剣の塩漬け加工肉
「久し振りの太陽だ……」
「……どこにあるんですか、そんなの」
馬とおっさんの半人半獣を倒した俺たちは、奴が居た空洞の中に入っていた。
なぜだか日光が差し込むこの場所は、ずっと地下でランプの明りだけだった俺たちには新鮮で心地が良かったのだ。……しかしまぁ、見上げても天井の壁しかないんだけど。
原理は分からないが、暗闇と土しか目に入らない場所で、こんな日差しと木々のある場所は一応は安らぎに感じられるものだ。
「そろそろアレ、何とかしませんか?」
「……やっぱり?」
空洞の入り口に横たわっているアレ。すなわちここの主人らしき切り分けられた馬とおっさん。そのまま埋めても良かったんだが、そうなるとここにはもう来れなくなってしまう。下手に迂回路を作って空洞が崩れるのも怖いしなぁ……。
そうなると小さな穴でも作ってそこにあのデカブツを埋めるのがベストなんだろうが、なんとなくアレに手を触れたくなかったのだ。
「どういう生き物なんでしょうね、これ」
「俺に分かる訳が……」
「まぁそうですね」
すんなり納得されたのは悲しいが、改めてその断面を覗いてみる。
おっさんの上半身と馬の首から下、見事に切り分けられてもはや完全に別の生き物だ。一応、神として崇められている存在をただの馬とおっさんにしてしまった事に僅かな罪悪感と達成感を感じたてはいたが……。
まぁ、そこまではよしとする。問題は、血が一滴も出ていない。それどころか臓器の一つも見られない。肌の色がそのまま断面に広がっていてスベスベしている。……正直気持ち悪い。
「一体なんなんだろうね、これ……」
「それさっきボクが聞きました。……あ、そういえば名前だけは思い出しました。確か、ケンタウロスだったと思います」
「え、今頃?」
俺の返答にサッと視線を外すジョーシさん。もしかしてちょっと怒った?ねぇちょっと怒った?
ジョーシさんの機嫌は気になるが、いい加減に腹を吸えた俺はこんな結論に至る。
日差し>おっさんのスベスベ
仕方なくケンタとウロスを移動する事にする。まぁ最初から決めてたんだけど決心が付かなかっだのだ。よくあるよね?こういう事。
さて、と重い腰を上げさっさと通路に横穴を作ってしまう。そこにこのケンタさんの方を移動して、と。重いな、思ったより重いぞケンタさん……!
「救世主さん……、それ」
「どれ?」
「生きてます」
「どれ!?」
ケンタさんの重さに苛立った俺がジョーシさんに荒い返事をぶつける。そのジョーシさんの視線の先、すなわち俺の手元の重いおっさんケンタさんの目、あれ?ケンタさん……。おはようございます。
「うわあ!?」
「神の剣!お願いします!」
腕を振り凶暴な腕力でイヤイヤ踊りを繰り出すケンタさん。思わず手を離した俺の足元から、壁に立てかけた神の剣が飛び上がる。こいつ、ジョーシさんの命令も聞くのか……。
剣の主たるプライドをまた一つ壊されつつ、神の剣は地面に落ちてほぼ無抵抗となったイヤイヤケンタさんを切り刻む。これでもかと切り分ける。その見事な切り口と20センチほどに切り分けられた、ケ・ン・タ・さ・ん。それを見て再び俺の決心が揺らぐ。
「……早く埋めてしまいましょう」
「うん……、しかしなんというか……」
触れたくない。でかいハムのように輪切りにされたケンタさんの断面はとても綺麗で、しかし表面はムキムキで毛むくじゃらで……。触れるのをぜひとも遠慮したい謎の物体が出来上がっていた。これは何の試練だ、俺は一体何を試されているんだ……?
「早くしないとまた……」
「え、嘘だろ……?」
肉片同士が引き合っている。これはまさか、前の炎の化け物みたいにくっついて元に戻るパターンか。やはり同類なんだな、という感想と。どうしてさっきまで大人しかったの?気絶でもしてたの?それって脳震盪ってやつ?え、でも脳もないのに!?
何だか考えるのがバカらしくなって腹立ち紛れに笑えて来た俺は、笑いながら毛の生えたハムを穴に投げ入れる。ハハハハ!楽しいなぁ!
ジョーシさんはそんな俺を、吐き気を催すかのように口元を抑えて眺めていた……。
「よし、埋めてしまおう」
「……救世主さん。まだ、あれも」
ジョーシさんが指差した方向に首なしの馬が、ウロスの方が。ああ、そうだった忘れてた。……いや、忘れていたかった。
「ハハハハハ!神の剣!」
「……うっぷ」
輪切りにされた馬のハム、ウロスハムを次々と穴へ投げ込む。楽しいなぁー!手触りもスベスベしてて、赤ん坊の肌みたいだ!嬉しいなぁー!
ジョーシさんはそんな俺を、吐き気をもよおうぇっぷ……!
「ちょっと、大丈夫ですか救世主さん!?……あ、ダメです。貰いゲロしそ」
そう言い残し、ジョーシさんは日差しと木々のある空洞へ駆け込む。それを見て俺の頭にこの空洞のネーミングが降りて来た。
トイレの間。
……そして俺は忌々しいモノと忌々しい記憶を壁の中に封印する。ああ、空洞の中は爽やかな光で満ちているというのに。俺はなぜこんなにも悲しい気分なのか……、何やら胸に込み上げてくる悲しみと何かが、うっぷ。
そんな俺の背中を優しく撫でる手……。ありがとうジョーシさん、案外気が効くね。俺の背中を固定する為か、肩に置かれた手を思わず握り締める。
おや、思った以上に大きな手。これはもう女の子というには反則ギリギリのラインだ、でもたまに居るよねそういう子。俺は嫌いじゃないよ!
「……ちょっと落ち着きました」
そう言って空洞から歩いて来たのはジョーシさん。案外大きな手してるんだね、君。
……ん?こっちがジョーシさんなら俺の背中をさすっているのは……?




