剣のボスバトル
「何が違うんだ?キョウシちゃん」
「え……?」
「ガンバレー!!!」
「ギェアアァアアァア!?」
これに更に震動を含めた各種の騒音が鳴り響く中、俺はキョウシちゃんに問い掛けていた。この子の直感は良く当たる、それが今までの経験から学んだ事だった。
「えっとね……」
キョウシちゃんは振り返ると、言葉を手探りするように両手を動かしながら考え出した。その手に握られた剣が前後左右に移動する、見てるだけで怖い。
だがキョウシちゃんは急にその努力を投げ捨てて俺に背中を向けてしまった。
「ほっといてよ!どうせ救世主さまも私の言う事なんて分からないんでしょ!?説明が下手でごめんね!」
しまった、この子に説明させてはいけないのだった。せっかく別の事に気を取られて忘れかけていたみたいなのに、また掘り返してしまった。
どうしよう、この子がスネるとどうにもならない。一度退散しようか……?
「ガンバレー!!!」
「ギュアアァオォオアアア!?」
俺がそんな逃げ腰になった時、背後から応援の声が聞こえた。それは決して俺に向けられたものではなかったが、俺の心の中に小さな火が灯る。
「キョウシちゃん、聞いてくれ。きっと理解できない俺たちにも問題はあるんだと思うんだ、全て君のせいって訳では──」
「どうせ皆、私の事をあんな風に見てるんだわ……。恐ろしい化け物よ!あれが証拠でしょ!?」
聞いてない、聞いてくれと言ったはずなのにおかしいな。初っ端から心が萎える。
だが今は大事な時だ、この子を一人でスネさせておく訳にはいかない(俺が原因だというのは一旦棚に上げておく)。
「救世主さまも私の事、怖がってるんでしょ?」
「何を言うんだキョウシちゃん。まさか、そんな事は……」
あります。実際に何度も追い掛け回されたし、殺されると思ったのも一度ではない。しかし、それでも──。
「俺たちは仲間だ。例え他の人間がどんな目で見ようと、俺はキョウシちゃんを信じてるさ」
「うそ」
バレました、一瞬でバレました。すいません、今のは勢いで言っちゃいました。許して!
「もういいわよ、私なんて……。あのデカイ奴を倒したら山の中にでもこもるわ、そしてたまに街を襲って食べ物を奪う悪い神にでもなってやる」
それはただの山賊なのでは……?しかもキョウシちゃんなら一人でそれが出来てしまうのが恐ろしい、きっと軍隊を連れて来ても敵わないだろう。まさに神か……。
そうなったら俺は一体何をすればいいんだろう。この子たちとバラバラになり、死ぬ確率はグッと減るが再び単調な生活に戻るのだろうか。それとも──。
「じゃあ俺も山にこもるよ、一緒に悪い神さまになろう」
「……救世主さまじゃ足手まといよ」
そうですね、その通りです。的確すぎて言葉が出ない。心が折れる音がする。
「でも……、救世主さまの事は嫌いじゃないのよ?」
なんですと……?急に何を言い出すのだろう、折れたばかりの心がメキメキと根を伸ばす。
「弱いんだけど粘り強いっていうか……、踏んでも踏んでもまだ動いてるアリみたいな。う~ん、ナメクジの方が合ってるかな?殺したと思ってもどこからか湧いて来るような、謎の生命力?そんな力があるから」
「……はい」
嫌いなら嫌いとハッキリ言って下さい、アリとかナメクジとかとてもじゃないが好意のある相手に使う言葉ではない。伸びた心がまたボキボキと砕ける、なんのいじめだよ。
「でも違うの、そうじゃなくて……。私はもっとチヤホヤされたいの。私の事が好きでたまらないっていう強い男たちに、追い掛け回されて生きていたいの」
「──は?」
この子は何を言っているだろう。言ってる内容も話の筋も分からない。これはもう説明力というレベルではない。
とりあえず今の部分だけでも解釈してみると、えー……、それっていわゆるハーレムですか?強い男たちに囲まれて気分次第でとっかえひっかえしたいという。中々結構なご趣味をお持ちで。まぁ男なら一度は夢見ること──。
「あ、そうか……!」
俺の頭を別の考えがよぎった。これはきっと姉の刷り込みだ。長女がそうやって男をはべらせているのを見て、知らない内に自分もそうされたいと、そうなるのが当然だと思い込んでしまったのだ。
なんて事だ、口ではあれだけ嫌悪して憎んでいるにも関わらず、心の中ではこの子も長女と同じ事を望んでいるのだ。俺は急に意識が遠くなるのを感じた。
「ガンバレー!!!」
「ギァガアァアアァア!?」
応援は既に俺に届かなくなっていた、それより化け物の悲鳴の方が俺の心を代弁してくれている。
この子はやばい子だ、見果てぬぐらいの遠い夢を抱えたやばい子。その夢がどれだけ実現不可能かという事に自分で気付いていない。
そもそもこの子の言う強い男とはどの程度のものなのか、巨漢や前髪たちはそこに含まれるのか?あの戦いの時にキョウシちゃんは面白いとは言っていたが、強いという言葉は出て来なかったはず。
なら俺のようなイロモノ的に強い人間を集めるとして、そんな変な連中をどうやって見つけ出すというのか。入団テストでもするというのか、それはどんなテストなのだ。
これはとんでもなく大きくて無謀な夢だ、そして当然だが俺の求める理想的な嫁の言う事ではない。
「ギャアアァアアァアア!?」
心の中で何かが叫んでいた、やり場のない男の叫びだった。もしかしたら破壊神に噛み付かれて悲鳴を上げているのは俺の心なのかもしれない。
その声は俺の心の動揺と共に大きくなって行くようだった。ああ、俺はこんなにも心が揺れ動いて──。
「逃げて下さい!」
ジョーシさんの声に我に返る、顔を上げると山の斜面から二つの巨大な影が消えていた。代わりに横から巨大な二つの後頭部が建物を破壊しながら近付いて来ている。
それはなんとも現実感のない光景だった。
「ほう……」
「救世主さま!」
思わず見とれる俺の首根っこを万力のような力がとらえる。その力は俺を軽々と持ち上げた、こんな感覚は子供の時以来だ。ほーら、高い高い。
その力は今度は俺を水平方向へと移動させる、そしてそのまま放り投げられてしまったようだ。ほーら、遠い遠い。
「いでっ!でででっ!ででででで!?」
ただし着地は最悪だった、俺は地面の上を乾いた石のように転がり回る。回転する視界の中で手足が見たことも無い角度に折れ曲がっている。
回転が収まるとキョウシちゃんの息遣いが聞こえた。
「救世主さま、大丈夫?ごめんね、強く投げ過ぎちゃった」
「だ、だだ、だいじょ……」
感謝のせいか痛みのせいか言葉が詰まって出て来ない。どうやらこの子に投げ飛ばされたらしいが、相も変わらずとんでもない力だ。
ちょっと体中の関節が痛いんだけど、手足の五・六本折れてない?見た目的には大丈夫?口の代わりに視線でそれを問い掛けると、てへっと舌を出したキョウシちゃんの顔があった。か、かわい……。
「かわ痛い……」
「え、それってどういう意味──」
「ドンガラガッシャーン!」
とてつもない音が響いた、少なくとも俺にはそんな風にしか聞こえなかったのだ。
音の源に目を向けると、そこには巨大な二つの頭があった。どうやら転がったのは俺だけではなかったらしい。
山の斜面で絡まり合っていた二体の化け物がゴロゴロと転がって、ご丁寧に広場の目の前まで来てしまってたようだ。
「キャー!?」
「うわぁあぁ!?」
広場から悲鳴が上がる、屈強そうな男たちまで恐れおののいている。再びドンガラガッシャン!という騒音に視線を上げると、二体の化け物が熱く激しく愛し合っていた。
今度は結合部まで丸見えだ。
「救世主さん、誤解を招く言い方はやめて下さい」
「お、ジョーシさんも無事か」
巨大なキョウシちゃんが悪魔の上に乗り、その肩に深々と噛み付いていた。悪魔の肩からは黒々とした血があふれ出している。
悪魔の方も噛み付き返そうと首を伸ばしているが、後一歩というところで届いていない。その歯がガチガチと空を切る。
愛が重い……、下手したら致命傷だ。
「ドンガラガッシャーン!」
近過ぎるせいか悪魔の悲鳴が言語の形を成していない、まるで透明な物体に体を打ち付けられるようだ。そんな騒音の中を鋭い声が通り抜ける。
「いつまでやってるのよ。さっさとトドメ刺しちゃいなさい!」
それはキョウシちゃんの声だった。どうやらこの子にとっては悪魔でさえさっさと片付ける程度の存在らしい。その凛とした姿に、しびれるような恐怖するような良く分からない感情が湧き上がる。
「剣がまた……、動き出しましたね」
騒音の合間にジョーシさんが言う。その視線を追うと、化け物たちの下敷きになり壊れ果てた建物の側からいくつもの剣が浮き上がっていた。それらは再び巨大なキョウシちゃんの元へと向かっているようだ。だが生憎その両手は愛の営みで塞がっている。
「じゃあ、これもあげるわよ!」
そう言ってキョウシちゃんは手にしていた剣を投げた、その剣は真っ直ぐに悪魔の肩に突き刺さる。巨大なキョウシちゃんはキバを引き抜くと、今度は剣の上から悪魔の肩に噛み付いた。
「ドンガラガッシャーン!!」
断末魔のような、とにかく恐ろしい騒音が鳴り響いた。広場に目をやるとそこには信者たちが頭と耳を押さえてうずくまっている、嵐が去るのを待っているかのようだ。
剣が次々と集まっていく。その剣は巨大なキョウシちゃんの手へ──ではなく、その凶暴なキバへと集まっていく。
更に大きさを増して行くキバに口を閉じる事も出来なくなった巨大なキョウシちゃん、歯茎を剥いて凶悪な顔付きへと変貌している。これはもうただの悪夢だった……。
「ドンガラガッシャーン!ドンガラガッシャーン!!」
上に乗った方の悪魔が下の悪魔からキバを引き抜く、それは既にキバを超えて立派な二本の剣に見えた。
「うるさいからさっさと終わらせて!」
キョウシちゃんの声が響く、それを合図にキバの長い悪魔が下になった悪魔の首元にかじり付く。すると悪魔の最後の抵抗が始まった。
下になった悪魔は体をねじってゴロゴロと転がる、何度も上下を逆転させては開いた両手でキバのある悪魔の顔を殴り付ける。それでもキバは抜ける事なく、更に首の奥へ奥へと深く沈み込んで行くようだ。
突如、ギリリときしむような音が響き、そしてボトリと悪魔の首が転がり落ちた。それはまるで石像の首を落としたようにあっけないものだった。
寝違えたのか首が痛い、何をするにも集中できない……。




