剣の馬並み
「これはあくまで予想ですが……」
俺たちは再び穴掘りに戻っていた。強敵を倒した事が俺の心にいささかの余裕を生んでいたが、どこに向かって進んでいるかは変わらず謎のままだった。
「これまでに出て来た連中はそれぞれ、水・木・火です。これは世界を構成している四つの性質の内の三つ。すなわち、次に来るのは残りの一つ。風ではないかと……」
ジョーシさんが何やら解説をしてくれている。次は風だそうだが、風ねぇ……、こんな土の中で台風でも起こるんだろうか。しかしこの子の予想はそこまで当たらないのが分かったので適当にうなずいておく。
あ、キョウシちゃんはやっぱりちゃっかり泉に残った。
「あくまで予想です。聞いてますか?」
「あー、はいはい」
前回のミスを引きずっているらしいジョーシさん。別に大したことじゃないのに、人は間違える生き物。そう、俺のように。
そんな事をひとりごちた時、神の剣が何かを掘り当てる。ガラガラと壁が崩れ落ちていく。
「空洞ですね……」
「今度は何が出るのやら……」
中は適度な明るさで満たされていた。足元に草が、そして木々も生えている。風の精霊、そんな神々しいものが俺の心に浮かぶ。しかし壁が崩れ去って、その先に立っていたのは。下半身が馬で上半身は半裸のヒゲ面おやじだった……。
「……」
「……」
予想外の光景に口をふさぐ俺たち。しかし、奴はまだ俺たちに気付いていない。天井から差して来るらしい光に、その毛むくじゃらでムキムキな肉体を晒し気持ち良さそうにしている。
その奇妙な風景を前に目を見合わせる俺たち。何なんだあの生き物は……?
「……半人半獣の信仰も古くからあるものですね、どうして予測できなかったのか」
「うん、それよりどうしよう。俺たちに気付いてないみたいだけど」
「そうですね。どうしましょうか、埋めますか」
「埋めよう。……ちなみにあれって風と何か関係が……?」
返事がない所を見ると余計な事を言ってしまったらしい。それと察して、俺が神の剣で穴を塞ごうと上の壁を削り出した時、奴と目が合う。
……急いで神の剣、スペシャル急いで!俺のそんな想いも虚しく、奴は無表情なままその下半身を使って俺たちの方へ走って来る。早いよ、そして思ったよりでかいよ!
「うわっ……うわあ!」
「救世主さん逃げて下さい!」
既に俺を見捨てるように距離を取ったジョーシさんが言う。守る手間が省けたね!
俺は神の剣を手元に引き戻し戦闘態勢に入る。しかしどうするんだこんな奴……?
突っ込んでくるかと思ったが、目の前で立ち止まった奴は。その巨体を誇るように俺を見下ろし、そして尻を向けた。その尻は毛並みの良さもあって、中々の名馬のように思われた……。
「危ないです!」
「はい……?」
触っていいのかとその毛並みに触れようとした俺の下方から、風がうなりを上げ奴の後ろ足が跳ね上がってくる。その足は肉付きの良さも相まって、中々の駿馬のように……。
激しい衝撃と浮遊感。体重のなくなった俺が背後へ浮かび上がり、目の前にあった馬の尻が遠く離れて……。そして後方の壁に刺さる神の剣と、俺を受け止める優しさの足りない壁面。げほっ!?
「大丈夫ですか?」
「うん……、背中は痛いけど何とか生きてる」
……あれ?生きてる。あんな馬の蹴りを食らったのに生きてる。普通、即死だと思うんですけど。あれ?俺、生きてる!?
「神の剣が救世主さんを無理やり後ろに引っ張ったように見えました。案外やりますね、その剣」
「こいつが……」
何やら反り返ってドヤ感のある神の剣を壁から引き抜く。ありがとう神の剣、お前を手にして良かった。そもそもお前を手にしなかったらこんな目にも合わなかった訳だが、それはこの際置いといて……。感謝ついでにあいつも倒して下さい、お願いします。無理に引っ張られたせいで腕が抜けそうに痛いんです、お前のせいだ。
「救世主さん!」
再度、俺から距離を取っているジョーシさんの声が響く、ちゃっかりしてるね!
そして俺の前に現れる、半裸でデカくて強い奴。……まずい、奴が俺に尻を向ける。このままではさっきの二の舞だ、腕が抜けるか頭が吹き飛ぶ。
させるか!と奴の動きに合わせてその側面へ回る。すると奴も負けじと回転。させるか!回転。させるか!回転……ぐるぐるぐる、毛むくじゃらを中心にぐるぐる回る。おっと、フェイントで逆方向へ、甘いぜ!
「……何やってるんですか救世主さん」
「だってさ!腕が痛くてさ!剣がっ、振れないしさ!」
我ながらいいステップで毛むくじゃらの周りをぐるぐる回る、奴の表情が曇って来る。フフ、イラついているな。この勝負は平常心を欠いた方が負けなのだ!
俺が勝利を確信したその時、頭から下に衝撃が抜ける。ゴチンと。頭上に岩を落とされたような衝撃が頭から鼻に抜ける。見上げると奴は苛立った顔でそのコブシを振り下ろしていた。
平常心を欠いた方が負けって言った奴出て来い……。
「いてぇ……」
「そりゃ、そうなりますよね…」
頭を抑えうずくまる俺に、奴のいい尻のお目見えだ。まずい、このままでは……!
やぶれかぶれになった俺は、冥土の土産とばかりにそのいい毛並みに抱きつく。干草の匂いが鼻に満ちる……、ああ、ここは草原なのか。なぜかその時、俺はこの馬に乗りたいと思った──。
その毛を握り尻尾を握り、尻から背中へと這い上がる。馬のようなおっさんのようなイナナキが響き、その尻が俺を振り落とそうと揺れる。やだ!俺は乗るんだ!
そして奴の必殺である後ろ足の蹴りが、しがみつく俺の背中で鈍い音をさせ空転する。浮き上がったその腰の勢いに乗って、俺が奴の背中に着地する……。
「……乗った、乗れたよ!」
「……いや、いやいやいや。凄いですけど!何やってるんですか!?」
「え、あ……」
なぜか目標を達成してガッツポーズを取る俺に、奴が俺を振り落とそうと両手を振り回す。が体が硬いのか背後に腕が回らないご様子、……これはチャーンス!
腕とゲンコツの恨みを思い知れ!俺は神の剣を握り締める、腕が痛いから斬って貰う。腕は神の剣のせいだが、原因を作ったのはお前だ!許さん!
神の剣の一閃、奴の上半身が地面に落ちる。
「ふぅ……、勝った。……おおう!?」
上半身が落ちるに合わせて、力が抜けたように馬の下半身も崩れ落ちる。俺は馬の上で立ち上がり、何とかそのボディプレスから足を守りきる。勝利の余韻もあったもんじゃない。
「大丈夫ですか?救世主さん」
「うん、いい……毛並みだった」
「……そうですか」
感無量な俺。まさか地下へ来て乗馬が出来るとは思わなかったなぁ……。




