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剣の肉じゅばん

いつもより長めになりました。

「オヤジ、貴様は本物か!?」

「……」

「言え、本物なのか!?」

「この方はかなり口が固いというか、無口なので……」


 穏やかな顔で俺たちの前に次々と食事を並べるオヤジ。こいつが俺の背中をさすった大きな手の持ち主であった訳だが、しかし本物のオヤジであるという保障はどこにもない。

 前にも言ったが俺はそれほどこのオヤジを望んではいない、しかしここでは俺以外の人間の願いも影響するのだ。すなわち、ここに居るもう一人の、痩せの大食いであるジョーシさんの願いも。

 用心に用心を重ねるに越したことはない。


「なぜボクを睨むんですか……?それよりいい匂いですよ、きっとこの人も本物ですね」

「それだけで信じられる訳はない。もし偽者で変な物でも食わされたら……、もう我慢できん!食うぞ!」

「……救世主さん、我慢したことあるんですか?」


 俺たちは飯をむさぼり食った。吐き戻したせいか腹が空っぽになった気がして、出されるもの出されるもの次々と平らげていった。……だが二人ともソーセージにだけは手をつけなかった。


「……?」


 それだけ残されたソーセージを見て少し悲しそうな顔したオヤジは、しかし何事も無かったかのように食器を片付け。布に藁を詰めただけの簡単なベッドを用意して帰っていった。

 何て気が利くオヤジなんだろう。固い土の上で寝ることになるだろうと考えていた俺は、このベッドにほんの少しだけはしゃいで、気付いたらまどろみの中に居た……。


「……まるで子供ですね」


 そんなジョーシさんの呆れたような声を聞きながら眠りに落ちる。ああ……、今日は色々あったなぁ。あれとあれとあれも倒して、救世主たる俺は大活躍だった……。


「救世主さん、今日はお疲れさまでした。このペースなら数日で片が付きそうです」


 ああ、おやすみジョーシさん……。その言葉が声に出たのかは分からないが、側に腰を下ろすジョーシさんの目がいつもより優しく見えて、そんな不思議な残像の中で本格的な眠りに落ちていった……。



「……んん?」


 目を覚ますと暗い通路の先に日差しがあった。だがそれはトイレの間から溢れた光であり実際の太陽光ではない。もう朝なのだろうか、それともまだ夜明け前……?

 魔物をバッサバッサとなぎ倒す夢とその余韻に浸っていた俺は、そのまま横になり夢の続きを……と考えて違和感に気付く。


「ジョーシさん……?」


 周りを見回すがその姿は見当たらない、それどころか神の剣もない。どこへ行ってしまったのか、そして何かが起こってしまったのだろうか……?

 寝ぼけた頭を振り回し、状況を整理する。眠りに落ちる前は確かに俺の側に居たはずのジョーシさん。しかし今その場所には誰もおらず、それどころかベッドすらない。もしやと思いケンタさんを埋めた壁面を見るが、崩れた様子はない。

 きっとまたトイレにでも行ったのだろう、と楽観的希望を頭に浮かべる。でも神の剣を持っていくか……?


 そんな時、背後から足音がした。

 ああ、そっちに居たんだ。と通路の方を見る、円を描くように掘られた通路の壁にランプの光が反射している。


「ジョーシさ……」


 声を掛けようとして口を閉ざす。違う、明るすぎる。これはランプどころの明りじゃない。まるで燃え盛る炎のような光が近づいてくる。これは……、もしかしてまた奴が。

 身構えるが剣もない、逃げるにも退路はない。トイレの間に飛び込むか?

 無い無い()くし無い尽くし~♪と、妙な歌が俺の頭で響き渡る。結局、一歩も動けないまま、光の主がその姿を現す……。


「あ、救世主さま。無事でした……?」

「……キョウシちゃん」


 燃え盛る化け物の頭をランプにした、見慣れた女の子がそこ立っていた……。安堵と共に疑問が頭に巻き起こる。どうしてここに?ジョーシさんはどこ?知ってるかな?俺の神の剣知らない?本物だよね?結婚する?

 それと察したキョウシちゃんが口を開く。


「救世主さまがピンチだから、お姉さまに行って来いって言われて来たんだけど……」


 それはこれからピンチになるのか、それとも既になっているのか。俺はキョウシちゃんに今までの事をザッと説明する。と言っても大して語るべき事はない訳だが。


「え、でもこっちには誰も居なかったし。居るとしたらこの先の……」


 トイレの間、やはりそこしか無いか。神の剣が無くなり心許なかった俺だが、キョウシちゃんが来たことで俄然(がぜん)勢いがついた。何が出ても大丈夫、ジョーシさんの二人や三人救い出してくれるわ!

 ベッドをのけて入り口へ向かう。何て気持ちがいい日差しなんだろう……、寝起きの目に染みる。心もポカポカしてきた。


「どこから日差しが出てるのかしら……」


 天井の壁を見上げキョウシちゃんがつぶやく。まぁ、それは本当に謎だよね……。そして日差しを堪能する俺の横をすり抜けて中へ入って行く。

 てっきり二匹目のケンタさんとウロスが待ち構えているのでは、と薄々考えていた俺は少々拍子抜けした。そして重大な事を思い起こす。

 ケンタさん達を倒した後、毛つきのムキムキソーセージを始末し、その余りにもな姿に俺たちは○○した。そしてそのおぞましいブツがこの足元に転がっているはずだ、という事を。


「待って!キョウシちゃん」

「何かありました?救世主さま」


 たちまちゲロセンサーと化した俺は、草木の中から液体とその吐しゃ物を探す。どこだ、どこで事件が起こった!?……俺たちは足を踏み入れていた。ジョーシさんの貰いゲロという罠の真っ只中に。


「あっ」

「あ……!」


 俺とキョウシちゃんが声を発したのはほぼ同時だった。が、見ている方角はまるで違ったようだった。俺は液体のような肌色の物体に目を留める、これがジョーシさんの……。女の子にあるまじき中々のブツに生唾と込み上げる何かを飲み込む。

 いや待て、何か違う。こいつ……、動いて……!


「キョウシちゃん!?」


 俺は思わず悲鳴のような声をあげた。俺がジョーシさんの生み出したブツだと勘違いしたそれは、余りにも肉肉しく、そして地面を這って動いている。そう、俺が倒したと思っていたケンタさんとウロスのソーセージのように……。

 やはり罠か!?そう察知した俺はキョウシちゃんに歩み寄る、決して守って貰おうと思ったとかそういう訳じゃ……。見るとキョウシちゃんの前にジョーシさんが眠っている、しかもちゃんとベッドの上で。


「この子が中々起きなくてさぁ」

「そんな事やってる場合じゃ……!」


 何かを抱くように横向きに眠っているジョーシさんのその肩を揺する。早く起きてくれ、それどころじゃないんだ!

 なおもムニャムニャ口を動かすその顔にハッとする。いつもとは違う、それは眼鏡を外しているからなのか、初めて見たその顔になぜか少しドキドキする。……始めまして、救世主です。

 そんな俺の心の声が届いたのか、ジョーシさんの目が開く。


「きゃあ!やめて下さい、救世主さん!」


 俺の顔を見るなり、横向けに寝ていたジョーシさんの胸元から神の剣が姿を現す。ここにあったのか神の剣!その有難くない再会が、俺の頭の上でゴンと鈍い音を立て響き渡る。


「何事もなくて良かったわね……」

「……あれ?姉さん。なぜここに」

「こんな事やってる場合じゃ……!」


 頭を抱えうずくまる俺、剣の向きが違ったら真っ二つだった……。ジョーシさんが剣の扱いに慣れていない事に感謝しつつ、今の状況を二人に短く的確に伝えなければ。


「に……にくにく」

「……肉?」

「何を言ってるんですか、救世主さま。……きゃあ!?」


 今度はキョウシちゃんが叫ぶ番だった。うずくまる俺の視線の先にもその肌色の物体はにじり寄っていたのだ。しかし、もう大丈夫だ。神の剣はあったしジョーシさんも無事、しかもキョウシちゃんまで居れば鬼に金棒。

 勝利を確信した俺は頭を抑えつつ神の剣を受け取る。


「別に救世主さんを信用してないって訳ではないんですが……、一応の用心をしておこうと」

「ちょっ……ちょわー!」


 何やら一人でいい訳がましい事をつぶやくジョーシさんを放置して事態は進展する。

 素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げキョウシちゃんが肉片に斬りかかっていた。この声は恐らく恐怖を感じた時のものなのだろうが、こうなったらキョウシちゃんは手がつけられない。狂戦士かくありなん。

 俺も足元の肉片に斬りつけ、自分の僅かな存在価値を示す。


「……逃げましょう」

「へ?」


 鬼神のようにハムだかソーセージだかを切りまくるキョウシちゃんを見ながらジョーシさんがつぶやいた。……なぜ?まさか臆病風に吹かれたのか、その顔を見るが眼鏡をかけていつもの表情に戻ったジョーシさんからは何も読み取れない。

 しつこく足元に迫る肉片を切り分ける。


「ダメよこれ!逃げるわよ!」


 キョウシちゃんがそう叫び、妹の手を取って走っていく。あれ?あれれー?

 残された俺は周りを見回す。切り分けられた肉片はいつものように引き合って元の大きさに戻る、あれ?何か増えてないかこれ。

 必死に神の剣を振り回し、血路を開いて空洞を出る。ちょうどそこにある通路の壁を見るが崩れてはいない。あれ?


「ケンタさんの肉じゃない!?」

「ケンタさんってどなたー?」

「ケンタウロスです」


 二人に何とか追いついて情報の整理を試みるが、沸いて出るのは疑問だけだ。そして何やら背後からズルズルと濡れた布を引きずるような音が……。


「まだ追ってきてます」

「あれは一体何の肉なんだー!?」

「んー……」


 キョウシちゃんが黙り込む、何か知ってるの?と声を掛けようとしたが、それは言葉にならなかった。目の前から押し寄せる肉片、いや肉片なんてもんじゃない。肉の津波を前に俺たちは言葉を失っていた……。


「にくにくにく……」

「何これ楽しくなーい!」

「結構柔らかいですね、これ」


 肉の波に一撃を食らわすもあっさり飲み込まれた俺たちは、互いの位置を見失わないようにそれぞれが手を伸ばし、助けとも慰めともつかないものを求め合ったが。後ろから追いついた肉に拡散されそれらの試みも泡のように砕け散った。


「肉肉尽くし肉尽くし~♪」

「ねちょねちょする、やだー!」

「案外、重くもないし痛くもないですね」


 僅かに聞こえるそれぞれの声、肉にまみれているがどうやら全員無事らしい。しかしこの肉の質感……、ジョーシさんのいう通りさほど苦痛ではないのだが。何だろう、真綿で首を絞められるというか、○っぱいで首を絞められるような。非常に不気味な感じがする、残念ながら言葉ほど嬉しくはない。


「肉肉尽くし肉尽くし~♪」

「救世主さま、その歌何なの?」

「ちょっと息苦しくなってきました……」


 このままではまずい。そう感じて何かをしようとするのだが、体の動きは全て肉に吸収されてしまう。この何か巨大な生き物に飲み込まれたような、圧倒的でやり切れない力を前に屈服するしかないような。空回りする力がまた巨大な生き物に飲み込まれていくかのような……。


「何が一体全体どうなってんだー!?」


 俺の叫びが通路に響き渡る。あれ……?

 キョウシちゃんが手にしていたランプが地面を転がっている。互いの顔を見合す俺たち。その肉片は、始まった時と同じように瞬く間に消え去っていた……。


「助かった……?」

「はぁ……、気持ち悪かった」

「全員、無事みたいですね……」


 体を動かしてまだまとわり付くような肉の感覚を体から追い払う俺たち。一体あれは何だったんだ……?もう来ないよな?

 すると姉妹が顔を見合わせ、確認するように話し出す。


「姉さまの仕業よね」

「お姉さまですね」

「……はい?」

 言ってる意味が分からない。


「きっと姉さまが自分の信者を使って妙な神を作り上げたのよ」

「お姉さまは昔から預言者としての力があり、剣の教団とは無関係に信者が多数居るんです。その数は今も増えてますが……」

「はぁ……」

「私たちが肉肉言ったから根に持って……」

「らしい仕返しですね。まさかここの現象も全て理解してるんじゃ……?」


 え、そんなこと簡単に出来るの?っていうか、それならもうヨージョさまがその信者使って穴掘ればいいんじゃ……。


「ほんっとに性格悪い!」

「お腹以外にも贅肉が付いてるんじゃないですかね」


 更に盛り上がりを見せる二人の長女叩きについて、俺はそれを口にしない為にも記憶から除外しておこうと思う。

 しかしどれだけ遺恨があるんだよ……、姉妹ってほんと怖い。

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