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剣の裏ボス

 戦いは終わった、勝利したのは悪魔だった。

 キョウシちゃんと同じ顔をした悪魔、巨大なキバを生やし口元から黒い血をしたたらせた恐ろしい顔の悪魔だった──。


「救世主さん、念の為にもう一度言いますが、あれは神です。ボクらの偉大な神ですよ」


 ジョーシさんが恍惚とした表情で言う、だが俺にとっては悪夢でしかなかった。

 身近な人間が恐ろしい顔付きでしかも顔中血まみれになっているのだ。目を背けこそすれ、崇めようなどという気は一切起こらなかった。


「神さま、どうかお助けを……!」


 うずくまった人の声が聞こえて来る、誰もが神や何かしら強大な存在に助けを求めているようだ。だがそれは目の前に居るこの残酷な勝利者にではないだろう。

 周囲を見渡すといくつもの建物が崩壊している。あれだけの戦いがあったのだから仕方がないのだろうが、とても勝利の余韻にひたれるような状況ではなかった。

 何かが大きく失われていた、獲た物より失った物の方が多く思えた。いや、そもそもこの戦いで何か得られた物などあっただろうか……?


「そうか……、神といっても破壊神だ。この子はいつも通りの事をやっただけなんだ」


 俺は自分を納得させる為にもわざと声に出して言った。それが聞こえていただろうジョーシさんはなぜか何も言わなかった──。

 俺はキョウシちゃんの方へ歩を進める、きっとこの子も疲れているだろう。


「見事な軍配だったよ」


 俺は出来るだけ気さくな感じで話し掛けた。悲しいぐらいに腰が引けているのに自分でも気付いていた。だってしょうがないじゃないか。


「救世主さま……、私」

「堂々として立派だった、直ぐに教祖になっても問題ないぐらいだ」


 全ては終わったのだ。この長い戦いも茶番に満ちた冒険も、全て……。だから俺の救世主としての役割も終わりだ、つまりこの子たちと一緒にいられるもの後僅かな時間だけだった。


「私、何か怖いの……」

「へ?」


 怖いのは君の方だよ、と口走るのを必死で抑える。この子は何を言い出すのだろう、自分の力の凄まじさに今頃気付いてしまったのだろうか……?それは余りに遅い発見だ。しかしこの先、始まるであろう長い教祖生活にとっては早過ぎる発見だった。

 それまでにまだ俺がこの子の為に出来る事はあるのだろうか……?


「うおっ!?」


 なんの前触れもなく破壊神が立ち上がる、そして俺たちに背を向けると山に向かって歩き出した。

 何か胸騒ぎがした、この破壊神はどこへ行くのだろう。もしや、さっきキョウシちゃんが言っていたように山にこもるのではないだろうか。

 そしてキョウシちゃんと共に強盗破壊神として街を脅かす存在になるのでは……。だとしたらイケニエは強い男と子猫辺りだろう。これはひどい神さまだ。

 ズシン、ズシンと歩いて行くその足元で、驚いた事に首の取れた悪魔は砂のように崩れ落ちてしまった。こいつは一体どういう存在だったのだろう、戦いは終わったが謎は残ったままだった。

 もし破壊神がこの悪魔と同じように砂に帰らないのだとしたら、俺たちが本当に倒すべき相手はもしかしたら……。いや、まさかそんな事は──。


「私、何か……」


 キョウシちゃんの肩がブルブルと震えている、何を感じ取ってしまったのだろう。いずれ敵となる自らの運命だろうか、それともキョウシちゃん自信の体にも何か変化が起こりつつあるのだろうか……。

 ああ、恐ろしい運命のイタズラよ。こんなに愛し合った俺たちが戦う事になるなんて……!俺たちの愛は運命によって翻弄される嵐の中の泥船のようだっ──。


「寒い、何か寒いの……」


 どうやら俺一人で盛り上がっている場合ではないようだ、これって本気でやばいやつ?しかしこの反応はどこかで見た気がする、どこで見たのだろう……。

 そうだ、確か地下の最深部で今や砂と化した悪魔が這い出して来た時だ。あの時もこんな風に震えていたのだ、まるで拒否反応を示すように。

 ”何か違うのよね”、というキョウシちゃんの言葉がフと頭によみがえる。

 確かに違う、どうしてこの子はそれだけ恐れていた悪魔を目の前にして堂々としていられたのだろう。逃げ出すしかなかった相手のはずなのに随分と豪快に、そしてぞんざいに扱っていた。

 何かが違う、確かに。


「キョウシちゃん、さっき言ってた違和感なんだけど──」


 そう口にした時、俺の体にも悪寒が走った。何かが来る、いや、来ている。それはとても恐ろしくおぞましいものだ。体中の毛が逆立つのを感じる、この感覚は一体どこから……?


「救世主さん、何か嫌な感じがします……」


 ズシン、ズシンと破壊神が歩いて行く。その先にある山の山頂から、ヌッと何かが姿を現した。

 それは巨大な二つの赤いガラス玉のようだった、それはその間にあるフサフサした物でつながっている。更にその下からは細い何かがチラチラと姿を見せていた。

 なぜか俺はその存在に嫌悪感と拒否感を感じていた。しかし、これは一体どういう物体なのか……。


「あ……、剣です。姉さん、救世主さん、剣ですよ!」


 ジョーシさんの指差したのは破壊神の手だった、そこには確かに巨大な柄のような物が握られている。それは少しずつ伸びて剣を形作っているようだ。どうやらキバだった物が剣へと形を変えているらしい。

 その事実に俺は少しホッとした、もうキョウシちゃんの悪魔のような表情を見なくて済む。


「ハ、ハエだ。ハエの王だー!」


 すると広場から悲鳴のような声が上がった。ハエの王……?

 寒気に震える体を押さえながら再度、山頂に目をやる。するとそこには二つのガラス玉の他に羽が姿を現していた。その羽は鳥の持つそれではなく、虫や昆虫の物だ。毛深い体にガラスのような赤い目を持ち、不思議な模様のある羽を揺するように動かしている。

 それはまぎれもなくハエだ、巨大なハエの姿だった。

 そのおぞましい存在感に総毛立つのを感じた、これほど大きなハエなど見た事がない。こいつがキョウシちゃんを恐れさせていたものの正体、そしてこいつこそがあの盾の下に居た真の敵。


「救世主さん……!」


 嫌悪感に耐えながらジョーシさんがつぶやく、この子もかなり辛そうだ。そんな状態で一体俺に何を伝えようというのだろう。


「ジョーシさん、大丈夫か?」

「板です」

「……はい」

「あれは盾ではなく、板です……」


 まだ言ってる、それは最深部にあった盾だか板だかの話だろう。教団としてはどうしてもあれが盾だと認めたくないらしいが、正直今はどっちでも良かった。

 この期に及んでこだわるべき事なのか……?心配して損した。


「は、早く!そんなの倒しちゃって!」


 体を震わせながらキョウシちゃんが叫ぶ。そうだ、今の俺たちには戦う手段があるのだ。破壊神がついている、だから直接手を下す必要はない!助かった!

 その事実に気付いたのか、ジョーシさんは体を引きずるように広場へ歩いて行く。またあれをやるつもりらしい。


「あ、剣が……」


 破壊神の手には剣が握られていた、ようやく完成したのだ。だがその剣は先が平べったく伸びていて、剣というにはおかしな形だ。あれはまるで……、ハエ叩きのようだ。

 いや、合ってるっちゃ合ってるけどさ。


「皆さん!あれを、倒す為に。再び、力を……貸して下さい!」


 震える体にムチを打ってジョーシさんが叫んでいる。だが広場では人々が震える体を寄せ合って嫌悪感に耐えているようだ。とてもじゃないが何か出来る状態には見えなかったが、とにかく再び戦いの火蓋は切って落とされたのだった。


「せーの、で。行き、行きますよー!」


 声援を待たずに破壊神が攻撃を開始する、山頂付近に留まっている巨大バエに完成した神の剣、いや、神のハエ叩きを振り上げる。敵を目の前にして随分と無防備だ。この巨大バエ、もといハエの王とやらがどんな攻撃を仕掛けて来るのかも分からないのに。


「せーのっ、がんばれー!」

「がんばれ……」

「ばれー」

「が、がんば」


 弱々しい声が上がる、とても応援できるような状態ではないらしい。それでも破壊神はその腕を振り下ろした。

 ドスンという重い音とそれに遅れて地響きが伝わって来る。神のハエ叩きは見事にハエの王の頭をとらえた、ガラス玉のような目がへこんで光が屈折して見える。


「がんばれ~」

「早くそいつを倒してくれ……」

「ぶっ殺せぇ」


 その姿に勇気付けられたのか、広場からポツポツと声が上がる。

 

「せーの、でお願いします!」


 ジョーシさんが必死で叫んでいる、あの子はどうしても破壊神を俺たちの神に仕立て上げたいらしい。

 だが俺には分かってしまった、やはり破壊神は破壊神なのだ。俺たちの応援があろうがなかろうが戦い続ける、でないとこれだけたやすく街を破壊できないだろう。


「せーのっ、がんばれー!」

「がんばれー」


 しかしジョーシさんの作戦は地味に成果をあげているらしい、徐々に声が合って来たようだ。ワラにもすがる思いとは言うが、それが本当にワラなのかすら疑問だ。

 破壊神が再び両手を高く上げる。ハエ叩きの形状が少し滑稽に見えるが、それでも戦いは有利に進んでいるらしい。


「せーのっ、がんばれー!」

「がんばれー!」


 破壊神が両手を下ろすと再び重い音がし、それに遅れて地響きが伝わって来る。ハエの王とやらは反撃して来ないのだろうか。今度もその攻撃は頭へとヒットし、ガラス玉のような目に深々と突き刺さってい──あれ?

 何か違和感があった。確かにその目はへこんでいたが、最初の一撃の時と余り変わりない。どういう事だろう……?


「キョウシちゃん、気付いたかい?」

「……」


 俺はその事実を確認する為にキョウシちゃんに声を掛けた。


「……キョウシちゃん?」


 俺は自分の声が届いているのか、確認する為にもう一度声を掛けた。だが、返事はなかった。キョウシちゃんはうずくまったままで小さく体を震わせている。

 いや、何かつぶやいているようだ。俺はキョウシちゃんの横へ行きそっと耳を傾けた。


「フ、フフ、殺せ。殺してしまうがいいわ、フフ、フフフ……」

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