剣の岩
巨大な岩から声が響く。
「我は全てを知る石。貴様の願いはなんだ、何を知りたい」
「……」
俺たちは再び地下に来ていた。その奥底にあるお宝……じゃなくて”何か”を探す為に。
子猫の間を通過して掘り進むこと数分、掘り当てた空洞にあったのがこの岩なのだが……、今度は一体なんなのか。
ちなみに猫の間に返したはずの子猫は消えていた、……まぁ元気にやっているんだろう。主にキョウシちゃんの家でかな。
「ジョーシさん、もしかして俺たちが探していたものって、これ?」
「……まだ分かりませんね」
空洞の中には巨大な岩が一つだけあった。苔に覆われ淡い光を放つその岩は神々しく見えなくもないのだが、なぜか胡散臭い空気をかもし出していた。
その原因はなぜだろう……?
「あ、救世主さん。顔はこっちみたいです」
「顔?」
岩の周りをグルリと回ると、なるほどそこに岩の顔らしい三つのくぼみと中央に突起があった。目・鼻・口といったところか。
「何を恐れている、我が怖いか」
「うわ、動いた」
「ちゃんと話してるようですね」
岩の口らしき一番下のへこみがパクパクと動いている。が、どう見ても上下運動しているだけで張りぼて感は否めない。
「恐れるのも仕方あるまい。我はすべてを知る石、この世のことわり。我が言葉は天からの言葉、神の言葉、まことの言葉。……故に我は天、我は神、我はまこと。我は全てを知る石、この世の御印。貴様の願いを言うがいい、全て答えてやろう」
「……どうしよう」
「試してみるしかなんじゃないですか」
そうだ、答えてくれるなら答えて貰おう、言わなきゃ損だ。代わりに命をよこせなんて言われなきゃいいんだが……。
しかし何を聞いたものか。
「ええっと、俺たちが探していたのはお前か?」
「その答えは貴様の中にある。我はただここに存在するのみ」
「間違った事は言ってませんね」
そうだ、もっと具体的な事を聞こう。この剣はなんなのか、この地下はどうなっているのか、この騒ぎはどうすれば治まるのか。サビ人間とはなんなのか、奴らはどこから来てどこへ行くのか。俺は一体誰なのか、人は何の為に生まれて来たのか、そしてどこへ行くのか、死語の世界はどうなって……。
「救世主さん、なぜ目を回しているんですか。……もうボクが聞きますね。この地下は一体どうなっているんですか?そして我々が戦って来たものは一体なんなのですか?」
「……貴様はそれを本当に知りたいのか」
「はい」
気付くと少し空気が変わっていた、何があった……。
岩と対峙するジョーシさん、岩も何やら彫が深くなって深刻そうに見える。気のせいだろうか。
「知識というのは毒でもある、それを知れば貴様の世界は変わってしまうかもしれん。それでも知りたいか」
「……はい」
「知識というのは後戻り出来ない道、知ってしまってから後悔しても遅い。……それでも知りたいか、貴様にその覚悟はあるか」
「はい!」
「ならば我は止めはせぬ、心して聞くが良い……」
え、ちょっと待って。俺、覚悟出来てない。何勝手に決まってるの、これやばくない?
「ちょっと、ジョーシさん……?」
「救世主さんは黙ってて下さい」
「ええ……」
「覚悟なき者は去るが良い、そして一生真実から目を背けて生きるが良い。そちらの方が幸せかもしれん」
煽られてる、岩に煽られてるよ俺。なんか腹立つなこいつ。
いや、落ち着け落ち着け……、なら聞いてやる!なんて生易しいものじゃなさそうだ。なら、逃げるのは今か?だってこいつがゴールとは限らないんだろ?掘り進めれば必ず出会うってほどの大きさじゃないし。
余計な事を知って夜に一人で便所に行けなくなったらどうするんだ。それは困るぞとても。
「救世主さんはいいです、ボク一人が知ればいい話です」
「ああ……、まぁ確かに」
じゃあ……、と一歩進んで我に返る。ちょっと待て、ジョーシさんが聞くって言ってんだぞ。こんな子が聞くって言ってるのにお前は逃げるのか、それでも救世主か。そうだ、俺はなんだ、救世主だ。どこから来てどこへ行くんだ。なんの為に生まれて来たんだ。俺の存在とは……?
「ええい、俺も聞くよ。さっさと答えろ岩!」
「……救世主さん」
「……我は全てを知る石、貴様の願いに応えよう。決して後悔するな、そして我を憎むな。望んだのは貴様なのだ」
たっぷりとした間を置いて岩がその張りぼてのような口を開く。
「この地下は○○で○×△なのだ」
「……はい?」
「えっ何て?」
そして口を塞ぐ岩。なんて言ったんだよ今、明らかに声のボリュームがそれまでと違ったぞ。
「……真実は余り大きな声で言ってはならない」
「もう一度お願いします」
「アンコール!アンコール!」
「真実はそう何度も口にするべきではない」
「……」
顔を見合す俺とジョーシさん。
その時、俺は気づいた。なぜこの岩が胡散臭く感じていたか、その原因は声にあった。
重低音のよく響く声なのだが、俺はその声に聞き覚えがあった。街に居たあの恰幅のいいオヤジだ、あの声そっくりなのだ。
ドスを利かせていたがキョウシちゃん相手に媚びた声を出していた、そのオヤジがずっと頭の中でチラチラ浮かんで。そのせいで胡散臭く感じていたのだ。
「我は全てを知る石。貴様の願いはなんだ、何を知りたい」
「……」
「答えろ、この剣はなんだ」
「……貴様はそれを本当に知り──」
「前置きはいいから答えろ!」
「……その剣は○○で○×△だ」
俺はその岩を運びやすい大きさに斬り刻み、空洞の端に重ねた。すぐにつながって元の姿に戻るだろうが、それで良かった。
「……まぁ、無害ではありますね」
「上手く顔が壁側になればいいんだがなぁ……。口につっかえ棒でも挟む?」
「そんな事より先に進みましょう」
そんな事と言われた喋るだけの岩を残して俺たちは先を急ぐ、ゴールへはまだ辿り着かない。俺たちはどこへ向かっているのだろうか、そしてどこから来てなんの為に……。
「救世主さん、目が回ってますよ」




