剣の歴史的事実
これはキョウシちゃんから聞いた話を俺がまとめた物である。
出来るだけ事実に即したつもりだが、細部においていくつか間違いや誤解があるかもしれない。それらの判断は読んだ者に委ねるつもりだ。
それはあの忌まわしい地下から始まった。
まるで宝物のような子猫を拾った私は、泉に立ち寄るのも忘れて家への道を急いだ。その時の気持ちは今でも覚えている。
足元がフワフワして、手足が暖かくて。この子と一緒に居るだけでこんな幸せな気持ちになれるなんて…………!それは今まで感じたことがないものだった。こんな気持ちがずっと続くのだと、不思議な高揚感に包まれていたのだ。
街に出ると子猫をローブの中に隠した、まるで捨て猫を拾った子供のようだ。そんな私に次期教祖さま次期教祖さま!とワンパターンなおべっかを口にする信者たちを笑顔でかき分け家へ急いだ。
そして家へ着くと扉に錠をかけ、部屋にこもって子猫と遊んだ。それは素晴らしいひと時だった、他の全ての事がどうでもよくなるような……。
なぜこんな可愛いのか、なぜそんな表情をするのか。目に入る全てはこの子になってしまう、名前をつけなきゃ、でもどんな?
なぜこんなに愛らしいのか、なぜそんな動きをするのか。頭の中がこの子だけになってしまう、何を食べるんだろう、持って来なきゃ。
なぜこんな愛しいのか、なぜこの子は私の子供じゃないのか。なぜ私はこの子を撫でているのか、なぜこの子は撫でられているのか。なぜ私はこの子じゃないのか、なぜ私がこの子じゃないのか。
私の全てがこの子になってしまう、名前は……そうだ!だってこの子は私の全て、私の名前をつければいいんだ。
信者の事なんて知らない、だってこの子が居るから。教団の事なんて知らない、だってこの子が居るから。剣の事なんて知らない、だってこの子が居るから。救●●(文字が塗りつぶされている)、だってこの子が居るから。父と母の事なんて知らない、だってこの子が……、姉妹の事なんて未来の事なんて、だってこの子が。この子が居るから大丈夫だ。
この子に示さなきゃ、あなたがどれほど大事かって事を。
全て壊してしまわなきゃ、この子以外に何もいらないって伝える為に。
手始めに腰に刺した剣に手をかける。神の剣……?いらない。サッとそれを引き抜くと地面に叩きつける……折れない。何度も何度も叩きつける、折れない。面倒だ、捨ててしまおう。
窓を開き外を見る、信者たちと街の建物がある。大丈夫、これもちゃんと壊してあげるから。剣を投げる、信者を狙ったつもりだったが、外れて壁に突き刺さる。不思議と歓声が上がったようだ。
まぁいいわ、どうせすぐに壊すから。
私が私に向かって話しかける。まだ大事な物があったんじゃない?
そうだ、忘れていた。小さい時から持っている木刀、父が職人に頼んで細工して貰った、猫の模様を入れた木刀。一番の宝物、だった物。……いらない、これならすぐに折れる。
嬉しそうにうなずく私に楽しくなって、私はその木刀を振り上げる。そして──。
「キョウシちゃん、大丈夫かい?」
その時、扉から素敵な男性が入って来た。よく見るととても可愛い顔をしている、おじさんになんて見えない。
そんな素敵な彼は私の手から木刀を取り上げ、いらない!と叫ぶ私から私を取り上げてしまった……。
待って!それは要るの。だってそれは私、私の可愛い私。どうか取り上げないで!
しかし、剣を失くした私は無力だった。手刀で彼に襲い掛かるも簡単に両手を取られ抱きすくめられてしまう。強い、こんな強い人が居たなんて……。
暖かく大きな体に抱きしめられる。なんだろうこの気持ちは、今まで感じた事がない。その目に見つめられると私の何かが壊れてしまう。こんなに強くて可愛い人が身近に居たなんて……!
なぜそんなに凛々しいのか、なぜそんなにたくましいのか。なぜそんな可愛いのか、なぜこんな愛おしいのか。この人と一緒に暮らしたい、決して贅沢は望まないから。子供は二人で畑を持って、ずっと仲良く暮らしたい。この人は私、の未来の夫。この時、私は結婚の意志を
「救世主さん!」
「私は結婚の意志を……、はい?」
「何やってるんですか、こんなところで!」
「……ちょっと記録を残しておこうかと」
「今、面白いところだからあなたも聞いていったら?」
俺はヨージョさまのところに来ていた、事の顛末を聞かれたので今回の事をお伝えしていたのだ。しかもこれが公式な記録として残るらしい。
なぜかずっと苦笑している筆記係には腹が立ったが、俺としても正しい記録が残るのは悪い気はしない。ここはぜひとも歴史的事実と真のロマンスを記録に残しておきたいところだった。
「帰りますよ」
「え、でもまだ途中で……」
「帰ります!」
「……はい」
「また来てね、救世主ちゃん」
背後のヨージョさまに手を振って外へ出る。もう少しでクライマックスの結婚式だったのに……。
「どうしてお姉さまの所に居るんですか」
「だって……、色々教えて貰ったじゃない」
「それはまぁ、そうですけど……」
子猫の正体は嫉妬や独占の神、みたいなものらしい。
実を言うとよく分からなかったのだ。知ってる範囲であの子猫のような信仰はないらしい。
子供を失った母親の願いが作り出したとか、親に捨てられた子供の怨念だとか。あれこれ推測するしかなく、結論として分からないのだ。
「そんな悲しい母親か子供がこの街に要るんですかね」
「……きっとそうなんだろうよ」
活気のある街だ。逃げ惑った人が集まって出来た街だが、だからこそ必要な物は沢山あって。それを自分たちで作ったり支えあったりして暮らしている。
この場所にもそんな悲しい想いをしている人がいるのか……。見上げると独特の形をした屋根が目に入る、そしてどこからか石を切る音する。今日もどこかで家が建っているのだ。
「分からんもんだな」
「はい……っくし!」
「風邪?」
「いえ、場所的に鼻の中なんです、この辺りが。それより救世主さんの方が大丈夫ですか?顔の形が変わってますけど」
「……キョウシちゃんって剣がなくても強いね」
俺は自分の顔をなでる。これが人の仕業と言っても誰も信じないだろう、鈍器で殴ったような跡がいくつもある。
「……少しは可愛い顔になりましたよ」
「……ありがとう」
「救世……さま!」
弾むような声で駆け寄って来たのはキョウシちゃんだった。想ったより元気そうだ、少々記憶が飛んだだけらしい。そしてその手にあるのは……。
「この子、死に掛けてたから拾ったの。ねぇ、飼っていいかな、いいでしょ?」
「ええ……」
正直、今は子猫を見るのすら嫌だったが。地下に居たやつとは全く別物のようだ、薄汚れてやせ細っている。
「俺に聞かれてなぁ……」
「あ、それもそうよね。ねぇ、どう思う?」
「……姉さんがいいなら」
「ありがとう!じゃあ連れて帰る!」
嬉しそうに走っていくキョウシちゃん。一応、一件落着なのだろうか……、俺の顔面は除いて。
「……そういえばですけど」
「うん?」
「地下の子猫、本当に子猫の願望が作ったって事は……ありえますか?」
「……どうだろうね」
死に掛けた子猫が自分だけを愛してくれる存在を求める。そんな自分の姿を作り出してしまう。
無い事もない話だが……。どちらにしろ、これもキョウシちゃんには言えないな。まぁ言っても覚えてないんだろうけど。
ちょっと違った書き方を試してみたかった。
しかし文章力ぅ!




