錆びた剣
「おはようございます、救世主様」
キョウシちゃんが言う。
「うぶぶー・・・」
言葉にならない返事をする。
朝日を見上げると、目に入る巨大な剣。
雲を突っ切り伸びている剣、俺が手にしたのと同じ形の。
そう、俺は救世主。
朝に弱い・・・。
「あ、来てますよ。やつら」
まるで友達が来ているかのようにキョウシちゃんが言う。
黒ずんだ、人の形をした錆のようなものがぞろぞろと。
「夜中には来てたみたいですね」
俺が起きるまで待っててくれたのか。
包丁のような分厚い剣を握る。
待った?ごめんねー、と友達の元へ走るように俺。
斬る!
「じゃあ、昨日の残りで朝食の準備でもしておきましょうか」
お母さんのようなことを言うキョウシちゃん、
良かったら結婚してください。
「・・・」
悪寒を感じる、絶対に睨まれている。
だから剣を振る。
ザン!ザン!ザン!
小刀で昨日の残り物をテーブルに並べ、それらを切るキョウシちゃん。
ザクザクザク。
ザクザクザンザン!ザンザクザク。
ザクザクザクザン!ザンザンザク。
ザクザクザクザク、ザン!ザクザク。
「救世主様、振りが鈍ってます」
朝から厳しいキョウシちゃん。
なんで朝っぱらからこんな重い物振り回さなきゃいけないのか。
「救世主様?今自分の存在を否定しませんでしたか?」
「気のせいだ!俺、頑張る」
「はいっ」
キョウシちゃんが笑う、朝から爽やかだ。
ザンザンザクザク、ザンザクザクザク。
ザクザクザクザン!ザクザクザクザン!
ザクザクザクザク、ザクザクザクザン!
ザクザクザクザク、ザクザクザクザク。
「救世主様?」
「お前らちょっと集まれー!」
錆人間どもを整列させる。
そして、やたらめったに剣を振り回す。
うう、気分が悪い、めまいがする・・・。
分裂して形を保てなくなった錆人間が宙に舞う。
「お疲れ様です。朝食の準備、出来てますよ」
寝起きで運動するのは良くない、明日からはもうちょっと待って貰おう。
そしてテーブルの上を見る、細切れの何かが皿に乗っている。
「キョウシちゃん・・・?」
「ちょ、ちょっと切りすぎてしまいましたね。噛む手間を省こうというか・・・その、優しさです!きっと!」
砂をスプンですくうように、口に入れる。
「うまい」
ほっとするキョウシちゃん。
「なんでも美味しいって言ってくれますね」
だって美味しいんだもん。
「そういうところは好きです」
「じゃあ結婚し」
「イヤです!」
俺の言葉に被せてくるキョウシちゃん、
その顔には殺すぞと書いてあった。
味を感じなくなりました。
さらさらした物を口に運びながら思う、
この子はもしかしたら剣を振りたいんじゃないかと。
きっと俺より長く剣を握っている、あの剣の教団とかいう胡散臭いところで、子供の時から。
俺はといえば、鍬やカマを剣に見立てて振り回していただけだ。
それは今も恐らく変わっていない。
朝食の後片付けの後、食器や寝具を残して俺たちは旅に出る。
狼煙さえ上げておけば、後は教団の人間がやってくれるという。
全く、教団さまさまだ。
「救世主さまさまです」
まぁ、教団が大きくなったのは俺のお陰というべきか・・・?
そうか?
キョウシちゃんが小さな荷物を、俺は剣だけを持って歩き出す。
錆人間の目撃された場所は散らばっているが、民家の多い場所を優先して解放して欲しいのだそうだ。
そりゃあ、神の剣の根元にあんな沢山人が集まったら混雑もする。
俺たちは港町を目指して出発した。
「救世主様、聞いていいですか?」
今更、俺とキョウシちゃんの間で何を隠すことがあるのか。
「どこに向かって歩いているのですか?」
え?
「港町はこっちじゃありません」
「・・・てへっ」
自分の頭をコツンと叩き舌を出して見せる。
「救世主様・・・気持ち悪いです」
俺たちは港町を目指して歩き出した。
「あら、珍しいですね」
それはしばらく歩いた頃だった。
向かいから剣を引きずって歩いて来る錆人間。
「剣持ちですね、初期の発見例はほとんどがこのタイプだったみたいですが」
こいつが沢山の人を手にかけ、・・・人として錆させた。
「許さん!」
「ジジジ・・・」
他と違ってこいつには攻撃の意志がある、それだけでも大ごとだ。
「落ち着けば勝てますよ!」
そうだ落ち着け、基本に忠実に。
「構えが曲がってます!」
そうだ、真っ直ぐ構えて真っ直ぐ振り上げ。
「やっぱり脳が曲がってるんじゃ・・・」
振り下ろす!
ガギーン!
火花が散る、受け止めやがった・・・。
「どうすりゃいいんだこれ!」
俺が悲鳴に近い声で叫ぶ。
「ジジジ・・・」
「距離を取って、再度斬る!」
キョウシちゃんが言う。
距離を取れったって・・・ひぃぃ!
錆人間が俺の剣を弾き、錆びた剣を振り上げる。
やだ!せめて結婚してから・・・!
ガチーン!
「ジジ・・・」
ガランと転がる剣の音、恐る恐る目を開く。
目の前で錆人間が散り散りになり風に舞う。
「なんですか、それ・・・?」
キョウシちゃんが問う。
「俺の剣が・・・曲がってる」
俺にもよく分からない。
錆人間の剣を必死で受け止めたはずだが、その受けた剣が曲がって、まるで自分で錆人間に向かっていったかのように。
「あ」
キョウシちゃんの視線を追う、俺の足元に錆人間の持っていた剣・・・のはずが。俺のと同じ神の剣が落ちている。
「あ」
バカ面を見合す俺とキョウシちゃん。
「そ、それは教団が預かります・・・ね?」
俺に聞かれてもなぁ・・・。
その剣を拾いキョウシちゃんに差し出す。
「使ってみる?」
「・・・はい?」
剣を見て少し嬉しそうな顔をするキョウシちゃん。
そうだ、君の方がこれを使いたかったはず。そしてきっと俺より相応しい。
伸ばしかけた手を引っ込めるキョウシちゃん。
「これは教団が預かります、が。しばらく持っていてください」
「・・・分かった」
巨大な剣に向けて狼煙を上げるキョウシちゃん。
もしこの剣が、さっきのように勝手に折れ曲がっていなければ、君はこれを受け取っただろうか。
いつの間にか元に戻っている剣を握る、もうどっちが俺の剣だか分からない。
なんなんだこの剣は。
しばらくして、教団の馬車が到着する。
キョウシちゃんじゃない教団の使者に神の剣を渡す。
うやうやしくそれを受け取る使者、
俺の代わりに救世主やってくれないか?
と言おうと思ったがやめた。
「教団はあなたを救世主と認めました。それは忘れないでください」
キョウシちゃんが笑顔で言う。
自分に言い聞かすように言う。
そう、俺は救世主。
神の剣に選ばれた男。