。
いや、声が出たのはその鎧からだったのかもしれない。
「この辺でいいですかね」
そこは街を出てそんなに時間の経っていない、茂みがいくらかあるだけの何もない街道だった。
何がいいのだろう、それを合図に馬車は止まる。ここで何をするというのか。
「救世主さんも降りて下さい」
「ああ……」
「あ、神の剣はいりませんよ」
「ああ……?」
剣の修行というのに剣がいらないとはどういう事なのか。訳も分からず馬車を降りる、甲冑オヤジもそれに続く。
並んで立ってみて気付いたが、オヤジってこんな身長高かったっけ?いくらか横幅もスマートに見える。まるで別人が中に入っているようだ……。
「救世主さん、ここでの事は誰にも言わないで下さいね。まぁ、無理でしょうけど……」
「……あ?」
ジョーシさんには珍しく含みのある言い方。どういう意味だ?甲冑オヤジが更に俺に近づいて来る、圧迫感が凄い。
ちょっと待て、なんだこの展開は。剣の修行じゃなかったのか、そしてこの甲冑は本当にオヤジか?
「余り手荒くしないで下さいね」
手荒くする……?誰が何を、後ずさりする俺に更に甲冑が迫って来る。そしてその両腕を上げて……、え?ころ……されるの?背筋に冷たいものが走る。
もしやこいつはオヤジではなく殺人鬼で、俺を始末するつもりなのでは。教団は弱くて使えない救世主を始末して別の人物にすげ替えようとしているのでは。思い当たる節しかない。
しかも次期教祖を傷つけてしまった、それが決定打となりもはや存在価値がない俺をこの場で始末しようとこの殺人鬼に……!
やっぱりオヤジが喋る訳ないじゃないか!もしくは呪われた鎧で狂戦士になったオヤジがスマートになり俺に無理やりダイエットやもっとひどい事を!
「何をしてるんですか、早く脱がせてあげて下さい」
脱がす……?裸にして殺す?それとも更に恐ろしいはずかしめを……!
目の前の甲冑が上げた両手で自分の兜をつかむ、そしてそれを持ち上げ……上げようとして手を滑らせる。また持ち上げようとして手を滑らせる。いや、こいつそもそも腕が上がらないんじゃ……?
脱がせる……?ああ、そういう……。
「ふーっ、ふーっ……」
兜を引き抜くと見慣れたオヤジの顔があった、しかも汗でヌルヌルしている。何もこんなサイズ違いの甲冑着込まなくても……。胴体も同様にベルトを外して鎧を剥ぎ取る、こちらもキチキチで体型が違って見えたのもその仕方ない。
なんだか頭に来たので手荒くしてやったが、オヤジは案外平気のようだった。なんか悔しい、普通の棒はないか。
「救世主さん、お手数おかけします。まだ頬っぺたは痛みますか?しばらくは喋れないのでしょうね」
ジョーシさんは馬の鎧を外してやっていたようだ。余計な物から解放された馬はしきりに体を振っている。
そしてそれら物々しい物体を、茂みの中に突っ込んで俺たちは馬車に乗り込んだ。
持って行けばいいのにとは思ったが、馬車の中は俺たち以外にも何やら荷物が積まれていたのだ。
「一応、街の外は危険な場所という事になっています。だから街を出る時はあれだけの装備が必要だと街の人に見せておかなければいけないのです。……もちろんボクの意志ではないですが」
「ああ……」
呆れ声しか出て来ない、色々な人間の思惑でギチギチになってあの街は出来ているようだ。まぁ色々大変と大変ですねというべきか……
。しかし一番大変なのはこのオヤジだろう。いつもどうやってあれを脱いでるんだ、しかも一人でだよな?絶対に無理だよな……?
そして街の外だが、一応は危険だと思っているが違うのだろうか。サビ人間どもが居るし……。
まぁ俺にとってはもはや見慣れた存在だが、不気味な姿をしていて剣持ちに斬られた人間はそれなりに被害があったはず。最近はそんな話もとんと聞かなくなったのだが。
なんにしろ、俺はまだこの騒動について何も知らないという事は分かった。
フと潮風が鼻腔をくすぐる。海が近いのだろうか、と考えるが海は遥か先のはず。風が吹く方角を見ると、俺たちの前で馬車を操るオヤジの爽やかな汗が、キラキラと髪からしたたり落ちていた。
小ネタを挟もうとして無駄に長くなってしまうパティーン。




