剣の下の泉
クワを足元に突き刺すと、面白いように地面が弾ける。面白いから更に突き刺す、更に弾ける。
「斜めに、右曲がりでお願いします。大丈夫ですか?」
背後からジョーシさんの声がする。うずを巻くように下へ下へ掘っていく予定らしいが、今どこに居るのか・どうなっているのかすら分からない。
見る物全て土・土・土、何ら代わり映えしないからだ。たまに色が変わったり岩を粉砕するので移動しているのは実感できたが、この神の剣、もといクワの前では全てが同等にもろかった。
小気味いい採掘感に耽《ふけ》る俺。
「救世主さん」
「……なに?」
「いえ、何でもないです」
歯切れの悪いジョーシさん、余計に気になる。もしや体のセンサーが反応を……?
ちらと顔をうかがうが、その表情からは読み取れない。体のどこにも触れていないところを見ると大丈夫そうだ。
砂ぼこりも浴びていなようで、後ろを気にせず掘っていた者としては胸をなで下ろす気分だ。……ん?
「ジョーシさん……?」
「はい」
「……何でもないです」
「気付きましたか」
気付いたというか何か胸にモヤモヤとした違和感が……。
「土が消えてるんです、これだけ掘ったのに出るはずの土が。どこへ行ってしまったのか……?分かりません。計画としては街の人たちかボクが土をかき出す手伝いをする予定でした。最悪、もう一本の神の剣を使えば何とかなったでしょう。しかしその必要はないようです。良かったのか悪かったのか、どっちにしろまだその剣には謎があるようです。いや、この山かもしれません……。不思議には思いませんか?先日ボクたちが走り回ったあの地下道。あんなものがここには沢山あるんです、穴だらけなんですこの一帯は。それを誰が掘ったのか、なぜ崩れていないのか。分からない事だらけです、ここは」
「うん……、ふは」
大あくびを噛み殺す、長い話は眠いなぁ。
「最悪、生き埋めになってもその剣の力か姉さんが助けてくれる予定なので」
「うんうん……」
「気にせず掘ってください。そういう事です」
「任せろ」
それだけ言ってくれれば問題ない、ジョーシさんも俺の扱いに慣れてきたようだ、気合の一撃を振り下ろす。
その時だった。
神の剣が俺の振り下ろす軌道を大きく外れ、側面の壁へと突き刺さる。
腕をねじらせ柄から離れた俺の手を放置して、壁を掘り進む神のクワ。
「大丈夫ですか?救世主さん。……そしてこれは」
息を呑むジョーシさん。その手に持ったランプに照らされ、クワが壁面を突き崩す。そしてその向こう側にある空間を俺たちの前にさらす。
差し込む青白い光、そして水音。それはどこかで見たような……泉だった。
「なぜこんな所に……?」
恐る恐るジョーシさんが覗き込む、負けじと俺も身を乗り出し踏み入る。
青い光に満たされたそこは小さな一室だった。改めて見ると泉と呼ぶには小ぶりな水溜りが一つあるだけで他には何も見当たらない。
しかし光の源でもあるその水は、どこから沸いているのか並々とたたえ。それでいて一滴も流れ出ていない不思議なものだった。
思わず喉を鳴らす俺、なぜだかひどく喉が渇いていた。
「待ってください、救世主さん」
なぜ邪魔をするのか、俺の腕をつかむジョーシさん。俺は喉が渇いているんだ。
「こんな怪しい水、飲むつもりじゃないでしょうね?どう考えても危険です。こんな、……こんな美味しそうな、水……」
つかまれた腕があっさり解ける、フラフラと水面に引き寄せられる俺。
その前に現れたのは、いつかの時も俺を邪魔してくれた太い腰ヒモ。神の剣の強烈なビンタだった。
「……あ、救世主さん。飲んじゃ、ダメですよ。寝てないで戻りましょう……ボッ、ボクは大丈夫です。大丈夫ですって!……ヤダ、この剣ボクを睨んでる!?」




