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剣の使い手

「なぜに!?」

{……!?」


 男は急に止まれない。そのまま派手なヘッドスライディングをかました俺は無口なオヤジの前で無様な格好のまま沈黙する。……どういう事だ、なぜオヤジがここに、説明して貰おうか。


「救世主さん、姉さんのランプとは明りの大きさが違いますよ」


 遅れて追いついたジョーシさんが俺にそう忠告する。なるほど、遅いよ。

 しかしそれではオヤジがここに突っ立っている理由にはならないだろう。さぁオヤジ、どういう事だ。話を聞こう。むくりと起き上がりオヤジを見据える。


「……」

「……」

「……?」


 このオヤジにそんな空気が読める訳もなく、悲しげな表情をしたオヤジと見つめ合うことひと呼吸ふた呼吸み呼吸……。


「……地上へ出ようか。飯は上で食うぞオヤジ」

「一体なんの間だったんですか今のは」


 さっきの神の剣のビンタで頬っぺたが痛い、口を開くのもおっくうになっている。必要な事だけ告げてさっさと先へ進みたい。

 そして俺がオヤジの横を抜けようとしたその時、何者かに肩をつかまれ引き戻される。凄い力だ、一体誰が……?といってもここにはオヤジの姿しかない訳で。


「なんだオヤジ、どういう事だ」

「ここに何かあるんですか?」

「……」


 無口なオヤジは話さない。ジョーシさん曰く口が硬いらしいが、これでは日常生活に支障をきたすレベルだ。いや、もしかしたら……!

 頬っぺたを押さえた俺がいきなり核心を突く。


「おいオヤジ、貴様は本物か?」

「え」

「ジョーシさん、お腹は?」

「減ってますけど、……それが何か?」


 やはり間違いない。こいつは食いしん坊ジョーシさんが生み出した悲しい願望。証拠にいつも微笑しているはずのオヤジが悲しげな表情で無駄に哀愁を漂わせている。

 そんなにお腹が空いてたんだねジョーシさん……、気付いてあげられなくてごめんよ。


「答えろオヤジ、貴様は本物か!?」

「なんでしょうか、このデジャブは……」

「……」

「なら問答無用!」


 神の剣を構えてオヤジに襲い掛かる、斬ってしまえば話が早い。神の剣が杖から剣の姿に戻ったのもきっとこいつが邪神と判断したからだ。冴えてるぞ俺、血が出たらごめんね!


「救世主さん、その人は──」


 なんだと言うのだ、俺は急には止まれないのだ。剣を振り下ろす一瞬、オヤジの目が鋭く光る。もしかしてこのオヤジ、かなりの使い手か!?

 振り下ろした俺の剣はオヤジを避けるようにグニャリと曲がり、それが当たり前であるかのように俺の両頬に激しく吸い込まれた。目の前で火花が散ってあら綺麗……。


「ナイスカウンタ……ぶはっ」


 顔の形が変わったのを感じながら、自分の口から出た綺麗な飛沫(しぶき)を見て崩れ落ちる。

 怯えた顔のオヤジはそんな俺に向かって手を差し伸べようかと迷ったようだが、諦めたようにその手を引っ込めた。

 オヤジ、そして神の剣……なぜだ。


「……やはり神の剣も信者は守るんでしょうか。持ち主より優先するかはちょっと分かりかねますが、とりあえずこの人が本物であるのは分かりましたね」


 ジョーシさんの指摘が当たっていそうで俺も嬉しい、しかし頬っぺたがしびれて言葉が出ない。よりにもよって同じ場所を……二度もぶった!オヤジにもそんな姿を見られた!


「ちなみにその人に剣の心得はありません。だから例え救世主さんでも怪我をさせてしまいますよ、気をつけて下さいね」


 なるほど、それは危なかったですね。遅いよ。

 やはりただのオヤジだったようで、目が光ったのは気のせいだ。これからは気をつけよう、主に神の剣に。

 しかし本物ならなんだと言うのだ、なぜ邪魔をしたのだ。なぜ悲しげな顔をして哀愁を振りまいているのだ。嫁か娘に邪険にされて傷ついているとでもいうのか……?

 なぜそんなナーバスオヤジに邪魔をされねばならん。俺は地上へ上がるぞ、そして飯を食う。飯の準備はオヤジさんお願いしますね。


「おえ!」

「……おえ?」


 どけ!と言ったつもりだが口がバカになっているので言葉にならない。気にせずオヤジを突き飛ばして先へ進む。が、しつこいオヤジは俺を捕まえて離さない。


「ぐぐ……」

「……」

「うぐぐ……!」

「……!」


 なんて腕力だ……、オヤジと俺との一進一退が始まる。

 文字通り一歩進めば一歩退(しりぞ)かされる、男同士の押し合いへし合い。見苦しくも、熱く激しく暑苦しい攻防が繰り広げられる。

 やはりこのオヤジ……只者ではない。


「ふんぬ!……ふぬん!」

「……!」

「救世主さん、その人ですが……」


 おお、やはり何かの使い手か。教団お抱えの男だからひとかどの人物なのだろう、裏で街を牛耳る大親分とか。暗殺術の使い手とか。


「さっきも言った通りなんの訓練もしてないただのおじさんです。……どうして振り切れないんですか」


 とても悲しいお知らせだった。それはどういう事ですか、俺が弱いとでも言いたいのですか。知ってますが?

 もうやだ、どいてよこの人。どーいーてーよぉ!なんで邪魔するのさぁ!

 ジタバタもがくがオヤジの手は振り切れず、泣きたい気分でオヤジの肩に頭を預ける。


「おえたちはほくはははった……」

「はい?なんですか?……救世主さん、頬っぺたが凄い事になってますよ」


 俺たちは良く戦った。対戦相手を慰めるように抱き合う俺たち、そこに新たな友情が芽生えつつあった。

 一歩引いて右手を差し出す、オヤジの悲しげな目に生気が戻る。俺たちは固い握手を交わし互いを認め合った。ああ、美しき男の友情……!


「あの、流れが分からないんですけど。一体何が起こってるんですか……?」


 無粋なジョーシさんを放置して、俺とオヤジは互いの目にそれぞれを映し、友情を確かめ合っ──。


「……あ?」

「……?」


 その時なにかの音がした。水音……?そう、確かに水の音だ。

 それは俺とオヤジの熱き血潮が炸裂した音、ではもちろん無く。普通に考えればこの先にある泉の音だ、ならそんな音がしてもおかしい事はなにもない。……そこに誰かが居るならば。


「おあじ……、おあえ」

「……」

「何を言ってるんですか?何が起こってるんですか?頬っぺたどんどん腫れてますけど大丈夫ですか……?」


 オヤジ……、お前、何かを隠しているな?この先の泉には誰かが居る。なら答えはそこにある訳だ。

 オヤジは泉に居る人物を隠している、それが誰だか分からないが。

 誰だ……?嫁か娘が若返りの泉目当てにこっそり入って来た?ありえる。

 しかしここまで隠す必要はあるまい、キョウシちゃんに少々怒られる程度だろう。まぁ口の硬さに定評があるらしいから、下手すりゃ首だが。

 もしやオヤジの愛人が……?善人そうな顔をしてやるじゃないかこのオヤジ、憎いね。しかしそれなら俺たちより先に行ったキョウシちゃんはそれを見ているはず……。


「救世主さん、説明を……。まぁその頬っぺたじゃ無理ですね」


 この時、俺はやっとその可能性に気がついた。むしろどうして気付けなかったのか。

 キョウシちゃんだ、この先にはキョウシちゃんが居る。悲しみの余り泉を涙で満たし続ける、か弱い女の子の姿が……。

 ああ、ごめんよキョウシちゃん。俺に裏切られたのがそんなにショックだったんだね、今すぐ行くよ。そして二人でその傷口をなめ合おう、思う存分その傷口をぺろぺろぺろ。


「あれ?ボクも通れないんですか。困りましたね……」

「レロレロレロー!」

「レロ!?って救世主さん?」


 業を煮やしたジョーシさんがオヤジの横を通り抜けようとして引き止められている。その時、俺のガードは手薄になっていた。

 俺がそんな好機を見逃す訳もなく泉に向かって直進する。騙されたなオヤジ、今までの友情ゴッコは演技だったんだよ!

 悪いなオヤジ、俺の方が一枚上手だ。役者として、そしてキョウシちゃんを慰めえる男として!


「あっ……、行っちゃいましたけどいいんですか?」

「……」


 走るごとに水音が近づいて来る、ピチャピチャと。そんなに涙を流しているのか、君の涙で泉の水が溢れちゃう!

 水音と共に風を切る音が大きくなる。俺の速度が上がっているのか、ビュンビュンと激しく鳴り響く。君の元へ、俺の心は翼を持って、なんとかかんとか。


「ふんっ!ふんっ!」


 ああ、キョウシちゃんの声。そんなに力強く悲しげで……うん?

 何かが違う、何かがおかしい……。俺は立ち止まり耳を澄ます。ピチャピチャ、ビュンビュン、ふんっ!ふんっ!

 忍び足で近づいて泉の間をこっそりと覗き込む。そこに居たのはやっぱりキョウシちゃん、と子猫だ。


 ピチャピチャと猫用のミルクをなめる子猫。

 ビュンビュンと空を切るキョウシちゃんの木刀。

 ふんっ!ふんっ!とそれを力強く振るキョウシちゃん。


 それは見る者を畏怖(いふ)させる神聖な儀式のようだった。そしてそこには(あらわ)になったキョウシちゃんの強さと孤独があった……。

 なんて力強い、弱っている今がチャンスとキョウシちゃんの心の隙間にスライディングしようとしていた自分が恥ずかしくなるほどに。


「レロレロ……レロ」

「そっとしてあげて下さい」


 気圧されたままの俺に背後からジョーシさんの声が響く、オヤジも一緒に来たようだ。

 オヤジはこれを隠していたのか……。しかしなぜ?キョウシちゃんのこんな(たくま)しい姿を見せまいとしたのか、キョウシちゃんに頼まれたのか。単に怖かったから一緒に居て欲しかったのか……。


「……」


 オヤジは何も語らない。こういう時の無口さは、なんだかずるい。

 静かに立ち去ろうとする俺たち、しかし神の剣はその場を動かなかった。キョウシちゃんにまとわり着く訳でもなく、ただその場所でキョウシちゃんの姿を眺めているかのように立っていた。

 神が人間に恋をするとしたら、きっとキョウシちゃんのような人を選ぶのだろう。やはり選ばれたのは俺じゃなくてキョウシちゃんの方だよ。

 でも神の剣、貴様にキョウシちゃんを譲るつもりはない。


 その後、俺たちは神の剣を残し、さっきの激闘ポイントまで戻って置いてあった食事を静かに食べた。

 この時ばかりはジョーシさんもがっついて食べることなく、頬が痛くて少しずつしか食べれない俺も安心して自分の分を確保する事ができた。

 気付くとオヤジの顔に微笑が戻っていたが、何を考えているのかはさっぱり分からないままだった。

何度も手を入れると文章が崩れたり無駄にネタに走ってよく分からなくなる事があります。

読みづらくなっていたらすいません、今度の課題です。


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