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剣の不時着

「お前ら……、平気なのか?」


 俺は唖然と男たちを眺めていた。俺の触手で責め立てられたはずなのに平然な顔をしている、尻男たちと同じように快楽にむせび泣けばいいものを。

 しかもその表情はどうやら痩せ我慢という訳でもないらしい。


「剣には!剣だ!」

「そうそうやられてばかりもいられませんからね」

「ワンパ……、ターン……」


 男たちの体を見ると巻き付いた触手の下にそれぞれの剣が隠れていた、どうやらその剣で俺の触手の攻撃(?)を防いでいるらしい。器用な連中だ。


「こんなもんナァー、大したことないゼェー」


 巨漢の体を見るとその触手の下にも剣が──、なかった。こいつにはそんな小細工必要ないらしい。筋肉が分厚いのか単に鈍感なだけなのか……。


「救世主さん!我に返ったならどうにかして下さいよ!」


 ジョーシさんの悲鳴のような声が響いた。そうだ、そうだったのだ。俺は触手大王ではなかったのだ、なら二人をこれ以上追い立てる必要はないだろう。

 なぜか聞こえた男たちの舌打ちをスルーして俺は考える、どうすればいい。どうすれば姉妹を救えるのか……。

 俺に一体何が出来るのだろう。背後からは尻男たちの汚いむせび泣きと、巨大な物体が更に巨大な何者かによって押し出される音が響いていた。

 その動きは断続的に、押して・止まってを繰り返している。これを俺に止められるかというと……、無理だ。ハッキリ言って不可能だ。

 出来る事と言えばさっきと同じように方向を変えるぐらいだろうか、だが方向を変えるぐらいで何が出来るのだろう。いや──、出来る。そうか、手段はあった!


「キョウシちゃん!横に小さくていいから穴を掘ってくれな──」

「ちょっと待テェー、それじゃ俺たちがペチャンコにされちまわねぇカー?」

「あっ……」


 確かにそうだ、方向を変えたところでその先に自動で道が出来る訳ではないのだ。姉妹は助かるが俺たちが押し潰されてしまう。だがそれをよりによって巨漢に指摘されるとは……。


「俺たちを!殺す気か!」

「やれやれ、少しは見直した私がバカでしたよ」

「想像力が……、足りない……」


 更に男たちの追撃が加わる、こいつら俺が助けてやった事を忘れてるんじゃなかろうな……。

 ん?そうだ、助けてやったのだ。


「いや、待て待て。穴は俺が掘ればいいんだ。すると触手は解放する事になるが、お前ら十分休んだよな?ならもう自分で走れるだろ」

「……」


 俺の言葉になぜか男たちが絶句する。すっかり忘れていたのだろうか……?それとも。


「それとも自分を負かした女の子が追い詰められてるのを見て楽しんでいたいのか?こんな形で復讐を果たして満足な──」

「アネさんンー、横に穴を作ってくだセェー」


 今更のように巨漢がわめいたその時だった、急に姉妹が光りを発したのだ──、いや、前方から光りが射した。

 思わず目を細めるが、ランプの明かりすらまともに見ていなかった俺の目は、まぶしさを通り越して痛みを感じていた。そして世界は白く塗り替えられる──。



「やりましたね、姉さん」

「もう……、いい加減にして欲しいわよ」


 姉妹の声に目を薄く開く、すると俺は山の斜面に居た。押し出されて停止して、ちょうど外に顔を出したところらしい。

 まずい、と思った。このままでは次の押し出しによって俺たちは山の斜面から吹き飛ばされてしまう。その前にこの巨大な物体から離れねば。

 そしてここから降りるには。そうだ、こんな時の為に持って来た例の階段が役に立つだろう。やはり回収して良かった、俺の判断は間違っていなかったのだ。

 懐に手を入れると小さなオモチャのような階段があった。よし、これを──。


「救世主さま、それ貸して」

「はい、どうぞ」


 いつの間にか近くに居たらしいキョウシちゃんに条件反射のように階段を手渡す。まぶしい光の中で俺を鋭く睨むその瞳は情け容赦のない厳格な天使のようだった。

 結婚して。


「おい!独り言!」

「ギリギリの状況が理解できないんですか!?」

「早く……、放せ……」

「このからんだ剣が邪魔で動けねぇんだヨォ!」


 そうだった、先に触手を解放せねば。でないと俺たちは次の一撃で山から吹き飛ばされてしま──、ね?こんな感じに。


「いってらっしゃーい」

「姉さん……」


 キョウシちゃんが笑顔で手を振る、その笑顔には明るさというより暗く濁った感情が潜んでいるようだった。怒ってる、この子怒ってるよ!


「ご、ごめんなさーい!!」


 俺の必死の謝罪が宙に浮かぶ。巨大な物体と共に吹き飛ばされた俺たちは、ひと時の浮遊感と共に宙を舞い遥か下方の街目掛けて落下して行く。街の建物が怖い、剣の形をしているせいか串刺しにでもされそうだ。なんて趣味が悪い建築物なんだ。


「どうするんだ!これは!」

「つくづくあなたはダメな男ですね、どうしてこんな事になる前にちゃんと対策を取っておかな──」

「空は……、飛べない……」


 やかましいなこいつら、少しは黙って考え事が出来ないのか。俺のように冷静でクールでドジっ子で愛され属性満点のフライングドールベイビーのような男になりたくないのだろうか。


「落ちる!落ちるぞ!?」

「そもそも私は初めて見た時からこの男の事が気に入らな──」

「着地も……、出来ない……」

「ええい、もうどうとでもなりやがレェー!」


 飛べない鳥はただの焼き鳥、夜空に投げれば白鳥座?流れ星だよ全員集合、星にぶつかり感無量。飽きない、商い、ああ着ない。占い、裏ない、売ーらない。って、俺は一体何を言って──。

 俺の脳が現実逃避のカオスワールドから帰還すると、いつの間にか大船に乗っていた。そして背後の巨大な物体が姿を消している。つまりこれは……、変形したのか?

 確かにあの物体はかなりの数の剣が集まったものだ、あれだけの数があればこの船のような形になる事も可能だろう。可能だろうが……。


「もうちょっといい形にならなかったのかー!?」

「文句言うんならてめぇがやりやがレェー!」


 俺たちを乗せた船は山すそへ落下すると強引に木々を押し潰して進んでいく、その乗り心地はまさに最悪のボロ船だった。俺の触手が支えてくれてはいたがその揺れとどうにもならない震動と、更に枝や木をへし折る感触が体へと直に押し寄せて来る。

 まさか陸の船で酔うとは思わなかった、大船に乗った気持ちとは断じてこんなものでは無い。そうだ、今こそ階段を使えば──。ってさっきキョウシちゃんに渡してしまった、渡してしまった?ああ、キョウシちゃんごめんなさい、助けて!


「泣き言が!うるさい!」

「どうにもこうにも、これはもう笑えない状況になって。はは、あはははは!」

「もう……、やめて……」

「んなの大したことねぇゾー!」

「うわあマ”ーダメ妹殺たくな男の姉ぶひぃにゃにゃー!?」


 更に尻男たちの七色の悲鳴も加わって大船は悪路の上を滑走する。騒音と震動と尻肉と筋肉等々、とにかく嫌になるようなものがかき混ぜられオジヤのように輪郭がなくなっていく。気が狂いそうだ。

 これはキョウシちゃんを追い詰めてしまった罰なのか、それとも単に運が悪いだけなのか。良くは分からないがとにかく強烈な後悔と反省が体を貫いていく。


「お、俺ハァ、殺してモォ!しっ、死なんゾォー!」




 臭い、最初に感じたのはそれだった。蒸すような男臭さだ。どうやら少し気を失っていたらしい、最後に覚えているのは大きな衝撃と大量の尻が俺目掛けて襲い掛かって来た事だった──。


「いててて……」


 そんな嫌な記憶は忘れてしまおう、俺は体を圧迫している何重にも積み重なった男たちの体を掻き分ける。そして誰のものだか分からない手足を左右に押し退ける。ええい、尻も邪魔だ。

 どうやら俺はまだ生きているらしい。周囲に目をやると大船の上は折り重なった全裸の男たちと、それに巻きついた触手で見るも無残な光景を作り出していた。

 尻男たちは動かない、だがその尻は呼吸するように上下している。気を失っているだけだろう。俺はソッと触手を元の剣の形に戻すと、ボーダレスになり更におぞましさを増した男たちの花園から目をそらした。

 それにしても妙に騒がしい、この声はどこから来るのだろう。そういえば男たちの姿もない。船の周囲を見渡すと、そこには建物があった。見間違うはずもない剣の形をした建物だ。どうやら俺たちは街の中に居るらしい。

 立ち上がり船の端へと歩く、すると周囲を街の人たちが取り囲んでいた。どうやら広場に漂着したらしい、タチの悪い闖入者(ちんにゅうしゃ)によって破壊された市の出店が亡骸となって船の下敷きになっている。


「そこで俺たちが見たものがヨォー」


 一際大きな声に目をやると、巨漢が酒を片手に嬉しそうに話をしていた。その回りにも人だかりが出来ていて、そこに混ざった長髪もまんざらでもない表情で語っている。

 うん?その隅で一人チビチビと飲んでいるのは前髪のようだ、あいつには他人に話を聞かせる趣味はないらしい。

 ああ、飲み物……。俺は喉が渇いていた。延々と地獄のようなマラソンを続けて来たのだ、無理はないだろう。だが今はこんな風に酒を飲んで談笑していられる状況だっただろうか。


「そこで俺があのォ、デカイ得物を使ってだナァー」


 巨漢の声にハッとする。そうだ、あの化け物はどうなったのだ。背後の山に目をやるが、そこにあるのはこの船によってなぎ倒された木々とその先の小さな穴だった。それだけだった。

 あの巨大な手とその本体はどこへ消えたのだろう、出て来なかった?案外照れ屋さんなのだろうか……?それに、キョウシちゃんたちはどこだ。


「独り言!こいつを頼む!」


 視線を落とすと目力が居た、そして大量の布を俺に向かってぶちまける。


「わっぷ!?」


 息が詰まる、顔面で受け止めてしまった。尻よりマシだが嬉しくはない。

 布はどうやら衣服のようだが、どこからかき集めてきたのだろう、余り良い品とは言えなかった。これをどうしろと?

 俺が途方に暮れていると背後の尻が動いた、そして俺に会釈してから布を一つかっさらう。ああ、そういう事か。目力は案外気が効く奴らしい。

 それでも俺は途方に暮れていた、今は一体どういう状況なのか。あの化け物は、姉妹はどうなってしまったのか。俺が気を失っている間に何があったのか。

 尻が人になっていく不思議な光景を見守りながら、俺は目覚めたばかりの現実に迷子になっていた。

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