剣の真の敵
船を降りると街の人たちの妙な活気に圧倒される。広場は市の為に集まった人たちと、この巨大な闖入者の見物人でごった返していた。
少し離れた場所で目力が人に取り囲まれている、どうやらこの船は街の人たちの退屈にエサを撒いてしまった形になったらしい。
それでも俺の回りに人が寄って来ないのは、このローブのせいなのかそれとも日頃の行いか。とにかく今はそれに感謝しておく、騒ぎ立てられるのは余り得意ではない。
今は姉妹を探すのが最優先だろう、そうすれば俺たちが船でこの広場に座礁してからの事も分かるはずだ。にしても……、なぜ船だったのだろう。あの巨漢が元は漁師だったとかそういう事だろうか。謎の多い奴だ、全く興味はないが。
「そっからダァー、俺の縦横無尽の活躍が始まったのヮー」
巨漢のどこか人懐っこい声が響いて来る、声のデカイ奴だ。俺はそれを当然のようにスルーすると、姉妹を探す為に足を一歩踏み出した。
そして止まった、……どこに行けばいいのだろう。
「……」
「かかって来る悪党どもォー、ちぎっては投げちぎっては投げェー」
俺は思わず自分の問い掛けに絶句する、巨漢がやかましい。やはり姉妹が居るのは山だろうが?最後に見たのは山の斜面だった、しかし山頂や山の中へ行った可能性もある。そうなるとさっぱり分からない、家に帰っている可能性だってあるし。
とにかく……、山の方だ。俺そんな曖昧な決意を元に歩き出した、二人を探し出すのに今度はどれぐらい時間が掛かるのだろう──。
と思ったら、急に目の前に見覚えのある階段が現われた。……これは確か、あの便利な階段。
俺が見上げると同時に山の斜面から二つの人影が近づいて来る、それは間違えようもなく姉妹のものだった。
「救世主さま!」
俺の顔を見るなりキョウシちゃんが声を上げる。良かった、直ぐに見つかった。それにしても何やら切羽詰っている様子だ。やはり何かが起こっているのだろう。
「良かった、二人の事を探してたんだ。とにかく色々と聞かせて貰いたい事が──」
「こっちにもあるわ」
「へ?」
何を聞かれるというのだろう、二人が知らなくて俺が知っている事といえば男たちの肛門のシワの数ぐらいだ。それともあの時の事を怒っているのだろうか。
ああ……、と今更のように後悔が押し寄せる。悪気はなかったのだ、触手の良さを二人に知って貰おうと思っただけなのだ。ついでに多少、衣服が破けたりエッチな展開になる事があるかもしれなもしれないが、それも不可抗力だと思っていたぐらいのこ──。
「どうして船なの?」
「……はい?」
「どうして船の形になったのかって聞いてるの!」
キョウシちゃんの質問が斜め上から来た、とてもじゃないが俺はその回答を持ち合わせていない。とりあえずさっきの思い付きを口にしておく。
「それは……、巨漢の趣味か何かです」
「あ、そういえばあの大きな塊って巨漢の人の剣だったわね」
そう言うとキョウシちゃんは考え込んでしまった、そんなどうでもいい事になぜそんな真剣になっているだろう。もしかしたらあの船に何か恐ろしい真実が隠されているのかも──。
「何もないですから気にしないで下さい」
「あ、ジョーシさん」
「なぜか気になったみたいです、しきりにその事ばかり話してましたので」
「そうなんだ……」
「とりあえず救世主さんも無事で良かったです」
ジョーシさんはひどく落ち着いていた、だがそれが違和感を増していた。今はそんなどうでもいい事について考えたり、のどかに互いの安否を確認し合っている場合なのだろうか。まるであの巨大な化け物が幻だったかのようだ。
「ジョーシさん、教えてくれ。あの化け物はどうなったんだ?」
「はい……、実はボクたちも手をこまねいてまして」
急にジョーシさんの表情が曇る、やはり幻ではなかったのだ。これを喜んでいいのか迷うところではあるが、少なくとも壮大な夢落ちは回避された。
「順番に話しましょうか、救世主さんたちが船に乗って落ちて行った後ですね」
「ああ、頼む」
「ワンテンポ遅れて穴から巨大な手が突き出して来ました、やはり地下にあったあの手と同じものです」
「やはりか……」
道中も俺たちを追い掛け回していたあの血色の悪い手だ。あれが俺たちの敵であるのは間違いなさそうだった。
「すかさず姉さんがその巨大な手を斬りつけました」
「おお!」
「ですが……、斬れなかったんです」
「え」
「かすり傷を付けた程度でした、あれは今までのものとは訳が違うようです」
今までのものとは違う……、ならあの化け物が一体なんなのだろう。ジョーシさんには察しがついているのだろうか?俺は浮かんだ疑問を口にする。
「あの化け物ってやっぱり、盾の信仰とは無関係なんだよね?」
「……恐らくは」
ジョーシさんがうなずく、やはりそうか。
これはあくまで印象に過ぎないが、盾の下から這い出して来た手、あれはどう考えても別の何かだった。その後に盾を裏側からガンガン殴り付けていたのを考えても間違いはなさそうだ。
「ジョーシさんにはあれが何か目星がついてるの……?」
「……」
俺の質問にジョーシさんは口を引き結ぶ。どういう反応だろう、言いたくないのか分からないのか、それともまた教団の名誉の為に隠し事でもしているのだろうか?それはそれでやっかいだ。
ここは無理にでも聞き出しておくべきかもしれない、なんなら土下座の一つでも──。
「救世主さま、あれはね、邪悪なものよ。この世ならざるもの、分かる?」
「……分かりません」
急にキョウシちゃんが口を挟んで来た、これは珍しい。だが俺の返答に満足がいかなかったらしく、直ぐに顔を背けてしまった。
……その説明で何を分かれっていうんだ。
「あなた方が教団の血縁者ですか?それと……、あなたが最初の救世主」
「うん?」
顔を向けるとそこには白髪混じりの男が居た、どこかで見覚えのある顔だ。そんな俺の反応とは違い、姉妹は少し動揺したように見える。
だがその動揺も一瞬だった。ここぞとばかりに次期教祖スマイルを浮かべると、キョウシちゃんはその男に問い返す。
「失礼ですが、あなたは?」
「ああ、名乗るのを忘れていましたね。私は教会の……、いや、今は預言者の使いと言った方が良いでしょうか」
預言者の使い、その言葉に姉妹はよりハッキリと驚きを示した。
どうでもいいが、もしこの男にあだ名を付けるとしたら、預言者の使いでヨーシさん辺りになるだろうか。
「お姉さまの……?」
「おお、やはり間違いなかったようですな。なら手短に用件を伝えねばなりません」
そう言うと男は安心したように表情を崩した、その顔を見て急に俺の腹が悲鳴を上げる。
「あ!あんたは願望の間で俺たちに大量の肉を食わせてくれた、あの年長の男!」
「……ええっと、この方は何をおっしゃられてるんですか?」
「救世主さん!ちょっとこちらへ!」
完全に思い出した、俺の腹が忘れていなかった。この男は願望の間の俺たちをもてなしてくれた集落の中心人物だ。
ここで会ったが百年目!お礼の気持ちや感謝の言葉の一つや二つ、ぶつけてやらねば気が済ま──。
「救世主さん、落ち着いて下さい!」
ジョーシさんが俺を男から引き離す、そして声を潜めて言った。
「ボクたちもあの男の事は知っています。ボクたちの方が、ですかね。……あの男は盾の教会の神父です。言わばボクたちの敵、のはずなのですが。それがお姉さまの指示で来ているという事はきっと何か事情があるはずです」
「大量の肉を食わせてくれたりか」
「違います。というか、地下であった事はボクたちしか知りません。見た目は同じですがあの人は無関係なので、余り話をかき乱さないで下さい。いいですか?」
何やら念を押されてしまった、まるで子ども扱いだ。俺にだって地下が特殊な空間だって事ぐらい分かってる、つい口に出てしまっただけじゃないか。
俺の不満そうな顔をスルーして、ジョーシさんは男の方へと戻る。話が気になって仕方がないようだ。
「あなた方の預言者はこう言われていました、もう時間がない、と」
「……」
その言葉を聞き俺は生つばを呑む、どうやら切羽詰った状況らしい。
すると話に戻ったばかりのジョーシさんが口を開く。
「あの、それはどういう──」
「更にこうも言われていました。余計な質問などせずに、ちゃんと聞いて自分たちの使命を全うしなさい、このクソ○○ども、と。……いえ、今のは決して私の言葉ではありませんよ?」
穏やかな口調で男が言う。これは怒っておられる、ヨージョさまが怒っていらっしゃられる。その言葉に肝が冷えたのはどうやら俺一人ではなかったらしい。
ジョーシさんが口をパクパクと動かし、キョウシちゃんの目が虚空を見ている。珍しい反応だ、やはり長女が本気で怒るのは恐ろしいらしい。
その反応を確認してから、男はゆっくりと口を開いた。
「ご存知の通り、私は教会の神父をしております。盾の教会、と言った方が良いでしょうか。おや?」
その時、地響きがした。広場から口々に山が揺れたという声が上がる。
「……どうやら本当にまずい事になっているようですね。いいですか、聞いて下さい。この事態を治めるには我々が協力し合う必要があります、もういがみ合っている場合ではないのです」
「それは……、姉さまが、いえ、預言者さまが言ったんですね?」
「はい。もし協力できなければ、辺り一面は灰燼に帰すだろうとも……」
男の言葉を後押しするように再び地響きが起こる。それはヨージョさまが怒っているようでもあった。
コブシを握り締めてジョーシさんが言う。
「いきなり協力と言われても良く分かりません。ボクたちは一体何をすればいいんですか?」
「それは……、まず戦う事だと、預言者は言っていました」
まず戦う……?なんだ、いつも通りじゃないか。その言葉に俺は少し安心したが、その戦う相手というのはやはりあの化け物なのだろうか。だとしたら剣の通じない相手にどうやって戦えばいいのだ。
「戦う為にも、平常心を保つ事が大事だと言われていました。いいですか?何が起こっても慌てたり恐れたり羽目を外してはいけま──」
男の言葉が終わる前に今度は更に大きな震動が起こり、それと同時に山の方から爆発音がした。慌てて山を見上げると、山頂から何かが噴出している。
呆然と見上げる俺に、広場からいくつもの声が上がる。
「噴火だ!」




