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剣の膝枕

「……はぁ」

「……」

「……はぁ~ぁ」

「救世主さん、掘るのに専念しませんか?なんだかボクが責められてるみたいで気分が悪いです」

「いや、そんな事は……はぁ」


 風の間はかなり手前で埋められていた、岩の間との中間、ちょうど俺たちが一度立ち止まった辺りだ。……はぁ。

 そこから方向を変えて掘り出した訳だが……、どうにもやる気が出ない。確かにジョーシさんが悪い訳ではないのだが、俺にもちょっとぐらい楽しみがあってもいいんじゃないかな。


「一つ嘘をついていた事があります……」

「へ?」

「風の神々ですが、確か西風だけは温厚な神として伝えられていたと思います」

「……じゃあ今から掘り返そう!」

「救世主さん!それだけの為にどれだけ危険をおかすつもりですか」


 そうだ俺、落ち着け、それだけの事だ。たかが作られた神々の裸、薄布から見え隠れする谷間や茂み。神々しい光で満ちた爽やかでそれでいてエロスな空間。そんな物の為に今からわざわざ命の危険を冒してでも手に入れたい物が俺にはある!

 穴を掘る手に力が入る、今からでも遅くは無い。


「救世主さん、何か良からぬ事を考えてます?」

「……バレた?」

「一度頭を冷やした方が──」


 その時だった、神の剣が空洞を掘り当てたのは。考える間もなく凄まじい風と雪に襲われる、これはもしかして風の神のジジイが……?同じ神が二回とか聞いてないぞ、でもセットで西風もついて来たらいいな。


「うわわっ!?」


 吹き飛ばされそうになるジョーシさん。これはさっきより風が強い、そして雪で前が見えない。何より寒い・寒い・寒いぞおい!

 空洞の中を見ると、なるほど真っ白の銀世界だ。


「救世主さん、逃げて下さい!」


 と遥か後方から声がする、ジョーシさん逃げ足早くなったね……。俺も早く逃げないと、そう思った直後に空洞の中から声がした。声……?いや息遣いのようなもの。目を凝らすと吹雪の雪の中に人影が見える。こんなところに人……?その迷いが俺の判断を狂わせた。

 一歩ずつ近づいて来る人影。しかしそれは近づくほどに大きくなり、人というには大きすぎるものになっていく、全身を毛で覆われた化け物……。そう言って差し支えのないものだった。


「神の……剣」


 俺がそう口にしたのは既に雪が積もり出していた俺の体が、足元の雪と同化したのとほぼ同じタイミングだった……、急激な冷気に体温を奪われ、意識のみが冴え冴えとしていたが体はもう何も言う事を聞いてくれなかった。そして今度は意識までもが……。


「救世主さん……!?」



 どこかで風の音がする……。

 俺は草原で横になっていた。見上げるとキョウシちゃんが居て、どうやら膝枕をしてくれているらしい。随分前からこうしているような気がして、今更キョウシちゃんに何か話しかける必要を感じなかった。

 それぐらいに分かり合えていて、満ち足りた空気が流れていて……。いつからこうしているのだろう、どこかで風の音がしている。

 そうだ、全ては終わったんだ、心の中でつぶやくとキョウシちゃんが薄い目で微笑む。長い旅をしていた気がする、でも終わってしまえば一瞬だ。そんな感じで俺たちも生きていくんだろうか、二人一緒に……。

 どうかその日々が二人にとって特別な一瞬でありますように。幸福で満ち足りた、でも終わってしまえば一瞬の。そんな特別で何気ない一瞬でありますように……。

 どこかで風の音が……うるさいな、いい気分なんだから(ひた)らせてくれよ。


 目を開くと毛むくじゃらの大男が居た。暗くて良くは見えないが、荒い息遣いで俺をジッと見下ろしている。

 どうやら膝枕をして貰っているらしい、随分前からこうしているようで、悲鳴を上げるタイミングを逃してしまった。

 それぐらいに恐ろしくて、身の毛がよだつ瞬間だった。風の音に聞こえていたのはどうやらこの化け物の呼吸音らしい。しかも膝枕だと思っていたが、背中に感じるモサモサした毛の感触や生暖かさからして、どうやら俺は化け物の足の上に寝転んでいるらしい。

 そうか、全ては終わりなんだ。こいつに食われて終わってしまうんだ。そう悟った俺を見る二つの眼光が薄く微笑むようにゆがむ。

 どうか痛くしないで下さい、一瞬で仕留めて下さい。そして俺はこの化け物の体の一部として生きていくのだろうか、それともう○こになって出てしまうのだろうか……。

 ああ、俺はこんな終わり方をするんだ。そう思うと無性にキョウシちゃんの声が聞きたくなる。


「救世主さま……!」


 何か聞こえた気がした。よし、これで心置きなく……死ねるか!もっとだ、もっとだぞ。

 膝枕だってして欲しいし抱き合ったり頬っぺたくっつけたり互いの体温でヌクヌクしたり……もっともっと色々したいぞ!声だけで満足できると思うなよ、男の欲望なめんな!


「救世主さまー……!」


 だから声だけじゃ満足できないんだって……。すると見たくもない二つの眼光の背後に薄っすら光が見える。白い光……?いや雪だ。どうやらここはかまくらの中らしい。

 という事はここはあの空洞の中、そういえば化け物の息遣いに混じって風の音も微かに聞こえる。

 じゃあこの声は……!


「救世主さま!」


 そう言って顔を出したのは、大量の布を頭から被った……誰?

 いや、恐らくキョウシちゃんだろう。その声とランプに入った困り顔で判断すると。

 そのランプの明りでかまくらの中が明るくなる、そして良く見えていなかった化け物の顔がはっきりクッキリと見えて……。

 それは顔まで毛むくじゃらで二つの巨大な目を持ったゴリラのような化け物だった。


「……」

「……」

「……」


 誰も何も口に出来ない、まぁ俺は恐怖で縮み上がっていた訳だが。毛むくじゃらの化け物と布で覆われた変な者は互いに見詰め合った後、変な方の簡潔な一言で会話は終了する。


「それ、くれ」

「……」


 それだけで通じたのか、化け物はその巨大な両手で俺を持ち上げ、変な者の方に差し出した。変な者はその細い両手で俺を受け止め……られずにずり落ちた俺は地面でしこたま頭を打ち付け──。


「姉さん、大丈夫ですか……?あ、救世主さん。うわっ、この方が……」

「神の剣、居ないの?……あ、そんなところに居たのね。救世主さまをよろしく」

「じゃあ、お邪魔しました……」

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