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神の落下

「姉さん、あれは!?」


 階段は一気に収縮して俺たちを山頂へと押し上げていた。だがその先に何かの頭がぬっと現われたのだ、顔はよく見えないがまた新しい神だろう。

 と思ったらあっという間に破壊神が飛んで行ってその頭を吹っ飛ばした。キョウシちゃんが破壊神をぶつけたのだ。

 雑い、神の扱いがざつい。


「……すいません、大した事なかったですね」


 なぜかジョーシさんが謝っている、別に悪い事をした訳でもないのに。神々の戦いに俺たちが口を差しはさむ余地など無いという事だろうか。

 そして俺たちはあっさりと山頂に足を下ろした。そして月明かりとランプの光を頼りに穴の中を覗き見る。


「……深いな」

「何も見えませんね」

「どうやって降りよっか~」


 暗闇を覗き込んでいると俺はなぜか嫌な感じがした。


「深遠を覗くとき、深遠もまたこちらを覗いているの。何て言葉もありますが……」

「へ~?」


 俺の悪寒を察してか、ジョーシさんが博識の一部をひけらかす。しかしそれを聞いたキョウシちゃんは全く興味がなさそうだった。神を手玉に取るような子にはもはや深遠もクソもないのだろう。

 それに俺が感じていた嫌な感じはもっと別のものだった、過去に俺はここと似たような場所を落ちた事がある。いや、落とされたというべきか……。そんな忌わしい過去が俺の体を縛っていた。

 嫌な記憶だった……、もう二度とこんな場所を降りたくない。そんなどうにもならない感情が働き、気づくと俺は地面にへたり込んでいた。


「救世主さま、また犬のマネ?」

「……ワン」

「困りましたね……」


 それは俺も同感だった、だが自分の中のどうにもならない感情が俺をこの場に這いつくばらせていた。どうにかせねばとは思うのだが、それを思うほどに体は更に動くのを拒否してしまう。


「ボクたちにも少し責任があるので、余り責められませんね……」

「ワン……?」


 少し……?その言葉に耳を疑う、全てではないのだろうか。


「救世主さん……。案外、根に持ってるんですね」

「地面に足が付いてればいいんでしょ?なら問題ないわよ」


 そう言うとキョウシちゃんは破壊神を頭上へ放り投げた。するとたちまち凄まじい暴風が吹き荒れ、気を失いそうになった俺の目の前を破壊神が真っ逆さまになって穴の中へと落ちて行く。

 それはこの世の終わりを思わせるような光景だった──。


「神が落ちる、奈落の底へ沈んで行く……。この世の終わりだ、世界の崩壊だ!って、止まった」

「……詰まったんですかね」

「何か下に居るみたい」


 するとキョウシちゃんは巨大な破壊神の腕の辺りをつかんで上下に揺さぶった、たちまち俺たちは地響きに襲われる。


「あわわわ……」

「ね、姉さん。ほどほどにして下さ、おっととと……」

「うん、取れたみたい」


 キョウシちゃんが満足そうにつぶやく。何が詰まっていたのだろう、下に居たのがなんだったのだろう。想像は付いたがあえてそこには触れずにおく。

 それより俺には気になる事があった。二人に気付かれぬよう、そ知らぬ顔でサッと破壊神に手を伸ばす。

 うん、全くと言っていいほど動かない。ピクリのピの字も浮かばない、やはり俺では無理のようだ。


「じゃあ下ろすわね」

「……ぬはっ!?」


 次の瞬間、俺の腕をちぎれるような痛みが走った。なんだこれは、重いというレベルではない。引っ張るというより吸い込まれるような痛みが腕を駆け抜ける。


「救世主さん!?」


 そのまま破壊神と共に地獄のランデブーを決めかけていた俺は、横からジョーシさんに取り押さえられる。だがそれに全く意味がないように俺たちは穴の中へと吸い込まれてい──あ、止まった。


「もう、何やってるのよ救世主さま~」


 まるでイタズラをした子供を叱るようにキョウシちゃんが言う。その手が破壊神をつかんでいる、どうやらこの子が止めてくれたらしい、


「は、はは……。ごめん」


 死ぬかと思った。いや、死んだと思った。手を離せばいいだけなのに、咄嗟の事にそんな事が出来なかった。

 今更ながらとんでもない力の差を感じる、これが神の領域とでもいうやつなのだろうか。もう本気でこの子一人でいいと思う、別について行く必要ないんじゃないかな?俺。


「そんな事はありません」

「ジョーシさん……?」


 確信めいたようにジョーシさんが言う。だがこのパターンは知っていた。

 さも俺が必要だ的な事を言ってくれそうな流れなのに、人の事を変態だなんだと言って突き落とすパターンだ。今までに何度この手を食らったか。

 俺はジョーシさんの言葉を待ち受けるように腹に力を込めた。


「姉さんの力は信仰によって成り立っています、だからボクや救世主さんが一緒でないとダメなんです。それに……、姉さんは精神的にとても不安定ですから」

「……まぁ、そうだな」


 それは至極まっとうな意見だった、確かにキョウシちゃん一人だと危なっかしい。俺たちが付いていないと心配だ。


「あの~、聞こえてるんですけど~」

「はい、たまにはハッキリ言っておこうと思いまして」

「ふ~ん、良く出来た妹を持って私は幸せ者ねぇ」


 姉妹の仲が良さそうで結構だが、俺は何か寂しさを感じていた。

 俺が中心じゃなかった。俺が世界の中心で、俺の選択で全てが変わるような……そういう何かを期待していたのだが。それが違った。

 まぁ、とっくの昔に気付いてはいた。気付いてはいたが……、それでも認めたくなかったのだ。


「これでいいかな?乗って~」


 再び神が落ちる終末の光景が繰り返されると、キョウシちゃんはその手に破壊神の足をつかんで言った。

 乗る……?どういう意味だろう。


「これに、乗るんですか……?」

「うん、何か問題あった?」

「問題というか、その、神に足を向けるというレベルではないですね。神に足を乗せるなんて真似はボクには恐れ多くて……」

「足の裏に足を乗せるんだから、別にいいんじゃないの?」


 どうやらそういう事らしい。破壊神を穴の中に突き落としながら、その足の裏に乗って地下の最下層を目指すらしい。

 何かが狂っていた、だが俺にはもう何がおかしくて何がおかしくないのかすら分からなくなっていた。


「ほら、ブツブツ言ってないで救世主さまも乗って!」

「……ああ」


 そう言ってキョウシちゃんが俺に片手を差し出す、恐る恐る俺はその手を取って破壊神の足の裏へと飛び乗った。

 その手は暖かく、剣を使うせいか多少指のやわらかさには欠けたが、小さな女の子の手だった。その事に俺はなぜか妙な満足感を覚えていた。


「救世主さん、顔付きが不潔です」

「元からこういう顔だ。おっと、ヨダレが……」

「じゃあ、そろそろ行くわよ~」


 そう言ってキョウシちゃんは破壊神を握っていた手を離す。すると俺たちは少しずつ落下を始め──。


「ちょ、ちょっと待った!」

「何?救世主さま。トイレ?」


 俺の制止に破壊神が制止する、キョウシちゃんが破壊神をつかんだのだ。


「キョウシちゃんの方が先に乗り移ってたよね?」

「そうだけど?」

「じゃあなんで……」


 キョウシちゃんは破壊神の上から俺に手を伸ばしたのだった、そしてもう片方の手は破壊神をつかんでいた。

 では、なぜ落ちていないのだ。破壊神をつかんでいようが何をしていようが、上に乗ったままでその物体が落ちないようにするなんて芸当、出来るはずがない。

 そもそも、今も落ちずに止まっていると状態がどう考えてもおかし──。


「救世主さん!気にしたらダメです」


 ジョーシさんが真剣な目で俺に言う。


「そうか……」

「そうです」

「そうなのか……」

「そうなんです!」

「何が~?」


 その熱意に押されて俺は不要な考えを頭の中から放り投げる。既に物理法則もクソもない、ここは神の領域なのだ。俺程度の経験や常識が通じるところではない。

 でもまぁ、ジョーシさんも疑問には思っていたようだ。それだけでも良しとする。


「いいなら行くわよ?」

「お願いします」


 再びキョウシちゃんが手を離すと落下が始まった、俺にもはや言うべき事は何もなかった──。



 破壊神は適度な速度で落下していく。速くもなく遅い訳でもなく、ちょうどいいぐらいだ。

 時々詰まるように速度が落ちるのは、きっと下から上がって来た何かに神の剣が刺さったからだろう。その証拠にしばらく落ちて行くと壁面に大量の砂が付いていた。

 そこにもはや他の神々に対する尊敬や恐怖などというものは存在しなかった。


「見て下さい、側面がデコボコになってます。神々はきっとこれをつかんだり足を掛けたりして登って来ていたのでしょう」


 ジョーシさんの言葉は過去形だったが、きっと今もその行為は続いているのだ。そう、俺たちの足の下で。

 つまりこの破壊神は落下しながら自動で神々の頭をぶった切っている、中々に冒涜的な代物という事だ。まぁ、これも一応神だから問題はないのか。

 それにしても……、と思う。


「神って言っても物理的な連中ばかりだな、もっと特殊な力を使うもんだと思ったが」

「確かにそうですね……」

「そう見えてるだけかもしれないわよ?」


 俺たちの意見に口を挟んだのはキョウシちゃんだった、その珍しい構図に俺とジョーシさんが目を見合わせる。


「というか、あれだけ大きなものが動いてるんだから、そこに何らかの力が働いてないと考える方がおかしいんじゃない?」

「……はい」

「確かにその通りです……」


 言っている事はごもっともだったが、それを言っている人に違和感があった。キョウシちゃんはどうしてしまったのだろう、妹が居る時は基本的に頭脳労働を放棄するはずなのに。

 何か悪い物でも食べたのだろうか……?

 俺が不信な目でキョウシちゃんを見ていると、突如キョウシちゃんの目が虚ろになった。いつもは余り見られない表情だ。

 だがそれも一瞬で消え去ってしまう、クシャミでも出そうだったのだろうか?するとキョウシちゃんは確信したようにつぶやく。


「そうだったんだ、何か色々分かっちゃった」

「へ?」

「ね、姉さん。何が分かったんですか?」

「昔ここでね、神々の戦いがあったの」

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