剣の風
背後から声がする……。
でもそれはきっと、復活した喋る岩がブツブツ独り言を言い出した声なのだろう。興味もないし意味もないので俺は穴掘りに専念する。
「かなり掘り進んだ気がします」
「そうだね、さっさと終わらせて地上で日の光をたっぷり浴びたいなぁ。……あ、トイレの間で日光浴でもしようか?」
「トイレの間……?」
俺が説明するとジョーシさんはそのネーミングを渋々認めてくれたようだった、由来がジョーシさんのゲロだった点を除いて。
しかし埋められたケンタさんといい炎の化け物といい、土に埋めれば大人しくなっているようで。その理由は土に特殊な力があるのか、それとも神々は案外温厚で触れなければ何もしてこないのか。
詳しくは分からないが、まさに触らぬ神に祟りなしといったところだ。
そんな事を考えていると神の剣が側面の壁に突き刺さる、持ち主の意志を無視して。俺はその勢いに引っ張られ出来立ての空洞に体ごと足を踏み入れる、が強風に押し返される。
「ジョーシさん、風だ。風だよ!」
「どうして喜んでるんですか……」
だってようやくジョーシさんの推測が当たったんだよ!水→木→火と来て次は風ってドヤ顔で言ってたじゃないか。それがやっと当たったんだ!とはさすがに口に出来なかったが。まんざらでもない感じがするジョーシさん、案外喜んでるんじゃない?その表情からは全く読み取れないのだが……、その眼鏡が強風でずれる。
風が来る方向、空洞の中は穏やかに晴れているようだった。しかし鋭い風が吹きすさび、ビュウビュウと音を立てている。
中に居るのは……人?一人じゃないようだ。数人の男女が、しかも薄い布をまとっただけのあられもない姿で宙に浮いている。……ここは天国か。
「……この風なんとかなりませんかね」
「え、埋めるの?埋めちゃうの?」
「まだ何も言ってません」
この楽園に飛び込みたいのだが風が強くていかんともしがたい。やはり彼らは風の神?よく見ると翼が生えた男女も居る、もしかして……天使?
風で揺れ動くその薄布に心を奪われて、俺がなんとか前へ一歩踏み出す。踏み出すとは言ったが実際はうずくまって前へジリジリ匍匐前進。
「救世主さん……」
さすがのジョーシさんもこれにはドン引きのようだ。
しかし俺は構わない。薄布をまとった天使のありがたい胸元の山脈や股間の渓谷をこの目に焼き付ける為に、いざ行かん神の領域。
そんな俺の目の前に現れたのは、半裸でその背に翼を広げた……爺さんだった。
「どけ、ジジィぶほおっ!?」
叫ぶ俺の顔に冷たい突風がぶち当たる、頭を冷やせとはこの事か。
たまらず両手で顔を覆う俺に、更なる強風が押し寄せて空洞の外まで吹き飛ばされる。
「神よー!」
「何をやってるんですか……」
背後へスライドするようにジョーシさんの横をすり抜け、楽園を追われた俺は背中に罪と言う名の翼をぐふっ!?
壁にしこたま背中をぶつけてうずくまる。そんな俺の前で神の剣がハテナマークを形どる、お前を呼んだ訳じゃない……。
「ぐふぅ……」
「我々の神はあの剣のはずなんですが、救世主さんの神は少し違うようですね……」
ジョーシさんの呆れた声が耳に痛い。俺の神がなんなのかって?そんなの決まってるじゃないか。
……そうだ、決まっている。俺は何を血迷っていたんだ。
強くなれ、いつかの啓示はそう言った。剣の腕を上げてキョウシちゃんに認められるんだ、そして嫁をこの手に!
「救世主さん……?」
体に力がみなぎる、冷やされたはずの顔が火照るほどだ。
ジジイ、俺は負けん。愛の名の元に、俺に立ちふさがる障壁は全てこの剣で切裂いてくれる!
「うおおー!!」
立ち上がり剣を振り上げる、ジジイから押し寄せる風を神の剣で切裂く。凄い、凄いぞ。感覚が研ぎ澄まされて全てがスローモーションに見える。
行ける、俺は今まで行けなかった剣の境地へ一歩、二歩と踏み出し、ジジイが目の前に徐々に、徐々に……遠ざかる。
そして楽園を追われた俺は背中が罪でぐふっ!?
「ぐふぅ……!」
「風を斬っても意味ないですよね、一旦下がりましょうか。神の剣、よろしく」
うずくまる俺を柄に乗せて神の剣が浮き上がる、主人を運ぶ剣なんて前代未聞だなとひとりごちる。
しかし背中をぶつけたのに腹が痛いのはなぜなのか……?やっぱり表と裏だから?内臓が痛いんだろうか……。
背後から風が吹いている、前からは声が聞こえる。
少し戻った場所に俺たちは居た。岩の間と天国……じゃなくて風の間の中間辺りか。腹を抑えて何とか起き上がり、ジョーシさんと作戦会議に入る。
「……色々惜しいが埋めてしまおう」
「一体何が惜しいっていうんですか」
「そりゃあ、あれだよ……。風が気持ちいいとか、裸が目にいいとか」
「本音を隠すならもっと上手く隠して下さい……」
苦渋の決断を下した俺に風は容赦なく吹き付ける、俺たちの前途を示すようだ。足取り重く歩き出す……っていうか本当に風が強くなってない?
「救世主さん……、来てますね」
「……何が?」
俺がそう口にした瞬間、前方から迫って来る影があった。その背に翼を持ち、白髪を風にたなびかせている。険しい顔に鋭い眼光、足元が少し浮いている。
そう、風の……ジジイだ。まさか追いかけて来るとは……。
「……引きましょう、思いつきですが案があります」
「う、うん……」
ジョーシさんの案というものに多少の不安を感じながら風を背に受けて走る。狭い場所だから風の圧が凄い、少々冷たいのが玉に瑕だが……。これはこれで使い道がありそうだと俺も知恵を回しながら走っていた。




