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剣のボスの剣

「うええぇええっぐすぐす……、うえぇええぇええ!」


 子供の泣き声が広場に響き渡っていた、集まった信者たちは呆然とその光景を眺めているだけだった。。

 はたから見れば凶悪な化け物を前に子供が泣いているように見えるのだが、実際に泣かせたのはその前でヒザを畳んで座っているキョウシちゃんだった。


「ちょ、ちょっと口が滑っちゃいましたわ。オホホホ」


 全信者が見守る中、キン○マと大声で叫んだ次期教祖さまは今更のように言い訳をする。既に手遅れを通り越している、更に言うとキャラもおかしい。


「えっぐ、えっぐ、うえぇえええぇ!」


 さすがは破壊神、と俺は心の中で呟いていた。この子はこんな小さな子供の願いさえも打ち砕いてしまうのだ、それはもう悪魔の所業と言ってもいい。

 信者たちから見ればちょうどキョウシちゃんの頭上に存在する血色の悪い美形の化け物、あれとなんら代わりがない。


「ご、ごめんね?お姉ちゃん、ちょっと人違いしただけなんだ~。大丈夫、付いてない付いてな~い」


 子供を慰めているつもりらしいが、言葉のチョイスが間違っているように感じるのは俺だけだろうか。付いてないというのは運なのかそれとも別の何かなのか、それともやはり両方なのだろうか……。


「動くみたいですよ」

「え、キ○タマが!?」

「……違います。何を言ってるんですか、救世主さん」


 ジョーシさんは山を見上げていた。それが姉から注意をそらせる為なのか本当に俺たちに危険を知らせる為なのかは分からないが、確かに化け物が動き出していた。大きく足を開くとなんのためらいもなく山の斜面へ踏み出す。

 ついに侵攻が始まった、やはり目標はこの街だった。俺たちはこのまま奴に踏みにじられるのを待つしかないのだろうか。

 ああ、神よ──。


「あれは何だ……?」

「何かが動いてるぞ!?」

「どっかで見たなぁ、なんだっけかー」

「像じゃない?ほら、前にいくつも置いてあったあの──」

「うわぁ!?」


 俺は信者たちの視線を追って山すそに目をやった、その時だった。背後から綺麗なフォームで石像が走り過ぎて行く。あれは……、キョウシちゃんの像だ。街中に設置された時期教祖の石像だった。

 更に次から次へと石像は俺たちの横を、頭上を飛び越えて山すそへと向かって行く。


「姉さん、あれは何ですか……?」

「わ、私にだって分からないわよ!」


 何かが起こっていた、得体の知れない何かだ。しかもキョウシちゃんにも分からないらしい、ならあの像を動かしているエネルギーは一体なんなのか……。俺は何か嫌な予感がしていた。

 山すそで像たちは身を寄せ合っている、それは一つの塊のように見えた。まるで一つの物体のようなその塊は、俺たちの見守る中で突然すっくと立ち上がる。その見覚えのあるシルエットは間違いなく、間違いなく……。


「何なの……。ねぇ、なんなのあれ!?」

「そっくりですね……、まるで姉さんのようです」


 山すそから立ち上がったのは巨大なキョウシちゃんだった。その顔色が化け物と変わらないぐらい悪く、しかも凶暴な目付きをしている。口元に生えているのはキバだろうか。残念ながら服は着ているが、あの悪魔と変わらないぐらい危険な存在に見えた。

 そしてとてつもなくデカイ。どう考えても石造を合わせた大きさより遥かに巨大になっている。こういう物理法則の狂った存在は、やはりいつものやつなのだ。

 ついにキョウシちゃんが神になってしまった。と言っても本人に変化はなく、決して望んだ形ではないらしいが。


「……」


 広場は静まり返っていた、誰もがその新たに誕生した悪魔(神)の動向を固唾を呑んで見守っていた。

 フと俺の中に不安が宿る、ヨーシさんは俺たちに冷静になれと言っていた。俺は極めて冷静で知的であったが、今の姉妹を見るととてもそうとは思えない。もしかしたら失敗したのではないだろうか……?

 するとどこかから聞き覚えのある声が聞こえた。


「許容範囲ー!」


 広場を見るとその中にヨーシさんの姿があった。どうやらこれで問題ないようだが、今のもヨージョさまの伝言なのだろうか……?

 するとキョウシちゃんの像はサッと俺たちに背を向ける。そして山の斜面を破壊しながらゆっくりと降りて来くる悪魔と向き合った。広場から歓声とどよめきのような声が起こる。

 やはりそうだ、俺たちは作り上げたのだ。あの化け物に勝てるかもしれない何かを。信仰心や救いなどという生易しい感情からではなく、恐怖によってその存在を作り上げてしまったのだった。

 これも教団やキョウシちゃんの日頃の行いのお陰だった。やっぱり皆、心の中では怖がってたんだ……。

 これは子供に感謝せねばなるまい、方向は違ったが結果的に皆の心を一つにしてくれたのだから。

 しその姿は既に俺たちの周りにはなく、子供は母親らしき人物に保護されて俺たちから離れた場所に居た。

 俺は心の中でソッと呟く。ありがとう、そしてごめんね?君の美しい涙と鼻水は無駄にしない……。

 とにもかくにも、これで決戦の準備は整ったのだ。行け!鬼キョウシちゃん、謎の悪魔を打ち倒せ!


「ねぇ、救世主さまも何で盛り上がってるの?止めてよ!あれ。……何なのよ、もう」


 そうは言ってみたものの、キョウシちゃんも眺めているしか手段がないようだ。街のどの建物よりも高いキョウシちゃんの像はもはや俺たちがどうにか出来る代物とは思えなかった。そしてそれこそがこの状況を打開できる唯一の手段なのだ!……多分。

 二体の巨大な何かが睨み合う、戦いの火蓋は切って落とされようとしていた。のだが、俺は何か違和感を感じていた。何かが足りない、この巨大なキョウシちゃんの姿に何かが欠けているような気がして仕方なかった。


「頑張れー!」

「ぶちのめせー!」

「次期教祖さまー!」

「パンツ見えそうー!」


 何やら信者たちも盛り上がっている、どうやらあの巨大な鬼キョウシちゃんを味方と見なしたらしい。まだ怖がっている人もいくらか居るが、それでもこれなら勝てるかもしれない。


「何なの……」

「姉さん……」


 広場の盛り上がりとは対照的に姉妹は沈み切っていた、その背中がひどく弱々しい。これだけ応援を受けているのに何一つ喜べないというのは不思議な状態だった。

 すると突然、俺の手の中から──。


「あ、おい。どこ行くんだよ……?」

「え、今度は何?」

「おや、ボクのもですか……?」


 剣が離れて行く、それはどうやら俺だけではないようだ。キョウシちゃんの手から、そしてジョーシさんの胸元からも剣が飛び出す。それらは山の方へ向かって飛んで行くようだ。


「待ちなさいって、待ちなさいってば!」


 それでも剣を手放さないキョウシちゃんが剣に引っ張られるように歩いて行く。そんな光景を呆然と眺めていると、背後から無数の剣が引き寄せられるように頭上を通り越して行く。そうか、俺たちの剣だけではなかったのだ。

 広場から、そして街のあちこちから、そしてどうやら山頂からも剣が集まっている。巨漢の作った船やなぜか建物の剣まで……。それら数百・数千の剣が向かう先には巨大な手があった。巨大なキョウシちゃんが片手を上げて催促するように固まっている、その手の中へ吸い込まれるように剣が集まっているのだ。


「どうして言うこと聞かないのよ!止まれって言ってるでしょ!?」


 そうか、やっと分かった。違和感の正体が。何かが足りなかったのだ、キョウシちゃんの姿をしたあの化け物に。それは剣だ、その手に剣が握られていなかったのだ。

 今、その巨大な手に無数の剣が集まり、そして少しずつ巨大な剣が形作られつつあった。

 その剣こそ神の剣。山頂から姿を消してかなりの時間が経ってしまったが、今でも俺たち全員の心の中にあり続けている(はずの)巨大な剣だ。

 その不思議な光景に広場からも感嘆の声が上がる。


「意地でも行かせないんだからね!絶対に許さないから……!」

「姉さん、危険ですから剣を放して下さい!」


 にしても、中々しつこいなキョウシちゃんも。集まった剣がどうなっているのか気付いていないのだろうか。久々に神の剣が拝めるというのに、いつまで駄々をこねているつもりなのだ。巨大な剣はほぼ完成していたが、キョウシちゃんの剣を待っているのか動き出す気配はない。


「キョウシちゃん、いい加減に──」

「だって!この子にまで見捨てられたら、私どうしたらいいの!?何も無いじゃない、全部なくなっちゃうじゃない……、ねぇ!?」


 そこには悲痛な女の子の姿があった。信者たちから怖がられ、仲間には理解されず(ごめんなさい)、更に唯一の心のよりどころである剣にまで見捨てられようとしている。これはさすがに同情せざるをえなかった……。そんな次期教祖の姿に気付いたのか、広場も静まり返っている。

 でもキョウシちゃん、それは今じゃなくてもいいんじゃないかな……?


「姉さん、お願いします……!」

「……分かったわよ」


 ジョーシさんの真剣な声に、渋々とキョウシちゃんが剣を解放する。そして剣は完成しつつある巨大な剣の元へ、別れを告げるようにゆっくりした動きで飛んで──。


「あっ」


 その場に居た全員が思わず声を上げていた。完成しつつあった巨大な剣は悪魔の手によってあっけなく吹き飛ばされたのだった。巨大なキョウシちゃんには剣に対する執着がそれほど無かったらしい。

 剣は近くの建築物を傾かせて粉々に粉砕される。バラバラになった剣は元の小さなサイズに戻りそこら中にばら撒かれた、その内の一本がキョウシちゃんの足元に転がる。


「……わーい、戻って来た♪」


 ためらいなく剣を拾い上げると、キョウシちゃんは軽いポーズを決めてそう言った。

 いや、喜んでいい状況なのか……?

 すると何やら空が鳴った、強風のような音とそれに続いて鈍い音だ。なぜか広場から悲鳴が上がる。思わず顔を上げると、巨大なキョウシちゃんがキョウシちゃん目掛けて落下していた。


「姉さん!」

「キョウシちゃん!?」

「……うん?」


 あっけないほど簡単にキョウシちゃんはその落下物をかわす、叫んで損した。だがその表情がなぜか怒りに染まっていく。


「何よあんた!人と同じような顔して、何を簡単に倒されてんのよ!立ち上がってあんな弱そうなのさっさと倒しちゃいなさい!」


 なんのプライドが動いたのかは分からないが、どうやらキョウシちゃんも応援する気になったらしい。自分に活を入れているその絵面は奇妙だったが。

 何やら戦いの火蓋は既に切って落とされていたらしい。

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