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剣の○さま

「余り暖かい物は用意できなかったけど、食べて」


 その後、教団の無口なオヤジが運んできた料理をゆっくりと口にし、温風の中でウトウトする。そんな俺の体が元のように回復するのに掛かった時間は、……あっという間だった。

 どうやらこれにもヨージョさまが関係しているらしい。例の信者を使って俺の回復を祈らせたらしいが、出来る事ならこの場所でゆっくりしていきたい俺からすれば迷惑な話だと言わざるを得ない。が、一応は感謝しておくべきなのだろう。

 やっぱり信者さんたちに?一体どれぐらいの数が居るんだか。


「私もお供しようかな」

「え、一緒に来てくれるの?」

「それなら千人力ですね。もう救世主さんが必要ないぐら……あ」


 その時、俺と目を合わせたジョーシさんが珍しくうろたえていたようだが、俺がどんな表情をしていたかは我ながら良く分からない。


「この子も一緒だけどいいかな?」

「……うん、別にいいよ。じゃあ、俺も一緒に行ってもいいよね」

「なっなな名前は決まったんですか?」

「あっ、そうだった。どうしよう……、考えてくれない?」


 俺の存在意義に関わる話だと思ったが猫の名前だと?正直どうでもいいのだが、これは俺のセンスを問われていると解釈し真剣に考えてみる。


「肉球でいいんじゃないですか?」

「……それって猫の部位の事でしょ?」

「猫と言えば肉球です。他に何があるっていうんですか」


 随分、乱暴な意見だ。一部の人間は賛同するかもしれないが、敵を作りかねない発言だ。

 だが俺はそんな危険な道は通らない、ここはオーソドックスに。


「ボロ雑巾でどうだろう、拾った時の印象にぴったりだ」

「可愛くない」

「センスを疑いますね、その名前でずっと呼ばれる猫の身になって下さい」


 第一印象で名前を付けるのは鉄板なのではないだろうか、しかも肉球がそれを言うか……。

 しかしここはあっさり折れて別案を出す。


「なら今の状況当てはめて考えてみよう。猫の手も借りたい、そんな状況で出会った猫。つまり猫の手だ」

「じゃあ救世主さまの手も借りたいで、きゅう──」

「姉さん!?」

「なぁ、俺は猫の手と同じ扱いなのか……?その程度の存在なのか」

「可愛い名前がいいなー!」

「うーん、可愛い……。ダンゴ虫ですかね、ダンゴ虫猫」


 可愛いとは、そして俺の存在とは……。今こそ問うべき時だった、その問いを口にすべきタイミングだった。


「ちなみにこの子、オスだからね」

「あ、ついてますね」

「よし……じゃあ救世主並、これでどうだ!」

「……何が?」

「……それって可愛いアピールですか?」

「え」


 一転して冷たい目で見られる。なぜだ、俺が何か言ったのだろうか。俺はただ自分の存在がどの程度のものか二人に問いたかっただけなのに、しかもこういう時だけ妙に息の合った姉妹面するのはやめてくれないだろうか、倍刺さる。


「もうキョウシちゃんが決めてよ」

「そうです、ボクらに聞くのがそもそも間違ってるんです」


 そのボクらの中に俺も含まれている事にいささかの不満は感じたが聞き流す。……しかし肉球・ダンゴ虫猫と同レベルだと?


「ん……、可愛い名前ね。そう、こ……」

「子……?」

「子肉球ですね、それは可愛い。いや、子猫の小さな肉球で子小肉球ですね!」


 子ダンゴ虫猫さんは黙っててくれませんかね。

 そして何かをひらめいたようにキョウシちゃんが口を開く。


「……小刀(こがたな)でどうかな?」

「……」

「……」


 小刀が可愛くないとは言わないが、可愛い名前といって最初に出て来たのが武器の名前ってどうなの。

 結局、俺たちが名前をつけたのでは子猫は幸せになれないと悟り、俺たちは誰彼なしに風の間を後にした。

 安らかなひと時は一転して空虚な時間に感じられたが、名前のない子猫は幸せそうにキョウシちゃんの腕の中で眠りについていた……。



「肉球ボロ雑巾猫の手ダンゴ虫猫救世主並小刀」

「……なんなの?それ」


 俺は穴掘りを再開していた、背後から響く姉妹の会話を耳にしながら。


「縁起のいい名前をつなげて一つの名前にする文化があるようです」

「縁起……良くないよね?それって全部」

「ボクらが一生懸命考えた名前ですよ、何かしらの効果はあるはずです」


 効果があるかはは分からないが、噛まれた人間は徐々に正気を失って録でもない死に方をしそうだ。並の呪いではない。


「可愛くない」

「肉球ボロ雑巾猫の手ダンゴ虫猫救世主並小刀可愛くない。あ、今この猫ちょっと反応しましたよ」

「やめてよ、変な名前で呼ぶの!」


 変な名前とは全てをつなげた結果変になったという意味か、それともその中に含まれるいくつかが変という事か。俺のつけた名前も含まれているから何やらムズムズする。

 そのムズムズを感じ取ったのか、神の剣が体を震わすようにして側面にぶち当たる。その先にポッカリと開いたのは空洞だろうか、それとも通路か。


「また光だ……」

「何か言いましたか?可愛くない救世主さん」

「どうしたの?変な救世主さま」


 二人からさり気なくひどいお言葉を頂く、姉妹で話していたせいか容赦がなくなっているらしい。実家感はいいけどちょっとは緊張感を持って欲しいものだ、少なくとも俺に。

 そして傷ついた俺はしばらく空洞から漏れる光を見て慰められていた。光がぼやけているのはなぜ?


「また空洞ですか……、どうします?別にすぐに埋めてしまっても問題はない訳ですが」

「でも気になっちゃうよね」

「可愛くない……」

「また神の剣が掘り当てたんでしょうか、なぜわざわざ見つけるんでしょう」

「やっぱり気になるからじゃない?よその信仰が」

「変な……」

「どうします?救世主さん」

「好奇心は猫をも殺す、なんて言うのにねー」


 にゃあという泣き声、そしてジョーシさんが俺の顔を覗き込んだその時。俺はとっさに自分の目から溢れる愛しさとせつなさと心弱さを隠す為に空洞の中へ一歩踏み出していた。

 そして見てしまう、光の先にあるものを……!


「あ……、大丈夫?救世主さま」

「問題なさそうですね」

「来るな……!」

「え?」「はい?」


 俺はひざまずきそうになる自分を抑えられそうになかった。そしてそんな姿をよりによってこの二人には見られたくなかった。


「戻れ、ここに俺を置いて……。頼む」

「救世主さま……?」

「……見るだけで石化するという邪神の信仰があったと思います。もしかしてそれですか?」


 そんな容易いものじゃない。自分の中から出て来るすがり付きたい欲求、大いなるものに抱かれたい願望、全てをこの人に委ねたいと願うとめどない感情。

 俺の中にこんなものがあったとは……、言うなれば”愛”。


「石化、してないよね?」

「えっと他には……」

「いいから行け!」

「……でも、救世主さまを残し、あっこらっ」

「どこへ行くんです、肉球ボロ雑巾猫の手ダンゴ虫猫救世主並小刀可愛くないー!」


 退屈してキョウシちゃんの腕から逃げ出したのであろう子猫が、俺を追い越して恐れ多いその方の元へ歩いて行く。

 そして恐らくはそれを追って空洞へ入ってしまったのであろう二人が息を呑む。俺と子猫の先にある存在に気付いてしまったからだ。そしてなぜか俺にはそんな二人の表情が見ずとも想像できた。

 なぜならそれは、この姉妹には馴染み深くそれでいて因縁深い存在……。


「……姉さん」

「お姉さま……」

「ヨージョさま……!」

会話劇も書いてみたいなーと思いながら。

分かりにくかったらすいません。

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