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剣のすきま風

 前から声がする……。


「真実とは時に人を狂わせる力を持つ。例え直ぐにその力を発揮しなくても、持ち続ける事で真実の(あるじ)は徐々にその負荷に耐えられなくなっていくのだ。故に真実とは容易く口にすべきものでは──」


 うるさい岩だ、もう一度切裂きたい欲求に襲われたが今は我慢……。耳を澄ますと声に混じって風を切る音が近づいて来ている。

 静かに待て、チャンスは一度きり……かもしれない。とりあえずもう吹き飛ばされて壁に背中をぶつけるのは嫌だ。


「つまり真実とは一本道、帰ることの出来ない片道切符。知らずにいる事が恥にはならない、安易にそれに手を出してはならない。故に──」


 ビュウビュウと風の音が響き、奴が近づいて来るのが分かる。隠れているとはいえ風が周囲の壁に反射して俺の肌を冷やしていく。

 落ち着け、焦ってはいけない。


「そう、真実とは無闇に手を伸ばしていいものではない。人は真実の欠片しか手にする事を許されてはいないのだ。……なぜこの世界が真実に満ちていないのか?考えた事はないだろうか──」


 俺が岩を切り刻んで埋める決心をしたその時、待ちに待った声が響いた。


「今です、救世主さん!……わわっ!?」


 ジョーシさんの存在に気付いた風のジジイがジョーシさんの居る岩の背後に突風を放ったのだろう、俺の頭上をその余波が通過する。そして、待ってましたとジジイの足元から剣を振り回し、俺が神の剣でジジイを真っ二つに……!切裂いたのだった。


「やった!やったよジョーシさん!作戦勝ちだ、俺たちの勝利だ!」

「はい、……そんな大げさに喜ばないで下さいよ」


 穴から這い出し勝利を確信する、良かった!勝った事よりなぜか安心していた、ジョーシさんがポンコツ策士じゃなかった事に。その眼鏡はダテじゃなかった、やる時はやるんだジョーシさん!

 クールぶってはいるが、ジョーシさんの口元が僅かに引きつるように上に上がる。喜ぶなら素直に喜べばいいのに……、もしかして俺が喜びすぎてタイミング逃した?


「さっさと埋めてしまいましょう」

「あ、そうだな」


 俺は真っ二つになったジジイを更に三等分して翼も切って、俺が(ひそ)んでいた穴に落とした。そして土を被せながら作戦会議の様子を思い出す──。



「穴を掘れば風が直接当たる事はありません、ただ奴にバレてしまうと意味が無いし、闇雲に攻撃しても先ほどの二の舞です」

「あいつの近くは風が凄くてやばいよ?まともに見れないかも」

「ボクが合図を出します、それに合わせて斬りつけて下さい。……詳しくはこうです、空洞の入り口の下に穴を掘って下さい、そこに救世主さんが隠れます。そしてボクが……、あの岩の背後に隠れてタイミングを計ります。声をかけたら上に剣を振り上げて下さい」

「上手く行くかな……?」

「……分かりません」


 そういえば失敗したらどうするつもりだったのか……。それを考えると背筋に冷風が吹きつける、もうジジイは倒したはずなのになぁ?


「では、風の神々ですが」

「そうだ!メインディッシュを忘れていた」

「埋めましょう」

「……え、何で?」

「今埋めたのは北風だと思われます。なら他に南風・東風・西風の神が居ると思われますが、どれも中々タチが悪いのでさっさと埋めた方が上策だと思われます」


 ちょっと待て、あんな楽園を埋めるだって……?あんな大らかで美しい神々をこんな地の底に覆い隠してしまうなんて、そんな事が俺に出来る訳がない。

 しかしそんな俺の崇高な美意識と下半身をジョーシさんに理解して貰うのは至難の技、どうしたものか……。


「何か問題がありますか……?」

「あ、そうだ。一つ思いついたんだけど、あの風って使えないかな」

「何にですか?」

「強風を背中に受けて一気に地上へ出る!なんだかんだで結構な距離掘って来たから帰るの面倒でしょ?でもこれなら一瞬だよね!」

「……自分が飛ばされた時の事を忘れたんですか?壁にぶつかるか天井や底で体を擦り付けてボロボロになるだけだと思いますが」

「……あっ」


 本当だ。凄い、良く気付いたね。

 えっ、もう反論できない。埋めるの?埋めちゃうの?


「そんな顔しないで下さい……。本当に、男の人って……男ですよね」

「……はい?」

「なんでもないです」


 ため息交じりに言われた、どういう意味だ。男が男じゃなかったらなんだっていうんだろう、男が女で女が男……?


「そう、それこそが真実。目を覆いたくなるような、隠しても隠し切れない真実」

「ちょっと神の剣借りますね」

「……はい」


 てっきり再び喋り出したこの岩を切り刻むのかと思ったが、ジョーシさんは剣を手に風の間の方へ歩いて行ってしまった。……そんな彼女を止める術はもう俺には残っていなかった。

 様々な想いが俺の中を駆け巡る。だからこそ分かっていた、どうにもならない結論、逃れようと思っても逃れられなかった最後。彼女が行ってしまう。

 俺に出来るのはその名前を呼ぶことだけだった……。


「ジョーシさん……」

「貴様が辿り着いたのはゴールではない。むしろこれから始まるのだ、真実をかみ締める為の旅が。しかしそれも長くは続かないだろう、貴様はそんな生活にも慣れ新たな喜びを見つけるだろう。ただしそれが真実なのか偽りなのか、貴様にはもう分からなくなっているだろう……」


 この岩、さっきと言ってること違ってないか……?しかし、今はそんな鬱陶しい岩でも話し相手が居るだけマシだった。

 俺はジョーシさんが帰って来るまで、そんな岩の意味のない言葉に耳を傾けていた。


「誰もが真実を手に出来る訳ではない、そして理解出来る訳でもない。それぞれによって歪められた真実はまた歪んだ形で他の者に伝わり、偽りは偽りとして続いていくだろう。全ての者が知る事はない。……真実は口に苦しという」


 真実が毒から良薬になったらしい。

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