神の様
寝言は寝て言え、なんて言葉もあるが、俺たちがキョウシちゃんから聞いた話はそんな寝言の様な内容だった。
「……姉さん、それならもう知ってます。言い伝えの話ですよね?」
「違うわ、本当にあった話よ」
確信めいた顔でキョウシちゃんは語る、だが俺にはとても信じられるものではなかった。
「神々の闘いが本当にあった……か。キョウシちゃん、そんな寝言のような話はやめるんだ。寝言の前に二人でたっぷりピロートークでも楽しんで──」
「救世主さん、そっちの方が寝言です。黙ってて下さい」
「あ、はい」
そんな俺の大人なジョークに反応してくれたのはジョーシさんだけだった。キョウシちゃんは俺の存在など目に入らないかのように、うっとりとした表情で再び宙を見つめていた。
まるで何かに取り憑かれているかのようだ。
「姉さん、もう少し詳しく聞かせて貰えませんか?」
「そうねぇ、じゃあ以前にこの一帯は海だったの。分かる?」
「海、ですか……」
「あなたたちも見たでしょ、神の剣に斬られた神がどうなったのか」
その時、俺たちは再び足元に手ごたえを感じた。それは恐らく地下から登って来たであろうどこぞの神を、俺たちの足元にある破壊神がぶった斬ったのだ。
しばらくすると側面の壁に大量の砂が現われるだろう──。
「……あ」
「そういう事。つまりここは神の剣に斬られた神々の遺体によって出来た土地なの」
とてもじゃないが信じられる話ではなかった、それが本当ならこれだけの陸地が出来るのにどれだけの神が犠牲になったと言うのだろう。その数を想像するだけで恐ろしい、更に言うと俺たちはその上で暮らしていたのだ。アホ面をぶら下げて糞尿を垂れ流していたのだ……。
「救世主さんと違って真面目に生きてる人も居ます。そういう言い方はやめて下さい」
怒られた。
「とにかくキョウシちゃん、悪いけどそんな話信じられる訳がない。どこにそんな証拠があるっていうんだ!」
「この辺りの土は神の剣の言う事なら何でも聞くわ」
土が言う事を聞く……?分かりづらい言葉ではあったが、俺にはその意味が理解できた。
「穴掘りか……」
「確かに従ってると言えなくはないですね。剣を突き刺すとおかしなえぐれ方をしますし、その土がどこへ消えたのか分からない。それに救世主さん、覚えてますか?」
「何をだ?」
「クジラの化石です。……その顔は完全に忘れてますね」
「俺はパーフェクトな男だからな」
「パーフェクトにダメな方じゃないですか……」
呆れた顔でジョーシさんが説明する。それによると、化石とは人魚の間にあったあの巨大な骨の事らしい。巨大な魚であるクジラがあんな場所に居たという事実が、この一帯がかつて海だったという説を裏付けている、という事らしい。
そうは言われても、俺はまだ納得が行かなかった。
「じゃあそんな神々の立派な遺体が、どうして良く分からない化け物どもを生んだりするだ?そのランプの中に収まってる炎の奴とか、他にも半人半獣の化け物どもとか」
「元は神だから反応してしまうんでしょうね、もしくはその力で復活を願っているのか……」
反応してしまう?復活……?どうも神々とやらは俺たちと違う原理で動いているらしいが、どうやらその辺りはキョウシちゃんも完全に把握してはいないようだ。
でも、受け答えがまとも過ぎてなんかヤダ。もっと適当なキョウシちゃんを返して。
「姉さん、聞いていいですか?」
「なぁに?」
「どうしてそんな事が分かるんですか……?」
ついにジョーシさんが本質的な問いを口にする。姉の事を神だのなんだの言っていたクセに、やはり違和感は隠し通せなかったらしい。その目には疑いと不安が見て取れた。
今話している内容は誰の入れ知恵なのか、神か悪魔か。つまり俺たちに力を貸そうという神か、それとも落とし入れようとする別の神か。
キョウシちゃんの身に何か変化が起こっているのは確かだった、ならその原因を確かめねばならない。
「えっと……、なんとなく分かっちゃった。ここへ降りて来るとね、フと分かっちゃったの」
「……そうですか」
その返事にジョーシさんは少し安心したようだ、それは俺も同じだ。やっとキョウシちゃんらしい答が返って来たように思えた。
まぁそれによってキョウシちゃんに入れ知恵してるものがなんなのか、分からなくなってしまったのは確かだが。
「あなた達には分からないのよね……?私だけ、どうしてだろ」
「姉さん……」
キョウシちゃんはなぜか寂しそうな顔をする。それは分かる事の喜びよりも、疎外感をあらわにした表情だった。
このままキョウシちゃんだけどこかへ行ってしまいそうだった、この孤独な破壊神と一緒に神々の世界へ連れ去られてしまいそうに思えた。そう考えると俺の胸が痛んだ。
「……あ」
「着きましたね」
俺たちに太陽の光が照り付ける。それは偽物の太陽だったが、沈んだ気分から目をそらすには十分な光だった。
最下層へ着いたらしい、それは今までの徒歩で来たものより数倍早い到着だった。
「話は後だ、とりあえず俺たちの役目を果たしてしまおう」
俺の言葉に姉妹がうなずく。もうキョウシちゃんに疑いの目を向けている場合ではない、ここまで来たら信じるしかないのだろう。
何に取り憑かれていようが、この子が自我を保っているのは間違いない。それなら簡単に何かに屈する事はないだろう。……それが恐怖でもない限りは。
「見て下さい、何かやばそうなのが居ますよ!」
下を覗き込んでいたジョーシさんが叫ぶ。俺は慌てて破壊神のカカトから地の底を見下ろす、するとまず目に飛び込んで来たのは真っ逆さまになった破壊神の姿だった。その巨大な体が頭から地の底へと落ちて行く、まるで世界が引っくり返ったような光景だった──。
この世の終わりだ……、神の投身自殺だ!
「救世主さん、もっと下です。下を見て下さい」
「ああ、そうか……」
分かってはいたがつい目が行ってしまった、余りの大きさとショッキングな絵面に。
「……よし」
俺は気を取り直して再度カカトから顔を出す、そして今度は破壊神を避けて更に下へと目をやった。すると見えた、さっきもチラと視界に入った緑色の物体が。
それは人の形をした何かだった。破壊神と同程度の大きさを持ち、髪の毛一本ない頭部から二本の触覚のようなものが生えている。眉毛すらない緑色の怪物は待ちかねていたようにスッと鋭い眼光を俺たちの方へ向けた。
「ひぃっ……!」
思わず俺は視線を避ける。やばい奴だ、こいつは絶対やばい奴だ。神というより大魔王といった風貌だが、漂うオーラは今まで以上に神々しかった。
するとそいつは指を二本の触覚の真ん中辺りに当てる、そして何やら呪文のようなものをつぶやき出した。
「マーカーンーコー……」
その指先がビリビリと光り出す、一体何をするつもりだろう。今までの物理な連中とは違い、神通力のようなものを使うのかもしれない。
「しっかり捕まっててね」
「へ?」
キョウシちゃんはそう言うと破壊神の足をつかんでグイと下へ押し込んだ、するとたちまち俺の体が宙に浮かび上がる。
いや、俺が浮いたのではない、破壊神が今まで以上の速度で下へ落ちたのだ。
「あわわわ……!」
「姉さん、そういう事はもっと早く言って下さい!」
宙に浮かんだ俺とジョーシさんを放置して、キョウシちゃんは破壊神の操作に忙しそうだ。原理は分からないがグイグイと破壊神が落下して行く。
「サッポ……」
破壊神が妙な手ごたえと共に速度を落とし、その足の裏に俺とジョーシさんが無様に不時着する。そんな僅かな間に呪文のような声と謎の光りは消え失せていた。
恐る恐る下を覗き込むと、そこには当然のように砂が散らばっている。あの緑色の大魔王に神の剣をぶっ刺したのだ。
何やら罰当たりな気がしたが、助かったのだから何も言うべきではないだろう。ともかく──。
「何とか地の底まで来ましたね」
ズレたメガネを直しながらジョーシさんが言う。どうやら俺たちは辿り着いたらしい、目的地である地の底へ。
周囲を見回すとまず目に入るのが巨大な穴だ、パッカリと口を開けた大きな穴。その中は太陽の光が刺しているにも関わらず真っ暗で、今にも何かが飛び出してきそうだった。
そしてもう一つ、その巨大な穴に負けないぐらいの大きさを持つ盾……、いや、板だ。
「板です」
「ただの板よ」
うん……、その板は俺たちが前に見た時とかなり感じが変わっていた。どう変わったかというと、なぜか立派になっていたのだ。
錆び付いていた部分からサビは消え去り、殴られてデコボコになっていた表面も元も戻っている。それ以上に全体にはツヤがあり光っていて、前より分厚さを増しているようにも思えた。
なんという事だろう。まるで見違えた姿になってはいたが、間違いなくこれがあの時の盾……もとい板なのだ。
「ただの板です」
「ちょっと大きいだけで、どこにでもあるただの板よ」
こんな板がどこにでもあってたまるか……!俺はそんな心の声を噛み殺すと、地の底へと一歩足を踏み出し──。
「高い……、降りれない」
地の底はまだ遥か下だ、破壊神の足の裏に居るのだから当然と言えば当然だった。ここからどうやって降りればいいのだろう。
「あの階段があればいいんですけどね」
「そうだな、あの階段があればなぁ……」
俺たちの声に反応するように、何かが足元を転がり落ちた。あの伸び縮みする階段だろう、やはりこの破壊神は信者の細々とした願望も叶えてくれるらしい。
だがその小さな階段は破壊神のヒザ辺りから現われて、そのまま更に下へと落ちて行った──。
「……ありましたね」
「落ちてったけどな……」
どうやらこの破壊神は上下と重力については理解していないらしい。まぁ自分が引っくり返される事になるなんて思ってもみなかったのだろう……。




