神のダブルピース
「どうしよう……」
「降りられませんね……」
俺たちはなぜか要らないところで足止めを食らっていた。ゴールは目前だというのに足がつってしまったマラソンランナーようなだ。一体どうすればいいのか……。
「二人とも、降りたいのよね?じゃあ私に任せてよ」
そう言うとキョウシちゃんは破壊神の足をつかんでグイと動かす。するとたちまち破壊神は動き出し俺たちはお手玉のように足の裏で踊らされ──。
「キョウシちゃん、ストップ!」
「姉さん、やめて下さい!」
「え……?」
俺たちの悲鳴のような声に破壊神はピタリと動きを止める、そしてキョウシちゃんが俺たちにキョトンとした顔を向けた。
「姉さん、ボクたちは自分で何とかしますので」
「そ、そうだな。キョウシちゃんの手をわずらわせるまでもないから!」
「……そうなの?」
残念そうな顔でキョウシちゃんがつぶやく、この子は力の加減が分かっていない。危うく神の力で人間ジャグリングをされてしまうところだった……。
安堵のため息をつくと俺たちは再び下を覗き込む、そこには落ちたはずの階段が、あれ・
「どこ行った?」
「小さ過ぎてここからでは見えませんね……」
ジョーシさんの言葉に反応するように、破壊神のスネ辺りから再びバラバラッといくつもの小さな階段が転げ落ちる。
まるでヤケにでもなったようだ。
「見えないがちゃんとあるようだ」
「それは分かりましたけど、だから何だって言うんですか……」
確かにその通りだった。破壊神は俺たちの願いを叶えてくれようとしているらしいが、何かが確実に食い違っていた。
使えるようで使えない神だ。ああ、こんな時に神の剣があれば……。
「救世主さん、それです!」
「……どれ?」
「こんな時に、ボクたちの神の剣があればいいんですけどねー!」
急にジョーシさんが大声を上げる、言い方も何かワザとらしい。するとその声に応えるように何かが破壊神から転がり落ちた。金属音を鳴らして落ちて行くその細長い物体、それは──。
「剣だ!俺たちの剣ー!」
が、遥か下へと転がり落ちて行った。
「……で、どうすんの?」
「そりゃあ、決まってるじゃないですか。呼ぶんですよ。……神の剣、来て下さい!」
すると俺たちの足元が大きく揺らぎ、破壊神の手にした巨大な神の剣がゴゴゴとうなるような音を立てて動き出し──。
「ジョーシさん、一体何を……!」
「そっちじゃないです!小さい神の剣だけ来て下さい!」
すると揺れは急に収まり、遥か下方から光を反射して見慣れた細長い物体が浮かび上がってきた。
ああ、懐かしいその姿は──。
「何だ、あなたも振ってみるのかと思ったのに」
「あんな巨大な剣はボクには扱いきれません、この小さいので十分です」
そう言ってその手に握って見せたのはジョーシさんの短剣だった。そして俺の手元にやって来たのは──。
「会いたかったぞ、俺の剣!もう二度と離さない……」
俺が愛情込めて剣に頬ずりすると、剣もそれに応えるように刀身に小さなブツブツを出して見せた。照れてるんだな、可愛い奴め。
「いいなぁ、私も欲しいな~」
「……姉さんにはこの立派な神の剣があるじゃないですか」
「本当に神の剣だよな、神を剣扱いしてるというか……」
「だって手ごろなサイズの方がいいじゃない?これだとさすがに振り回すのに気を遣っちゃってさぁ」
あれでも気を遣ってたんだ……、あれこれと振り回されている俺からすればそれは意外な発言だった。
そんなキョウシちゃんを眺めていると、何かがフッと俺の横を通り過ぎた。
「うん?」
それはキョウシちゃんの手元へ向かうと、スッと姿を消してしまった。目の錯覚だろうか……?
「あ、姉さん、それって……」
「うふふ~、おかえり」
消えたと思ったそれはキョウシちゃんの手首に巻き付いていた。キョウシちゃんがブレスレットのようなそれに軽くキスをすると、たちまちそれは伸び上がって剣へと姿を豹変させた。
そのおよそ剣らしくない挙動は、キョウシちゃんの剣でありかつて俺の剣だった忌々しい物体。誰が呼んだか犬の剣、俺が呼んだかバカの剣。
「ふんふふ~ん♪やっぱりこれよね」
踊るようにキョウシちゃんがその剣を振って見せる、その姿はまるで小猫と戯れる少女のようだ。とてもじゃないが危険な存在に見えはしない。
俺はつくづくとその不思議な女の子を眺めていた。
「さて、いつまでも和んでないでさっさと片付けてしまいましょう」
「あ、それもそうだな」
「ふんふふふ~ん♪」
ジョーシさんはいつの間にか手にしていた小さな階段を破壊神のカカトに乗せる。これで一気に地の底に着くはずだ。
「よし、行こう」
俺は先導するように階段に足を乗せる、神の剣が戻った事で精神的に余裕が出来たのだ。こいつがあれば大丈夫、何かあっても適当に神の剣と叫んでおけば大体なんとかな──。
「何か、出て来ましたね……」
これから下へ降りようという俺たちの遥か下方で、巨大な黒い穴から今まで以上の大きな手がヌッと這い出した。それは穴のフチをしっかりつかんで今にも身を起こそうとしているように見える。
新たな強敵の出現だった。
「……じゃあ、帰ろうか」
「救世主さん、どこに帰るっていうんですか」
「しっかりしてよ、もう」
そう言うとキョウシちゃんは俺の背中を押して階段の端へと追いやる。それに続いて姉妹が乗り込むと、無情にも階段は縮み出してあっという間に地の底に辿り着いてしまった。
「あわわ……」
近くで見るとその手は更に凶悪に見えた。鋼鉄で出来たような皮膚は所々がささくれ、ナイフのように尖っている。その皮膚の下は真っ黒で凝縮した闇が詰まっているようだ。
死のヨロイ……、そんな言葉が頭をよぎる。恐らくこれが最後の敵、ラストバトルになるのだろう。その相手がヨロイだという事実に俺は、何か因縁めいたものを感じていた。
剣と盾、そしてヨロイ。この三つにはそれぞれ相容れない何かがあるのだろう。
「だ、大丈夫ですよ救世主さん。きっと姉さんなら何とかしてくれます。それと、何度も言いますがそれはただの板で──」
ジョーシさんの言葉は途中でかき消されてしまった、巨大なヨロイが穴から這い出そうとしているのか、凄まじい轟音と共に辺り一体の空気が吸い取られたような感覚を走る。
今までにない遥か強大な何かが俺たちの目の前に現われようとしてい──。
「うおっ!?」
「な、何ですか!?」
ズシン、という音と共に巨大な物体が穴の上に落ちた。良く見るとそれは盾だ、いや、板だ。その板はなんの前触れもなく飛んで来て巨大な穴を塞いでしまった。
あ、でもまだ指が挟まってる。
「ねぇ、これで良かった~?」
「はい、えっと……。姉さん、大体大丈夫でーす!」
「大体~?」
どうやらさっきの轟音はキョウシちゃんが破壊神を振り回した音だったらしい。いつの間にか遠くへ行っていたキョウシちゃんはその手に水平になった破壊神を手にしている。
その周囲に凄まじい砂ぼこりが上がっている、どうやら破壊神を使って盾を吹き飛ばしたらしい。
なんというか、仕事が速い。ここはホールインワン!とでも叫んでおくべきだろうか……?
「案外、粘り強いようですね」
「おお……?」
板が少し持ち上がる、そして反対側からも指が這い出す。どうやらまだ終わった訳ではないらしい。
だがこの指に一体何が出来るというのだろう、後少しコチョコチョでもしてやれば板に押し潰されてしまいそうだ。
「救世主さん、何を……?」
「ここは俺の出番だな」
俺は指の方へと歩み寄る、出番が来たと思った。ちょっと驚かされた腹いせに、じゃなかった、最後は救世主たる俺の手で終わらせてやろうと思ったのだ。言うなれば慈悲のようなものか。
登場さえさせて貰えずに終わってしまいそうなこのラスボスに、トドメを刺すのはやはり救世主たる俺の役目なのだろう。
俺は巨大な指の前で剣を構える、これが最後の一撃だ。これでこの戦いが終わるのだ。
「食らえ!必殺、コチョコチョけ──」
「ちょっと離れててね~」
キョウシちゃんの声と共に光りがさえぎられる。そして突然嵐のような突風が吹き荒れると、目の前で地獄の門が閉まるような爆音が鳴り響く。そして僅かに開いていた板の隙間がしっかりと閉ざされた。
「痛い!耳が痛い!」
余りの音と衝撃に目と耳がキンキンする、一体何が起こったというのだ。俺は光を遮断した物体を見上げる、するとそこには破壊神が立っていた──。
盾の上に両足を乗せ、まるで全ての勝利者であるかのように満面の笑みとダブルピースをかましている。
「……これは」
「ちょっとした茶目っ気よ、悪くないでしょ?」
すると瞬間移動して来たかのように、いつの間にか目の前に居たキョウシちゃんがそう言う。
茶目っ気って……、そんなレベルの話なのだろうか。俺は再び頭上の破壊神を見上げる、そこには誰に向けたのか良く分からないダブルピースと無邪気な笑みがあった。
その顔は以前のように怒り狂ったものではなく、なぜか穏やかな顔をしていた。
「これはここに置いて行くわ」
「え」
「重石代わりって事ですかね……。でも、いいんですか?」
「うん、いい。そんな気がする」
そう言うキョウシちゃんの顔も穏やかだった、まるで全てが終わったような顔だ。
……そうだ、戦いは終わったのだ。残念ながら俺のコチョコチョ剣は不発に終わり、最後まで見せ場らしい見せ場は与えられなかったが、戦いは終わりだ。終わってしまったのだ。
「ん?じゃあ、俺たちはどうやって地上へ戻るんだ?」
「それなら心配いりません」
そう言ってジョーシさんが見せたのは、さっき破壊神がばら撒いたいくつもの小さな階段だった。
「……そうか」
「救世主さま、何か不満そうな顔してない?」
「いや、そんな事は……」
「ボクたちはしっかりと役目を果たしたんです。もっと胸を張っていいんですよ?」
「ああ……、そうだな」
笑顔を返してみたものの、俺はなぜか憂鬱だった。もう直ぐこの冒険が終わるのだ、終わってしまうのだ。




