剣の下へ
「ほぼ真下に掘ればいいそうですよ」
「あ、うん」
神の剣のお膝元で遅い朝食を済ませた俺は、人目のつかない山すそに来ていた。そこで数日振りの救世主に戻る訳だ。
キョウシちゃんがその太い腰ヒモを外し俺の方へ差し出す。そう、神の剣を手に……。
「こら、離れなさい」
手に……。
「ちょっとは言う事を聞きなさい!」
出来ない……。
キョウシちゃんから離れたくないのか、その手に絡み付く神の剣。
平手で打たれ、めっと叱られた挙句に俺の手に渡る。
お前は母親から離れたくない子供か。
「あ、ありがとうございます」
「え……?はい」
神の剣を丁重に受け取る俺。
「救世主さん、いいですか。真下とは言われましたが、本当に真下に掘ると戻れないしハシゴの移動は危険です。なので斜めに、円を描く様に掘ってください。分かりましたか?」
「……分かった」
「ちゃんと指示してあげてね」
ため息をつきジョーシさんがうなずく。
久々の神の剣の手触り、そして地面に向き合うこの感覚。何かが蘇るのが分かった。
剣の柄を長く握り、思い出したように救世主な俺は足元の雑草目掛けて神の剣を振り下ろ……剣を?
「ダメですね」
「やっぱりね……」
俺の手の中で明らかにやる気を失くした神の剣は、柄から先がうな垂れ杖のようになってしまっている。
そうじゃない、その姿も懐かしいがそうじゃない。
情けない顔でキョウシちゃんを見つめる俺に、彼女がつぶやく。
「いいとこ見せてっ」
「はい!」
その一言で俺と神の剣が奮い立つ。
三叉槍を折り曲げたような神の剣ならぬクワによる、名も無き雑草への一撃。
小さな爆発音と共に地面がえぐれる。
「救世主様に言った訳じゃ……、まぁいいけどね」
「斜めに!斜めにお願いします」
慌ててジョーシさんが口を挟む。それを聞き、俺一人は優に入れる穴へ降り立ち、今度はその側面に神のクワを突きたてる。
爆発音、軽い砂煙と共に地面が消し飛ぶ。
「斜めですよ!」
ジョーシさんの声を背中に受けながらクワを振り下ろす、振り下ろす。
胸の空洞を埋めるかのように体を動かす、何だこの感覚は。飯はさっき食ったのに。
いいとこ見せてっ、と心の中で声がする。
そしてクワを振り下ろす、振り下ろす!振り……。
「やはり持ち主に似るんですね。単純というか分かり易いというか」
「ちょっとは言葉を選んであげたら?間違ってはないけど……」
「ある意味、真っ直ぐなんです」
「真っ直ぐ曲がってない?」
「……否定はしません」
「あのー……」
既に洞穴と化した穴から俺が顔を出す、我ながら素晴らしい手際だ。まぁ半分以上神の剣のお陰だが。
「どうかした?救世主様」
キョウシちゃんの声が半音上がる、そっちこそどうかした?
「暗くて何も見えなくてさ……」
「ああ、明りの用意ならここに」
ジョーシさんからランプを受け取る。
「時々様子を見に来るから、さぼっちゃダメよ」
キョウシちゃんが神の剣に言う。
「行ってきます……」
俺は頭を下げて穴の中へ入る。
「あ、救世主様。……がんばって!」
俺は救世主、神の剣を託された男。
今はとりあえず嫌ほど体を動かしたい、モヤモヤした物を振り払いたい。
穴を降りる俺の背後で声がする。
「何か救世主様、よそよそしくない?」
「それは姉さんもじゃないですか」
「……どういう意味?」
「じゃあボクも行ってきますね」
かくして俺たちの地下への旅が始まった。
ちょっと主人公が感傷的に、するつもり無かったのになー。




