剣の量産型ボス
既に傾いた日差しの中で、破壊神が次々と現われるジョン田中(仮名)の首を刈っている。
直ぐに砂と化して分解するジョン田中の首だったが、夕日の赤い光のせいで全体が血に染まったように見える。
気付かぬ間に長いキバを剣へと持ち替えてその行為を続けている破壊神。それは神と神の戦いというよりただの殺りく、言うならば趣味の悪いモグラ叩きのようだった。
「いつ終わるんでしょうか……」
「さぁ、俺にも分からんよ」
「もうこのまま地下に乗り込んじゃえばいいんじゃないの?」
無計画な事を言ったのはキョウシちゃんだった、だが具体的にどうするのかというのは恐らく本人にも分かってはいないと思う。
とにかくジョン田中が次々と湧いて出るのだ、こいつが片付かない限り俺たちにどうにも出来ない。しかしこいつは一体どういう神なのだろう……?
「お腹が空きましたね」
ジョーシさんがポツリと言う。さすがは食いしん坊さん、と言いたいところだが、これは俺も同感だった。しばらく何も食べていないのだ、腹が減るなという方が無理だろう。
何やらいい匂いがすると思ったら、広場では炊き出しが始まっていた。頭上では悲鳴を上げたくなるような残酷なショーが続いているというのに、そんな光景にも慣れてしまったのだろうか。
人というのはたくましいものだと思う。
「どうする?少し貰って来る?」
「ああ、そうだなぁ……」
腹が減っているのは確かだが、こんなにのんびりしていていいのだろうか。やるべき事は分かっているのにその手段や方法が分からない。
まずはあいつをなんとかせねばならないのだが……。
「姉さん、ボクが行きますよ」
「そう?」
「あ、ジョーシさん。あいつについて少し意見が聞きたいんだが」
「あいつ、ですか……」
そう言うと俺たちは山頂に目をやった、そこでは相も変わらず悲惨な情景が繰り広げられている。
「ボクにも良くは分かりませんよ?でも言うならば……、”誰か”ではないかと」
「誰か……?」
「はい、信者の方も口にしていました。どこかで見た顔、だと。具体的に誰というのではなく、誰か……。この意味が分かりますか?」
「……うん、良く分からない」
「ボクもです」
良くは分からないが、なんとなく納得の行く話ではあった。この街にはかなりの人が集まっている、だから俺たちはそういう”誰か”に取り囲まれて生活している訳だ。
知っているけれど知らない誰か、自分たちの知らない所で何かをしている誰か、人の形をしているが存在を確認できない誰か──。
なんとなく分かって来た気がする、……がその前に。
「あの、キョウシちゃん。どうかした?」
なぜかキョウシちゃんが俺の顔を覗き込んでいる、食べ物を貰って来るんじゃなかったっけ?何がしたいのか良く分からない子だ。
「え?ん~と、私の意見は聞かないのかな~と思って」
「……」
どうやらジョーシさんだけ呼び止めたのが気に入らなかったらしい。いつもはこういう話をしても一切関わらないくせに、なんの気まぐれだろう。
もしかしたら何か分かったのかもしれない。
「じゃあ……、キョウシちゃんはどう思うの?」
「え?ああ、えっとね……」
キョウシちゃんは考えるように少し目を泳がせると、俺の顔を見てピシャリと言い放った。
「知らないわよ、そんなの!」
「……ごめんなさい」
謎の圧によって俺から謝罪を引き出したキョウシちゃんは、さっさと俺に背中を向けて広場へと歩いて行った。
どうしろってんだよ……。
「救世主さん、すいません。きっと姉にも悪気はないんです、悪気は……」
ジョーシさんのフォローが入る、が、俺は少しどうでも良くなっていた。だってキョウシちゃんはハーレムが欲しいのだ、何人もの男に追い掛け回されたいのだ。そんなの俺の手に負える相手ではない──。
それより考えるべき事は他にあるだろう。そう、あいつだ、あの”誰か”だ。
どこかで見たけれど良く知らない誰か、何かしているらしいが何をしているのか分からない誰か。きっとあれはそういう存在なのだと思う、だがそれは果たして神なのだろうか……?
今までの邪悪で力のある神々とは明らかに毛色が違っている。
「救世主さん、こうも言えるかもしれません。自分たちと関係のないところでこの世界を動かしている誰か、素晴らしい発見をしたり何かを生み出す力を持った誰か。そんな神にも等しい存在が──」
「キャー!!」
「たっ、助けて下さい!?」
ジョーシさんの言葉をさえぎるように広場から悲鳴が上がった、思わず山頂を見るがそこでは変わらず殺りくショーが繰り広げられているだけだ。なんら問題はない。
それを確認すると今度は広場に目をやった。
「姉さん……」
そこにはキョウシちゃんが居た、食べ物を貰いに行くと言って広場に向かったキョウシちゃんが。別段おかしな事をしているようには見えなかったが、どうやらおかしいのは信者たちの方らしい。
キョウシちゃんを避けている、避けるどころか怖がっている。
「あ……、しまった」
気付くのが遅かった。そうだ、キョウシちゃんは今や恐怖の対象なのだ。破壊神と同じ見た目で、更にこれまでの悪魔やタコ頭より数段恐ろしい存在。
俺たちはそれが恐怖によって作り上げられたものだと分かっていたが、信者たちには分かりようがない。
「姉さん、戻って下さい!」
慌ててジョーシさんが姉の元へ駆けつける、だが既に広場では信者たちがクモの子を散らすように逃げて去った後だった。
立ちすくんでいるキョウシちゃんの背中が悲しい、どうしてこの子はこんな奇妙な運命を背負っているのだろう。これではハーレムどころか友人を持つ事すら難しい、追い掛け回されるどころか逃げ回られている。
山賊の才能なら捨てる程あるのになぁ……。
「少し勘違いされているだけです、こんな誤解は直ぐに解けるはずですから……」
それでも姉妹は置き捨てられた食料に一切手を触れず、慰め合うように俺の方へと戻って来る。キョウシちゃんの表情がいつになく暗い、直視するのが可哀相なほどだ。
俺はフと原因になった破壊神に目をやる、そこでは変わらず残光を受けて処刑を繰り返す無慈悲な悪鬼の姿があっ……あれ?
暗がりのせいで俺の目がおかしくなったのだろうか、山頂から生えて来た首が違う。ジョン田中の首ではない、犬の頭が生えて来た。
構わずその首に剣を振る破壊神だったが、直後に金属の鈍い音が響き渡る。
「な、何ですかあれは……?」
犬の首はその横に棒のような物体を突き出していた、それで剣を受け止めたのだ。
やはり違う、それはジョン田中の亜種という訳でもなく別の存在のようだ。ギラリと鋭い目はハッキリと破壊神を見据えている。斬られるのを待っているだけのジョン田中とは大違いだ。
「ぢょわ”わ”~!」
強敵の出現に身構えるように、破壊神が叫び声を上げる。そして剣を大きく振りかぶると、犬の首を目掛けて鋭い一撃を放った。
大気がうねる、轟音がうなる。キョウシちゃんらしからぬ力任せの一撃が犬の首目指して一直線に突き進んで行く。だが……、倒れたのは破壊神の方だった。
「え」
剣が大きく軌道を外して空を切る、それに続いて破壊神が山の斜面を転がり墜ちて行く。
「何があった……?」
「杖、ですかね」
ジョーシさんの言葉に視線を上げると、確かに山頂辺りから杖が伸びていた。それは山頂から出ている手にしっかりと握られている。
手……、そう、人の手だ。犬の首はその横から人の物らしき手を生やすと、軽々と山の中から這い出した。その体はやはり人の物で、これはさっきのタコ頭と同じパターンだった。
「セ、セト神だー!」
遠くから声が上がる、どうやらこの神を知っている人が居るようだ。だが俺にはその名前を聞いても思い当たるものは何もなかった。
「大変だジョーシさん、セセト神が出たぞ!」
「セト神じゃないんですか……?まぁボクも知らないので良く分かりません」
「えぇ……」
どうやら当てが外れてしまったらしい、ジョーシさんも知らないとは。
いざって時に役に立たないなこのヘッポコ軍師は。
「……何ですか、ボクが知らなかったら悪いんですか!自分も知らないのにボクが知らない時だけ非難するのはやめて──」
「神々の見た目に騙されてはいけません」
「あ、ヨーシさん……。居たんだ」
いつの間にか俺たちの背後にヨーシさんが立っていた。だがその目はなぜか俺たちを見ずに山頂へ向けられている、しかもなぜか逃げ腰だ。
「彼らは我々の想像を遥かに超えた存在なのです。人の目に映る姿など我々が都合良く解釈した残像のような物に過ぎない……、分かりますか?」
「はぁ、なんとなくは」
「神とはそれほど得体の知れない存在なのです」
犬頭が斜面を降りて俺たちの方へと歩き出す。それに合わせてヨーシさんが分かりやすいほどにオロオロし出す。ほんとにこの人、神父なのか?
「わ、わわ私がここへ来たのはですね。預言者ののの、伝言を……離脱します!」
「ヨーシさん?伝言ってー!?」
「妹をよろしくねー、だそうで」
ヨーシさんがスタコラと逃げて行く。その背中にはなんの威厳も節度も感じられない、ただの怖がりなオッサンの後姿だった……。
「飛んだ腰抜けですね」
ヨーシさんが行ったのを確認すると確信犯的にジョーシさんがつぶやく。ただその声は一つだけだった、キョウシちゃんはどうしたのだろう、と目で探すが見当たらない。
あ、居た。
「……」
ジョーシさんの横でヒザを抱えて小さくなっている、完全にスネてしまっているようだ。……こんな子供居るよね、
妹をよろしくね、その言葉が頭の中で反すうする。そしてその言葉の重さに潰されそうだ。俺に一体どうしろっていうんだ……。
その時、背後から声がした。
「やーい!ヘッポコ頭脳派の見せかけ軍師ー!悔しかったらこっちに来てみなー!」
「……何ですか、今の声は」
「さぁ……?」
振り返ると広場の向こうにヨーシさんの姿があった。声からしてまさかとは思ったが、何を考えてるのか分からない人だ……。
「ちょっと三発ほど殴って来ます」
「い、いってらっしゃい。ほどほ──」
ほどほどに、と言いたかったがその前にジョーシさんは走り去っていた。早い、あの足からは誰も逃げられないだろう。
そして気が抜けた俺の頭上に何やら大きな音が響き、視線を上げた先には破壊神の大きな背中が俺たちを押し潰すように迫って来てい──。
後6パートとエピローグで終わりです。




