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剣の王

 俺に避ける手段など無かった。またも襲って来た尻の強烈で大胆な突撃によって、俺は再び顔面に痛みと臭みを受けて吹き飛ばされた。

 まるで寄せては返す波だ。巨漢の言う、しっかりつかまレーというのはそういう意味か。つかまっていないと今の俺のような無限ループに入るのだ。

 だが、どこにつかまれというのだろう。さっき一瞬だが俺の目に映ったのはひしめき合った尻だ、巨大な物体が放つ薄い光を遮断するほどの尻の壁だった。

 巨漢だけは剣の柄のような物を握り締めていたが、その場所を俺に譲るとは到底思えなかった。

 なら他につかまる場所といえば一つしかない……、尻だ!嫌だ!


「嫌だああぁああぁ!おろろっ!?」


 その考えに至るや否や、俺は走り出していた──はずだった。残念ながら俺の体はほとんど前へ進む事なくゴロリと倒れ込む。激しい運動から解放されたばかりの俺の体は更なる運動を拒否したのだ、働きたくないでゴロリ。

 体に力が入らない、ただの肉片と化した俺の体に虚脱感と幸福感が押し寄せる。そして当然、例の物体も寄せて来──。


「尻だあぁああぁあ!?」


 地響きと共に俺の目の前に健康的な尻がいくつも飛んで来る、これが女のものであればどれだけ良かったか。そんな痛みならいくらでも耐えようと思えるのに、残念ながらこの尻は全て歪んだ欲望にまみれたただの臭いケツだった。

 その汚いケツがこれでもかと俺の顔面目掛けて強烈な一撃をぶちかまし──。止まった、助かった!?


「早くつかまレェー」


 震動は続いていた、どうやら偶然目の前で止まっただけらしい。それでもこれはチャンスだ、今の内に俺もこの尻に仲間入りしなければ。

 しかし、どこにつかまるというのか。俺は尻を選ぶように視線を走らせるが、そこに少しの隙間もなかった。だが早くしないと再び動き出してしまう……。

 尻男たちの表情が目に入る、綺麗に並んだ尻という滑稽なビジュアルに反して連中はかなり必死な顔をしている。それもそのはず、振り落とされたら俺と同じような目に合うのだ。

 これは見た目ほど無事でも楽な状況でもないらしい。


「どうしタァー?」


 地響きが迫る、それでも俺は迷っていた。尻に抱き付くのが嫌だった訳ではない、事もないが。

 だが仮に抱きついたとして、足は楽になるが今度は腕がガタガタになってしまうのではないだろうか。俺の疲労度は既にマックスだし、尻男たちをこんな不毛な苦しみから解放してやりたいという気持ちもあった。

 その為には、その為に俺はどうすればいい──。


「俺は……、俺は救世主だ!」




「にゃにゃっ、そこは出す穴にゃあ。入れる穴じゃないにゃあ……」

「あっ!やめてくれ、俺の始めては男の娘に捧げると決めて……、ああっ!?」

「そんな……、俺が作ったハーレムはこんな行為を教えてくれなかったのに。何という屈辱!気持ちいいっ!」

「見るな!よがっている俺を見るんじゃない!」

「違うんだ妹たちよ!俺が愛しているのはお前たちだけであって、あくまでこれは体だけの……あはんっ」

「俺の燃え盛るフレッシュソード(肉棒)が耐え難い恥辱にまみれている……、こんな事が許されていいはずがアヘェ」

「お姉ちゃん……。ああ、お姉ちゃんっ!?」


 男たちのあえぎ声が聞こえる。それは聞くに耐えない無残な響きだった、それでも俺は自分の成し遂げた事に満足感を感じていた。

 これが人を救うという事だ、救世主たるべき者の使命なのだ。いかに神の剣を使いこなそうと、それで人を傷つけていたのでは意味がない。

 別に俺が弱いからこんな事を言っている訳ではない、これこそが救世主の仕事だと強調しているだけだ。別に他の男たちより自分の方が弱いとか、そんな事を気にしている訳では断じてない。ないったらない。


「独り言ォ、うるせぇゾー。だがナァ……、ちょっくら見直したゼェー」


 ようやく巨漢にも俺の価値が理解できたらしい。そうだ、この剣は戦う為だけにあるのではないのだ。

 ならなんの為にあるかって?そりゃあ決まってるじゃないか、もっと素敵な事の為だ。そうだな、例えば、──愛だ。


「何だ!あれは!?」

「あらあら、何か良からぬ事になってますねぇ……」

「独り言……、何をした……」


 俺たち(俺・巨漢・尻連中)が体に痛気持ちいい感触を味わっていると、いつの間にか走る男たちの背後へと迫っていた。その表情には驚きと同時にかなりの疲労の色が見えた。

 それなのになぜまだ走るのだろう。


「おイィー、お前らも休んだらどうダァー?」


 巨漢の穏やかな声が響く、それと同時に尻男たちが低いあえぎ声を発する。それは今までの苦境から解放された男たちの、官能的で汚い賛美歌のようだった。


「旦那ァ!俺は旦那を尊敬して……!」

「いやいやいやいや、やめて下さいよ。そんな粘り付くような声を出すのは。一体どんな攻撃ですかそれは!」

「まともな奴は……、いない……」


 なぜか男たちは俺たちを完全拒否しているようだ。姉妹に至っては軽く後ろを振り向いただけで何も言わない、照れてるんだろうか?

 確かに二度とするなと言われた手段ではあるが、これはあくまで人助けの為だ。状況が違ったのだ。なら褒められる事はあっても非難されるいわれはないだろう。何よりそれは巨漢や尻男たちの表情が証明してくれていた。

 この恋する肥溜めのような光景は俺が作り上げたものだ。そして俺がこの中で誰より救世主である資格を有する、そんな事を雄弁に語っていた。

 俺は救いの手を差し伸べるように逃げ回る小羊たちに話し掛ける。


「もう無理して走り回る必要はないんだ。さぁ、楽にすればいい。そして皆で一つになろう」

「……嫌です!」

「死んでも嫌」


 頑固な姉妹だ、だがそういうところも素敵だと言える。例え拒絶されようとも俺は君たちを受け入れるよ。この寛大な心で、そして揺るぎなき絆の力で。

 そう、救いこそ愛、そして愛こそが──。


「やめてと言ったじゃないですか、どうしてまた触手なんですか!?」


 愛こそが触手なのだ。

 この真理をどうして理解できないのだろう。


「来るな!化け物!」

「うすうすと感じてはいたのですが、やはりあの男はかなりの変態だったようですね」

「俺は……、もう降りるぞ……」


 突然、前髪が諦めたように足を止める。その背中へと押し出されるように触手で絡まった俺たちが襲い掛かる──。だがさっきのように前髪を吹き飛ばす事はなかった。

 俺の剣から伸びた触手は激しい勢いの中でも優しく前髪の体を受け止めていた、そして他の男たちと同じようにその体に絡み付く。思わず前髪が小さな吐息を漏らす。

 やはりこの力は素晴らしい。これぞ愛、愛こそ抱擁、愛こそ──。


「愛の押し売りは!やめろ!」

「くどくどと嘘くさい事を……。ですが、そろそろ私も限界が近いようです」


 今度は前髪がペースを落とす、憎まれ口を叩いていた割に他愛ない奴だ。しかし寛大な俺はそんな事を全く気にせず受け入れるよ、触手という名のもとに……。

 次は長髪が触手によって捕らえられる、こうなってしまえば可愛いものだ。受け入れがたかった長髪の笑みも今では古い友人の物のように思える。

 これで前座は後一人だ。


「何も怖がる事はない、お前の仲間たちも既に俺の手に落ちた。さっさと楽になったらどうだ?」

「仲間って……、言う……」


 前髪がまだ抵抗している、その無駄な自立心はなんなのだろう。


「独り言!さっきと態度が違うぞ!」


 目力は鋭い目で背後を振り返ると、抵抗するようにそう言った。だがそれが最後の力だったようだ、一気に全身の力が抜けたように倒れ込んでしまう。力を使い果たしたようだ。

 良く頑張った、俺の触手で念入りに介抱してやろう……。そして残るはメインディッシュだ。


「まだ走れる?」

「ボクは大丈夫です、それより姉さんの方が──」

「なら行くわよ」


 姉妹が一気にペースを上げる、その背中が遠くなっていく。まだこんな力が残っていたとは、大の男より数倍の体力があるらしい。

 だがそれも時間の問題だろう、どれだけ抵抗しようが人である限り最後は必ず落ちる。

 その時までせいぜい足掻くがいいわ!


「独り言ォ……、お前何かに取り憑かれてねぇカー?」




 姉妹の逃走は続いていた、そして男たちはどんどん触手に墜ちていった。甘く切なく、匂いそうな吐息がそこら中を満たしている。墜ちるがいい、もはやこれなしでは生きる事が出来ないほどに。

 やがて姉妹もこうなるのだ、それを考えると胸が躍った。


「キャラも目的も変わってねぇカー?」


 一時的に遠ざかっていた姉妹の背中が近付いて来ていた、さすがに限界が近いらしい。君たちは特別なのだ、どうせなら俺の目の前でよがって貰おう。触手の力と味をこれでもかと堪能して貰おうではないか。

 この世の全ては俺の為に。そう、すなわち触手王の為にあるのだ!


「敵は!こいつか!?」

「まぁまぁ、とりあえず様子を見ましょう。今のところは彼のお陰で助かっている訳ですから」

「こいつに……、付ける薬はない……」


 姉妹の背中が近付いて来る、その体のラインが。何度も夢想したその衣服の中身と快楽に耐える表情、それがやっと手に入るのだ。

 それこそが俺の旅の終わり、冒険の終着地点。今こそ全てが完結する──!


「姉さん……、大丈夫ですか?」

「少し近道するわよ。行けるわね?神の剣」


 キョウシちゃんは何やらつぶやくと手にした剣を壁に突き刺した、するとたちまち穴が出来上がる。そのまま走りつつ手元が揺れると、あっという間に道が出来ていく。見事な手際だ。

 だが、あれだけ嫌がっていた穴掘りをキョウシちゃんが始めたのだ。これは意外な事ではあったが、それほどあの子が切羽詰っているのを意味していた。後少しだ……。

 俺は触手を使って新しい穴の方へと向きを合わせる。すると巨大な物体は思った通りに道を切り替え、姉妹の後を追う。もう少しだ、もう少しで全てが手に入る。


「どうして追ってくるんですかー!?」


 ジョーシさんの悲鳴がこだまする。どうしてだって?そんなの決まっているじゃないか、二人を触手と共にこの手に収め、触手王としてこの世界に君臨す……あれ?俺、何やってんだっけ?


「救いようが!ない!」

「つくづくどうしようもない人ですねぇ」

「ここで……、気付くか……」

「どうせならヨォー、アネさんたちをひんむいてからにしろよナー」


 男たちの非難が巻き起こる、やはりこいつらもただの男だったようだ。

ちょいと体調不良

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