剣の痛み
「かなり美化されてない?」
「お肉も少ないですね」
もっと驚くだろうと思っていた二人はあっさりとその虚像を認め、あろう事か評論まで始めた。
堂々としたものだ、内に激しい葛藤を抱える俺とは全く空気が違っている。
「土下座してるこいつらなんなの?」
「男性ばかりですね、これもセットなんでしょうか」
これもまた信仰によって作られた偽者だとは分かっているが。輝かしいヨージョさまのお姿とその前に平伏して並んだ男たちの姿、それは独特の光景ではあった。
そして当のヨージョさまは金色のベッドに横になっているのだが、その下にも男たちが居て四つん這いになりベッドを背中で支えている……。
なんて絵だ、最低だ。俺も早くその中に混ざりたい、そして神になじられたい・いじられたい・踏みにじられたい……!
「見慣れた情景だけど嫌になるわね」
「お姉さまの魅力だけはボクにも分かりかねます」
ひどく冷淡な二人と違って、俺の中で何が起こっているのか。ヨージョさまをそういう目で見た事など今まで一度も……いや、ある。一度とは言わない。
まぁそれは仕方がないとして、ここまで卑屈な感情ではなかったはずだ。しかし、かのヨージョさまのお姿を見ていると俺の心の防波堤が帝王切開、既に何かはみ出している。
ああ、ありがたい・なじられたい・いじられたい・踏みつけられたい。
そしてそんな姿をこの二人には見られたくない……、俺は一体どうしたらいいのか。
「うーん……」
「救世主さま?」
「大丈夫ですか?」
腹を押さえるようにうずくまって頭を下げる、怪我人であった事を利用したナイステクニックだ。そのまま地面に額をこすりつける……。ああ、気持ちひぃ。
「ちょっと気分が悪くなっただけだ、このまましばらく放っておいてくれ」
「毒気に当てられたのかしら」
「不快感ありますもんね」
俺の仮病のフリは通じていないようだが、この空間に対して男と女でこうも感じ方が違うものなのか。それとこの二人だから?いや、俺がおかしいのだろうか。
ああ、でもそんなのどうでもいい。ヨージョさまヨージョさま、ズリズリふひぃ。
「どうします?姉さん。切り刻みますか?」
「うーん……、形がなくなるまで切り刻みたい気持ちはあるけど、それをやったら負けな気がする。なんだろうこれ?」
「ボクには良く分かりません」
珍しくキョウシちゃんがうなっている、まぁそんな事はどうでもいいのだ。へこへこあひぃ。
「確かに小さい頃は目の前にお姉さまを思い浮かべて素振りしたりしてたけど、その頭をかち割りたくて剣の修行に励んだりしてはいたけど……。実際にやろうとして親に取り押さえられたけど」
「懐かしいですね」
今この子とんでもないこと口にしなかったか?……まぁいいか。
「全てを姉さんのせいにしてたからよ。でも、もう受け入れたわ、諦めがついたとも言えるけどね」
「姉さん……」
「だからこそこんな偽者で妥協すべきじゃないというか……ううーん」
「姉さん?受け入れたんじゃ」
「そこは複雑なのよ!私はあんたよりあの人の被害を受けてるんだからね!」
そうか……、分かった。俺にもやっと分かったよ。
この姿勢のまま少しずつヨージョさまの方に近づいて行こう。神の元へ、絶対なる美の女神の元へ。そしたらもっと気持ちがいい。
「でも、いつまでもここでこうしてる訳には……」
「まぁ、そうよね。うーん……ああもう埋めちゃおう!」
「そうですね。じゃあ行きましょうか救世主さん、立てますか?」
立つ?なぜその必要があるんだろう。俺は予言者さまの土台となりその存在を心身ともに味わって生きていく、その為に生まれたというのに。
「救世主さま……?」
「やはりまだ体調が良くなかったんでしょうか」
それどころか女だと、この世界に女性の形をしていて良いのは予言者さまだけだ。それだけでも許されないのに救世主……?どこの信仰だ。この世界は予言者さまが全てをつかさどっているというのに。
こやつらには天罰が必要だ。
「おのれ邪教徒ども!予言者さまの御前で失礼な口を利くでない、成敗してくれる!」
「え……」
「救世主さん?」
俺は手元にあった剣を拾い上げ、その邪教徒に向けて振り上げる。奴らの驚きと落胆に満ちた顔を見て心が躍る。
「はっはっは、食らうがいい!」
だが次の瞬間、俺が感じたのは振り上げたはずの剣が勢いをつけて落ちて来たような、頭のてっぺんから足へ抜け出るような強烈な痛みだった……。
「ぐふぅ……。よ、預言者さまぁ……!」
「色々と影響を受けやすい人ですね、救世主さんは」
「……」
邪教徒め、怪しい術を使ったか。しかし我が同胞がこやつらを血祭りにあげて……ん?あげる?何を考えてるんだ俺は。なんだか頭が痛いぞ……。
「姉さん?あれ……?ちょっと様子がおかしいようです」
「あ、うん。……逃げましょう」
「救世主さんはどうしましょう」
「神の剣、それ持って来て」
それと言われて神の剣が俺を持ち上げる、慣れたもので俺も上手く体重移動をして神の剣をフォローする。いつも通りの運搬姿だ、もはやどっちが持ち主か分からない。
「俺は、一体……?」
「救世主さまは黙ってて!」
「姉さん……?」
何やらキョウシちゃんはひどくご立腹のようだ、いつもと感じが違う。預言者、いやヨージョさまの毒気に当てられたのか、それとも姉妹喧嘩にでも花を咲かせたのだろうか。
少し進んだ辺りで足音が一つ消える、誰かが立ち止まったのだろう。
「何、どうしたの?」
「もう逃げなくて大丈夫です、追って来てません」
「……そう」
足を止めたらしい二人に合わせて神の剣も動きを止める。勢い余って俺がずり落ちる、いてぇ、よりによってまた頭か……。
「さっさと埋めてしまいましょう」
「……そうね、神の剣よろしく」
「あの……、何かあったの?」
「……」
キョウシちゃんが俺を睨む。なんだろう空気が重い……、ピリピリしている。緊張感を持って欲しいとは思ったが、これではまるでホラーだ、口を開くのさえ恐ろしい。
犬も食わないのは夫婦喧嘩だったか。なら姉妹喧嘩は猫にでも食わせればいい。
「……いてててて」
何やら頭の痛みが増したと思ったら子猫が頭に乗っていた、こっちじゃないよ子猫さん。痛いから、そこ痛いとこだから。キョウシちゃんもどかせてよ……。




