剣のボス
思い返せば俺たちはずっと神の剣に頼って来た、それもほとんどはキョウシちゃんの剣の腕前にだ。
その神技によって俺たちは何度も死線をかいくぐる事が出来た。だからそれが通じないと分かると、今度は一気に手も足も出なくなってしまう。
キョウシちゃんの剣、ジョーシさんの風車剣、俺の触手剣。この中でまだ可能性があると言えるのは、俺の触手け──。
「救世主さん、それは無いです」
どうやら試す事すら許されないらしい。なら一体どうしたらいいんだ……。
「大丈夫よ、救世主さま。思い出してみて?私たちは剣の力で戦って来た訳じゃ無いのよ」
「……じゃあ何?」
「それはほら、分かるじゃない。……ね?」
「……分かりません」
俺の返答にキョウシちゃんはヘソを曲げ、すねるように肉片の方へ行ってしまった。
ほんとにこの子は人に物を教えるという事に向いていない、今ので何を分かれというのだろう。
「あっ……」
と小さな声がした、声の主はジョーシさんだ。もしかして今ので何か分かったのだろうか、単に俺の察しが悪かっただけかもしれない。それならごめんね、キョウシちゃん!
しかしジョーシさんはそのまま口を閉ざしてしまった、そしてなぜか背後を見ている。釣られて俺も振り返ると、そこには人の群があった。全員が俺たちを見ている、そして中には手を合わせている人も居る。何が起こっているのだろう。
「どうか、我らに救いを」
「子供の命だけでも……」
「教団ならなんとか出来んだろ!?」
「まだ死にたくねぇよぉ……」
「助けて下さい!」
「お慈悲を、お慈悲を……!」
それは教団に救いを求める人たちの群だった。その中には神の剣を握った人も混ざっていたが、さすがにあんな化け物に斬り掛かろうなどという無謀な人間は居ないようだ。
今こそ教団が必要とされていた、その使命を果たすべき時だった。というより、こういう時の為に人々はこの場所に集まったと言ってもいい。ならここでその期待に応えない訳にはいかないのだ。
いかないのだが……、俺はこの場を逃げ出したくてたまらなくなっていた。だって俺たちには勝ち目がほんの少しも無──。
「あ、そういう事ですか……。やっと分かりましたよ姉さん!」
するとジョーシさんが声を上げる、何が分かったというのだろう。その声に肉片をつついていた姉の手が止まる。何やってんだ、キョウシちゃん……。
「やっと……?そっか、やっと分かったんだ。ふ~ん」
「あ……」
しかしキョウシちゃんの機嫌は直らなかった、どうやら妹には通じていると思っていたらしい。声を上げたのが裏目に出てしまい、さすがのジョーシさんもバツが悪そうだ。
「と、とにかく救世主さん!ボクたちは確かに剣で戦ってきました。でもその力は剣の力じゃないんです、分かりますよね?」
「お、おう!」
どうしよう、とりあえず勢い良く返事はしてみたがさっぱり分からない。剣であって剣でない、力であって力でない。それってなぞなぞ?哲学?こんな緊急事態に俺は何を問われているんだ。
もっともらしい顔で意見とか派遣とか、とにかく語尾にケンと付く言葉でも返せばいいのだろうか。危険、実験、案件、負けん!しりとりなら負けのオンパレードだ。
「まぁ時間がないのでさっさと言いますね。剣の力の源、つまり信仰心です」
「……ああ、なるほどそうか!」
「そうです!」
そういえば大分前にそんな事を言われた気がする、信じる者は救われる的なあれだ。
「そっか~、今頃分かったんだ~。ふ~ん」
キョウシちゃんが更にスネている。教団にとって一番大事な時に次期教祖が全く役に立たない。なんだこの状況。
なら、ここはますます俺がしっかりせねばならない。とにかくキョウシちゃんのなぞなぞは解けたし、その答を使えばこの絶望的な状況を打開できる案が俺の中にパパッと浮かんで……、浮かんで?
「……で?」
「はい?」
「信仰心は分かった。で、どうすればいいんだ?」
「……あ」
ジョーシさんは口をポカンと開く、どうやら姉の言いたい事が分かって喜んでいただけらしい。この期に及んでもヘッポコさんはヘッポコだった。
そうこうしている間に何度目かの地響きがして、巨大な悪魔は山から両足を引き抜いてしまった。その巨大で美しく、そして恐ろしい姿に思わず広場から悲鳴や歓声が上がる。
少し気になったのでチラとあそこを覗いてみたが。安心して下さい、股間には何も付いていないようです。……それはそれで怖い絵面だが。
「姉さん?それでボクたちはどうすればいいんですか……?」
「ふ~ん、そうなんだ。私に聞くんだ、ふ~ん」
キョウシちゃんは完全にスネて肉片をいじっている。こんな状況になっているにも関わらず、むしろその姿には余裕すら感じた。信者に見られている事も忘れているらしい。
ここは俺がどうにかするしかないのだろう。でも、何をどうしたらいい……?ここに信者が沢山集まっていて、俺たちに助けを求めている。今俺に出来る事はなんだ、俺にしか出来ない事……。そして俺は一体なんなのか。
答はそこにしかなかった。そうだ、そこにあったのだ……!
「救世主さん、急にどうしたんですか!?」
決意を固めると俺は船の上へよじ登った、そして信者たちを見下ろすと剣を頭上にかざして力一杯叫んでいた。
「聞いてくれ!ずっと隠し通して来たが、俺が救世主だったんだ。つまり一番最初の救世主で、ずっとこの街を守って来た者だ」
俺の言葉に信者たちが静まり返る、いいぞ。
「俺に力を貸してくれ!俺ならあの化け物を倒せるかもしれない。信じてくれ、頼む!」
そうだ、きっとこれが答だ。俺という存在が生まれて来た訳。そして今こそ俺は真の救世主となるのだ。
念の為に説明しよう!信仰こそ力だ、ならその信じる力を救世主である俺に集めればいい。俺が真の救世主であり、あの悪魔を倒せる存在だと皆が信じてくれたら、本当に俺にその力が宿るはずなのだ。
さぁ、今こそ皆の心を一つに!そして俺は初代救世主から新生救世主として生まれ変わるの──。
「どっかで見たツラだなぁ……」
こんな時にチャチャを入れる無粋な奴がいる、どこのどいつだ……?俺が視線を泳がすと直ぐにその男と目が合った、白い口ヒゲをたくわえた屈強そうな爺さんだ。確かにどこかで見た気がする、どこだったっけ……。
「あ」
思わず声が出た。いつか俺がこの街で追い回された時に、その原因を作ってくれた八つ当たりの爺さんだ。懐かしいな、久し振り!なんて旧交を温める余裕もなさそうだった。
まずいぞ、もし思い出されたら全員の心を一つにするどころではない。全員に袋叩きにされてしまいかねない、それはまずい。
「……救世主さん、もうお仕舞いですか?」
「ちょっとお腹が痛くなっちゃって……」
適当な言い訳をしつつ顔を隠しながら船を降りる。信者たちの視線が痛い、更に不平不満の声も上がって来る。くそう、あの爺さんさえ居なければ……。
まずい、本格的にやばくなって来た。他に何か手段は無いか、俺は何かにすがる気持ちでキョウシちゃんに歩み寄る。
「あの、キョウシちゃん……?」
「もうほっといてよ、どうせ私の言う事なんて誰にも理解されないんだから」
どうやらまだスネているようだ、おスネになられていらっしゃるご様子だ。
一応、自分の説明が下手な事実には気付いてたらしい、そして案外気にしていたようだ。ただこのタイミングじゃなくてもいいだろう、よりにもよってなぜに今……。
「何だかもう疲れちゃった。だって私のこと好きとか言ってる救世主さまも、私のこと何も分かってないんだもん」
その言葉は少々胸に来るものがあった。少しは理解できるようになったつもりだが、それでも俺はまだまだこの子の事が良く分かっていない。俺よりジョーシさんの方が理解しているだろう。
もしかして、その疲れちゃったっていうのは……、人生に?生きるのどうでも良くなっちゃった?なら教団も街の事も全てどうでもいいのだろう。だったらもう仕方ないか……、仕方ないか?
「あ、救世主さん。後ろに……」
「うん?」
振り返ると子供が居た。ジョーシさんの横を抜け、なぜか俺たちの方へ歩いて来る。こんな時になんだろう、親はどこだ。まさかあの悪魔のイケニエにでもなるつもりではないだろうな。
思わず俺は子供の前に立ち塞がる。
「ど、どうしたのかな?こっちはちょっと大人の事情で立て込んでるんだが……」
「あの、あのね。教祖さまにお願いするの。お父さんとお母さんを守ってって、この街を守ってって、教祖さまにお願いするの」
「……そうか」
俺は子供に道を譲っていた、余りに真っ直ぐなその子供の目に胸を打たれたのだ。それと同時にこれなら行けるかも、と思った。
この街を守って欲しいと願う子供が居る。願望の間には誰も居なかったこの場所に、少なくとも今はこの子供が居るのだ。それは本当の意味で信者といえる、教団を必要としてくれる人間だ。ならその信者を守らない訳にはいかないだろう。
それに子供ならキョウシちゃんの心も動くのではないか、という計算も働いた。多少大人びた、しかし可愛らしい顔をした子だ。これなら可愛いもの好きのキョウシちゃんも放っておけない。
汚い手だろうが今はどんな手段を使ってもキョウシちゃんに動いて貰わねばならないのだ。こんな時に最も大事な人物が欝になって街が壊滅、なんて事態は避けねばならないのだ。誰が欝にしたのか、という責任問題は全力で回避しておく。
子供がキョウシちゃんの背中に触れる。頼んだぞ、子供。君が最後の希望だ。この街を守るよう、欝になった破壊神の心をその可愛さで解きほぐしてくれ。
子供が口を開く、と同時にキョウシちゃんが勢い良く振り返って言葉を荒げた。
「何よこんな時だけ人に頼って!キン○マ付いてんでしょ、しっかりしなさいよ!」
「ヒッ……!?」
「あれ?救世主さまじゃ……ない」
キョウシちゃんが俺と子供の間に視線を泳がせる、その顔がみるみる青白くなっていく。なぜか俺は引きつった笑みを浮かべてキョウシちゃんに手を振っていた。
「うぇ……、うえええぇえぇん!付いてないのにぃいいぃ!!」
当然のように子供が大声で泣き出した、俺も泣き出したい気分だった。予想外だったのはこの子が女の子だったという事か。まぁ、それはともかく……。
作戦は、失敗した。




