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剣の真ボス

「どうして俺は……!」


 今更のように後悔が頭をよぎる。俺も信じていなければいけなかったのだ、キョウシちゃんの勝利を。その折れる事のない心の強さを。

 何を簡単に諦めてしまっていたのだ、女の子一人を戦わせて……。俺はただ見たくなかったのだ、自分の弱さを、怯えた姿を。

 達観したつもりになって避けていたのだ。みっともなく動き回るぐらいならカッコつけたままで終わろうとしていたのだ。恐怖と向き合うのを避けようとしていた。

 女の子一人を戦わせたままで!


「くそう!」


 思い出せ、俺がカッコ良かった事なんて一度だってあったか。今までだって散々みっともない姿で生き延びて来たじゃないか、ちょっと相手がデカくて恐ろしいからっておじけづきやがって。あがけるだけあがいてから言いやがれ。


「大丈夫です、意識はあるようです」


 いつの間にかジョーシさんが姉に寄り添っていた。とりあえず無事のようだ。まずは落ち着いて冷静に考えよう……。

 なぜキョウシちゃんは吹き飛ばされたのだろう。やはり山頂にキョウシちゃんは居たのだと思う、その分身とも言える彫像の一つが。

 人々の信仰を失って大きな体こそ保てなくなったが、キョウシちゃん一人の信心、つまり自分は負けないという意志によって動いていた一体があったのだ。

 キョウシちゃんはその一体とリンクして戦っていた、そして触手の一撃によって吹き飛ばされてしまった。

 どうして本人にまでダメージがあるのか、その原理がどういうものなのかは分からない。それでもそこに一筋の光明があると思えて仕方がなかった。


「救世主さん、ボクは間違ってました。何を簡単に諦めていたんでしょうか、姉さんは戦っていたというのに」

「う、うん」


 何やらジョーシさんが語り始める、その内容はどこかで聞いた覚えがあった。


「ボクはただ直視したくなかっただけなんです、自分自身の弱さを。達観したつもりになって──」

「うん、その、あれだ。……ジョーシさん、そのくだりは俺がさっきやったから」

「いえ、言わせて下さい!ボクは自分が許せないんです。恐怖と向き合う事もしようとせずにカッコつけて終わろうとしていた事に。だって、姉さんを一人で戦わせていたんですよ!?」

「やめて!俺が恥ずかしい!」


 俺は顔を隠してうずくまる。


「救世主さん……?どうかしたんですか?」

「ちょっとほっといて……!」

「はい……」


 どうして自分の真剣な姿を目の当たりにされると、こうもむずがゆいのだろう。ジョーシさん、別に何を思ってくれても構わないから声に出すのは勘弁して下さい……。

 ジョーシさんから思わぬ精神攻撃を受けてしまったが、俺はまだ冷静だ。これこそが俺の強み、俺はいつだってホットでクールだぜ。


「救世主さん、顔が真っ赤ですけど大丈夫ですか?」


 山頂を見上げるとそこではまだタコ頭が足元に向けて触手を動かしていた、どうやらまだ時間的な余裕はあるらしい。というか何をしているのだろう、あそこにあるものといえばキョウシちゃんの彫像ぐらいではないか。

 いや、キョウシちゃんの彫像があるのだ。そしてあのタコ頭はそれに向かって何かしているのだ。では一体何を……?その触手で何をどうしているというのだ。


「──ハッ!?もしや」


 俺の心の中に浮かんだビジョンはとても明確だった。今、山頂で起こっている事、それは……!

 見たい、見たいぞ。あのキョウシちゃんが触手にあんな事やこんな事をされている姿を。見たい、見たいぞ。

 あの誰より強いキョウシちゃんが敗北した挙句、触手にいたぶられている姿を。

 あの負けん気の強いキョウシちゃんが触手に屈していくその姿を。

 あの男勝りなキョウシちゃんが触手によって女の一面を開花させていく姿を。

 あのあっけらかんとしたキョウシちゃんが触手によって湿った声を上げる姿を。

 見たい、見たいぞ。見たい、見たいぞ。


「見たい、見たいぞ!見たいぞぉ!!」

「救世主さん……、心の声が駄々漏れです。ドン引きし過ぎて怒る気力も湧いてきません」

「見たい、見たいぞ!触手にいたぶられるキョウシちゃんの姿が見たいぞぉ!」


 俺の中から無限の力があふれ出していた。なんだこのエネルギーは、恐怖すら凌駕(りょうが)する我ながら恐ろしいパワーだ。


「見たい……、見たい……、見たい……」


 俺の声に触発されたのか、広場からも続々と声が上がる。そしてその声で女たちがドン引きしている。

 もしや、この力があれば恐怖に打ち勝てるのでは……?むしろ恐怖心があるからこそ膨れ上がる、子種を残さねばと膨れ上がるこの凄まじい力。これこそが性的衝動(リビドー)

 そうだ、キョウシちゃんの触手凌辱が俺たち(男限定)の心を一つにし、ついでに人類を救うのだ。


「さいってぇ!」

「……はい?」


 見るとキョウシちゃんが起き上がっていた、残念ながら元気な様子だ。鋭い視線で俺たち(きっと男限定)を一望すると突き刺さるような声で叫んだ。


「あんたたちのその汚らしいクソちん○、まとめて噛みちぎってやろうか!?」

「ヒィッ!?」


 キョウシちゃんの次期教祖らしくない素敵な発言で全員(男限定)が股間を押さえて縮み上がった。

 具体的にも何かが縮み上がっていたが、それについては言及しない。とにかくそれはキョウシちゃんの恐ろしい死刑判決だった。


「み、見て下さい、あれ!」


 山頂に視線をやると、そこには再び破壊神がそびえ立っていた。恐ろしい目付きで俺たちを見下している、俺はなぜかゾクゾクするのを感じた。


「こ、これはまさか……!」


 恐怖心が(まさ)ったのだ、今やタコ頭の事など誰も恐れてはいなかった。全ての男の恐怖心はキョウシちゃんのものだった、そしてなぜか女たちはキョウシちゃんを尊敬の眼差しで眺めていた。新たな信心と共に再び破壊神は立ち上がっていた──。

 しかし神の剣は山の斜面を転がり落ちてしまっている、今では見える場所にはない。一体どうやって戦うというのだろう。

 するとキョウシちゃん(破壊神)は前言を実行に移した。


「うぎゃああああ!?」

「やめてくれー!?」

「痛いぃいぃぃ!?」


 たちまち広場は絶叫の渦に飲まれる、俺も股間を押さえたままで白目をむきそうだった。

 破壊神は俺たちを睨みながら触手に噛み付いたのだ、あっという間に触手はちぎれて地面に落ちる。そんな一本では満足できないと言うかのように、破壊神は更に一本、一本と触手に噛み付きそれを食いちぎっていく──。

 まさに悪夢のような出来事だった。


「……どうして股間を押さえてるんですか。信者の方たちもどうしてしまったんですか」


 どうやら女子供にはこの痛みは分からないらしい。というか何かがリンクしていたのだ、タコ頭の触手と俺たちの何かが。触手は俺たちの願望と夢の詰まった何かだったのだ。それ故に心に受けたダメージと股間に受けた衝撃は耐え切れないものがあった。

 俺、明日から立ちションできるかな……?


「ほんと男って、バカばっかり」


 そんな俺たちを一蹴するようにキョウシちゃんがつぶやく。ごもっともなお言葉で……。

 破壊神はタコ頭の触手をご丁寧に全て平らげてしまった、そして残ったのはハゲ頭とつぶらな瞳だけだった。

 思い出したようにハゲ頭は両手を振り上げて破壊神へと襲いかかろうとしたが、破壊神はハゲ頭の股間辺りをムンズと握り締めるとその部位を破壊してしまった。そこには何もなかったと思うが、とにかく何かが裂ける音と黒だか緑だかの体液が流れ落ちる。

 この攻撃にもまた男たちの悲鳴がこだました。


「姉さん、さすがにそろそろトドメを刺してあげて下さい。このままだと死人が出ます」

「別にいいんじゃないの?」

「姉さん……?」

「……冗談よ」


 キョウシちゃんは渋々そう言うと片手を振り上げた、それに合わせて破壊神も片手を上げる。その手に再び神の剣が集まっていた。

 が、ハゲ頭はその隙を見逃さなかった。振り上げた両手を破壊神目掛けて振り下ろす、と破壊神も両手で防御体勢に入る。

 空がうなるような音を上げ、巨大な腕と腕がぶつかり合う。それは一瞬遅れて俺たちの足元に震動という形で伝わった。

 さすがにそう簡単にはトドメを刺させてはくれないらしい。俺としては壊される股間がもう無いならそれで問題はなかったが、破壊神にはもう一つ見せ場が与えられたようだった。

 手に集まり損ねた剣が再び破壊神の口に集まって行く。そして凶暴なキバとなった神の剣はハゲ頭の喉元目掛けて激しくむしゃぶりついた。


「これは……、中々むごいですね」

「何よ、あなたがやれって言ったんでしょ?」

「確かにその通りです……。すいません、姉さん」


 これは中々むごくてむごい状況だっ──。


「……」

「それより救世主さまが全然動かないんだけど」

「あれ?おかしいですね。救世主さん、起きてますか?……いや、生きてますか?」

「まぁいいんじゃないの、少しは頭を冷やして貰った方が。それより、この後どうするのかしら。あの使者の人は?」

「おかしいですね、どこに行ったんでしょう」

「……」


 ドサリという音と共に砂と化したハゲ頭の首が落ちる。それと共に俺の意識も元に戻る。

 ひどい悪夢だった……、心の首根っこを刈られるような夢だった。顔に血の気が戻るのを確認すると、再び響いた音に顔を上げる。

 そこでは破壊神によって首を噛み切られたハゲ頭らしき胴体が、更に腕を噛みちぎられようとしているようだった。破壊神の目はハッキリとこちらを見ている、俺は再び意識が遠くなるのを感じ──。


 ドサリ、ドサリと砂の落ちる音が響く。凄惨な解体ショーは続く。

 一体なんのためにこんな事が繰り広げられているのか、その理由を俺たちに問うかのように、破壊神は俺たちを見つめながらそのショーを淡々と進めていった。

 広場では股間を押さえて悶絶する男たちと、それを軽蔑の眼差しで見つめる女たちの二つのグループに完全に分かれていた。もはや結束などというものも失われていた。やはり破壊神は破壊神でしかなかった。

 俺たちはどんでもない化け物を生み出してしまったのかもしれない。人類の敵よりも恐ろしいもの、人類の半数を占める女という凶悪な存在を……。

 まぁしかし、これで戦いは終わったのだ。俺たちは無事に生き延びた、それだけでも良しとすべきだろう。

 さすがに破壊神が俺たちを襲う事はないだろうし、後はどこかで悶絶しているであろうヨーシさんを捕まえて先の事を教えて貰えばいい。

 そういえば姉妹はどこへ行ったのだろう、俺が周囲に目をやっていると広場がまたざわつき出した。

 その視線を追って山頂を見ると、そこには巨大な蛇のような頭があった──。

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