剣のお昼時
「生命の木で合ってるらしいけど、生命を吸い取る木らしいのよ」
「へぇ……」
「そんな信仰もあるんですね……」
やばい木に吸収されようとしていた所を回収された俺たちは、若返りの泉まで戻っていた。どうやらここはキョウシちゃんのお気に入りスポットと化してしまったらしい。話しながらも水を指につけて眺めている。
一応だけど、効果はないらしいよ?
「近くに来た生き物をリラックスさせて木の側で寝かせ、そのまま木に吸収しちゃうんだって。安楽死も出来るらしいから、そっちの信仰もあるのかもね」
「なるほど……」
「しかしまぁ、良く助けに来てくれたねキョウシちゃん。助かったよ」
「っ……」
口をつぐむキョウシちゃん、あれ?俺何か地雷踏んだ?
「実は姉から話は聞いてたんだけど……、ほらほら、私って暗いのダメな人でしょ?別に悪気があった訳じゃないのよ。でもさでもさ、きっと二人なら大丈夫だろうっていうかさ、信頼感?放っておいたら命の危険があるとは言われてたけどー、まがりなりにも救世主さまだから、ね?……いや、決して怖かったって訳じゃないのよ。……何よ、その目!ちゃんと来たでしょ。ごめん、ごめんなさい。許してよー、もー。水かけちゃうぞー。……もういいわよ!帰る!」
何も言わない俺とジョーシさんの前で一人芝居を演じた挙句、キョウシちゃんは怒って帰ってしまった……。
その時、キョウシちゃんのふやけた指が目に入る。この水にもそれぐらいの効果はあったらしい。まぁ、どこの水でもそうなるけど。
「じゃあ、行こうか……」
「はい」
一応、予言者さま、もといヨージョさまは俺たちを応援してくれているらしい。何かあったら助けを仕向けてくれるみたいだし。
いや、待てよ。こうなるって会った時には分かってたんじゃ……。しかしどれぐらi先まで分かるのか知らないし……。
まぁ考えるのはやめよう、俺はやるべき事をやるだけだ。救世主としてやるべき事をするんだ!
……どこかで聞いたなこの台詞。
生命を吸い取る木の少し手前から、方向を変えての穴掘り再開。
なぜか体が軽い、リフレッシュ感。あの木の下で眠ったお陰かもしれない、案外悪くないんじゃないか?あの木。まぁ、誰かが起こしてくれる事が前提だが……。
さぁ次は何が出て来るのかと、既に目標が変わった俺のクワがうなりを上げる。
目標の何かにぶつかったらまたキョウシちゃんが知らせてくれるだろう、それまでひたすら掘るしかない訳だ。そう考えると腹が据わった。
しかし、光の差さない地下の活動。それなりに時間が経っているはずだが……、据わった俺の腹が鳴った。
「……救世主さん」
「あ、ごめん。聞こえた?」
「はい、足音が……」
足音?手を止めてジョーシさんの方を見る。ジョーシさんも背後を見ていて、その先から何かしらの音が……。
「救世主さん、もしかして何か願いました……?」
「えっ……、ああ、ちょっとだけ」
足音と共に光が近づいて来る、この光は……?
「でもちょっとだよ、ちょっと。爪先だけ!」
「……来ます」
螺旋状の穴の死角から光と共に何者かの爪先が姿を見せる。思わず身構える俺たちの前に現れたのは、は背中に大きな荷物を背負った……御者のオヤジだった。
「……何だ、飯の時間か」
その姿を見てほっとする俺。
「あれは本物ですか……?」
ジョーシさんの視線と質問が俺に刺さる。
ランプの明りで照らされたオヤジ、俺たちを見て静かに笑う。そしてその背中の荷物を下ろし、食事の準備を始める。腹が減った。
「……オヤジ、貴様は本物か!?」
怒気を込めたつもりだったが、力んだせいで腹もうなる。
オヤジはただ微笑したままで、淡々と食事の準備をする。
「願いましたよね?じゃあ本物じゃないんですよね……?」
「確かに願ったけど、この匂いは本物じゃないか?」
懐かしくも新しい飯の匂い、少し前まで忘れていた空腹が一気に体を貫く。すると俺以外の腹の音が側から響いて……。おや?と思い音源の方を見るがジョーシさんは顔を背ける。
「食べて大丈夫なんですかね……?」
「分からない、でもあらがえないこの力」
「救世主さん、落ち着いてください!」
こんな地下でも見事に配膳された料理、剣を立てたような突き立てられた大根は新しい細工なのだろう。地下でも神の剣が拝めるとは、信仰心など欠片もない俺でもその存在にありがたみを感じてしまう。
「待ってください、今までの事を考えると下手に食べたらどんな事になるか分かりません」
「オヤジ、答えろ。本物か!?」
怒気を込めると腹が鳴る、オヤジは静かに笑うだけ。ああ、その笑顔まで美味しそうに思えてくる。この匂いだ、匂いがいけないんだ!
「もう我慢できん!食うぞ」
「ちょっとは我慢してください!」
オヤジはにこやかに俺を見ている。その姿は以前と変わりなく見えるし、そもそも俺はこのオヤジについて何も知っちゃあいない。考えるのはやめだ、俺は食いたいから食うんだ!
がむしゃらに干し肉の束を口に放り込む、そこに一切の迷いはなかった。
「救世主さん!?」
「旨い……!」
「……旨いですか」
俺の一言で、俺の隣で痩せの大食いの中にあった何か吹き飛んだらしい。
我慢だとか偽者だとか、そんな事はどうでもよくなって俺たちは食い漁った。自分のが空になったら相手の食べ物を奪う勢いで食い漁った。……が残念ながら飯が終わったのはほぼ同時だった。
「ふぅ……」
「ご馳走様でした……、あ」
食い散らかした俺たちの食器を笑顔で回収するオヤジ。ジョーシさんは思い出したようにお祈りを始めたが、それでも問題ないんだろうか。
来た時と同じように、にこやかに立ち去るオヤジ。その光が穴の向こうへ消える。
「あれって本物だったのかな……?」
「……もうどっちでもいいんじゃないですか」
「ああ……、そうだな」
俺たちは腹に十分な満足感を抱え、そのまましばらく無言で幸福な時間を過ごした。




