剣の行き詰まり感
俺たちは待ち受ける、強敵を。
「しかし、本当に遅いですね」
「帰ったんじゃない?もう来ないんじゃない?」
「やはり俺の剣が通じていたのか……」
そんな希望的観測を述べていると渦巻状の穴の先がパッと明るくなる、身構える俺たち。やはり来たか……、打ち合わせ通りに適度な距離を取って泉に手を突っ込む。
手ごろな道具があればそれで水をすくったのだが、生憎そんなものはない。しかし古来から火には水と相場が決まっている。さっさと片付けてやるぞこの化け物め、この手でな!
「救世主スプラッシュで救世スプラッシュって、どう?」
「可愛くない」
「何の話ですか」
オナゴにはロマンが分からないらしい。少々いじけた俺は泉の一室へ足を踏み入れた炎の化け物に一番乗りで水を浴びせる。救世スプラッシュ!心の声がこだまする。
そんな俺に負けじとキョウシちゃんとジョーシさんの水かけが始まる。きゃーきゃーと声を立て……、何か楽しんでない?
「信仰心-信仰心=消滅、これこそ勝利の方程式!」
勝利を確信した俺はドヤ顔でこの戦いの絞めに入る。これだけの水を掛けられたのだ、いくら強い炎であろうとたちどころに……、たちどころに……。
「水と油ですね」
「……炎と水だよ?」
「効き目ないみたいね」
俺たちが必死で(一部遊んで)掛けた水は炎の化け物の表面に当たり、そのまま落ちて地面を濡らしていた。火に当たって落ちる水って……、なんとも不可解な光景だ。
「信仰心に信仰心をぶつけても意味がない、これだけは分かりましたね」
「……そうだね」
冷静にそう分析するジョーシさん。そして俺に目を向ける。で、どうするんですか?とでも言いたげげだ。やっぱり根に持ってる、根に持ってますよね?
そんな俺たちの心温まるやり取りを、炎の化け物は何もせず眺めていて……くれる訳もなく。近づいて来る、来てるよ!どうするんですか!?
「っていうか全然怖くないねこいつ」
あっけらかんと言い放つキョウシちゃん。いや、君はこいつの怖さを知らないから……。
やれやれと敵の強さについて語り聞かせようとキョウシちゃんに近づいたその刹那、キョウシちゃんの手元がキラリと光る。それは、もう一本の神の剣。
炎の化け物に向かい半円を描くそれは、ローブの袖が送る風と共に、勢い余って俺の鼻先をかすめる。
「斬っても元に戻りますよ?」
「ちょっと試してみたくってさ。救世主さま、ランプ取ってくれない?……救世主さま?」
一瞬の意識の空白の後、俺は自我を取り戻す。ちょっと見とれていただけで決して気絶などしていた訳ではない、決してな。俺は冷や汗をぬぐい、キョウシちゃん愛用の六つのランプから一つと取って手渡す。
ありがとう、と言ってニコリと笑うキョウシちゃん。ランプの蓋を開き、それを化け物の首に押し付けるようにして中に押し込む。何をやってるんだろうこの子は……。上に掲げて見せて一人うなずく。
「どう?いいでしょこれ」
「……何が?」
何やらご満悦なので余計な口は挟まないが、まぁ確かに明るい。ランプ六つ分がこれ一つで済みそうだ。よく見ると化け物の顔は心なしか困っているようにも見える……。っていうか何の解決にもなってないよねこれ。
「来ます」
ジョーシさんの声で身構える。そうだ、首を取られた胴体はまた元に戻る為に頭の方へ……、近づいて……来ない。何やら方向が分からなくなった人のようにフラフラしては壁にぶつかり、行きつ戻りつしては転ぶ。これは怪しい踊りか何かなのだろうか……?
「……すいません、来ません」
「何してるんだ、あれ……」
「明るーい、きれぃ……」
一人を放置して作戦会議に入る俺とジョーシさん。とりあえず時間は稼げているらしいし、よしとする。しかし困った、これ以上上に逃げたら街に出てしまう。かといって往復しても意味ないし、木の前に置いたら眠ってくれるだろうか……?やはり狂信者どもを俺がこの手で──。
「分かりました」
「分かっちゃった!?」
ジョーシさんの閃きも余りあてにできないが、前の事もあるし大げさに反応してみる。無表情だが心なしドヤ顔に見えるジョーシさん。
「鏡の中です」
「……はい?」
「鏡の中の自分を動かしていると考えてください。左右が反転している、手足の動きがおかしくなる。それに加えて頭がない事でバランスが悪い、それが今のあの化け物の状態です」
何を言っているんだこの子は、倒す方法が分かったんじゃないのか。何を冷静にあの化け物の状況を理解しようとしてるんだ、あの化け物の立場に立って何がどうなっているのか理解しようとしているんだ。しかも言ってる意味が分からん!
「もっと簡単に言わないと救世主さまには通じないわよ」
「……これ以上簡単には言えません。まぁ、かいつまんで言うと……じきに慣れて襲ってきます」
「分かりやすい、ありがとう。……ってありがたくない!」
ジョーシさんの背後に迫る化け物。何とかしなきゃ、でも体がすくむ。
怖い!俺救世主!よろしく!
「頭下げて」
キョウシちゃんの静かな指示にサッと頭を下げるジョーシさん、足がすくんで動けない俺。
再び化け物の前で光が旋回する、そしてローブから僅かな香りと風を俺の鼻先に運んで化け物の体が真っ二つに割れる。そして俺の鼻先に剣が──。
「……救世主さん、泣いてません?」
「頭下げてって言ったのに……。で、どうするのこれ」
「何だか楽しそうですね」
「ほんとに水と油ねぇ。でもどうせ時間の問題なんでしょ?」
ハッと息を呑む。またしてもキョウシちゃんの剣技に一瞬心を奪われていたらしい。さすがだ、これはもう嫁に出来ないなら俺が嫁になるしかない。
「ブツブツ言ってないで、救世主さまも一緒に考えてくれない?」
「へ?」
泉の前に居るキョウシちゃんとジョーシさん。そして泉の中では綺麗に半分になった炎の化け物が水に浮かび、手足をバタバタさせながら互いに近づこうとグルグル円を描いて泳いでいた。何だこれ……?
そしてそれを見るランプの中の頭の表情が何とも言えず悲しそうで、もう殺してくれとでも言いたげだ。……何だこいつ、怖くないぞ。
「斬ってもダメ、水も通用しない。後は何をしたらいいと思う?」
「やはり問題の根本を断とう、狂信者どもを見つけ出してその首を」
「救世主さん!冗談でもやめて下さい」
泉の上で炎が泳ぐ、見ようによっては幻想的な風景の中で俺たちは完全に行き詰っていた。宗教統制や弾圧を口にするキョウシちゃん。しかし反発を生めば信心は更に強くなるだけと答えるジョーシさん。物理が効かないとなると、案外キョウシちゃんもジョーシさんも役に立たないのね。
もうここで仲良く三人暮らそうか、となぜか団欒気分になっていた俺はそんな思い付きを口にしようと……、その時だった。
「……何か音がしませんでしたか?」
「したよね」
「俺じゃないぞ!」
冷たい目で俺を一瞥するこの姉妹、そういうところは似てるのね。いや、ほんとに俺はこいてないから!
しかし、二人の視線はすぐに背後へ向かう。おや、確かに何かの音が……、足音か?これは。しかも一つじゃない……。
「サビ人間ですか?」
「うーん、ここに来る前に片付けてきたはずだけど」
「飯時か……?しかし俺の腹時計は」
「救世主さまは黙ってて」
いい笑顔でキョウシちゃんが釘を刺す。じゃあ一体誰だってんだよ!?
足音が迫って来る。なぜか再度、救世スプラッシュの配置を取る俺たち。そして足音の主が今、目の前に……!




