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剣の逃走団

 俺たちは何も言えなかった、大の男五人が女の子二人に完全に気圧されていたのだ。二人というか、主に片方の女の子に。

 だって仕方がないのだ、俺たち全員キョウシちゃんと戦って負けたんだから。今更この子に逆らおうなんて思う奴が居るはずがなかった。まぁ俺はまともに戦った事すらないが……。


「……」


 沈黙が続いた。それは同意を表すというより、単純に恐怖で動けなかったのだ。するとそんな俺たちの遥か下方から、急に金属を叩くような鈍い音が響いて来た。しかも一度だけではなく何度もだ。

 俺と巨漢は思わず穴の下を覗き込む、すると盾……じゃなくて板のようなものが膨らんで見えた。

 いや、これは膨らんでいるのではない、きっと裏側から叩かれているのだ。板がいびつな形に膨らんでいく、それは何かの崩壊を予感させた。

 キョウシちゃんがブルっと震える。そしてその口が開かれようとした時、弾かれるような音と共に巨大な板が飛び上がった。


「逃げるわよ!」


 その声と共に俺は走り出していた。一瞬、飛び上がった板の下に何かの姿を見た気がしたが、俺はキョウシちゃんの張り詰めた声を優先した。

 キョウシちゃんを先頭に男たちも走り出す。一人、うずくまったままの前髪を巨漢が回収して、俺たちは完全に逃走に入った。それぞれが手にした剣が光り出す、男たちもその使い方を知っていたらしくそれなりの明るさになった。

 巨漢がドスドスと音を立てながら走っている、狭い穴の中で頭をぶつけそうになりながら。思ったより軽快な動きだったが、その顔はいくらか血の気が失せているようだ。


「アネさん。なんですかィ、あのバカデカイやつァ……」


 走りながら巨漢がつぶやく。お前が言うか、とは思ったが。どうやらこの巨漢はハッキリと見たらしい、板の下から這い出した血色の悪い手の正体を。

 一体どんな姿だったのだろう、キョウシちゃんも恐れるような存在、体が拒否反応を示すような何か。それは以前あそこに居た化け物どもとはまた違った何かなのだろう……。見たい、でも見たくない。複雑な男心に何やら胸がもやもやする。


「ぶつくさ言ってないで走りなさい、遅れたら容赦しないわよ!」


 その声に男たちの中から悲鳴のような声が漏れる、そして俄然ペースが上がった。

 しかしキョウシちゃんたちが本気で走れば俺たちなんてあっという間に置いて行けるだろう。だがそれをしないのは、なんだかんだで面倒見がいいのだ。

 そんな心優しいキョウシちゃんの背中を追い掛けていると、姉の袖をジョーシさんが握っているのが目に付いた。どうやらジョーシさんが姉の速度を制御してくれているらしい。

 前言撤回。本気で置いて行く気だ、ジョーシさんありがとう!面倒見がいいのは妹さんだけだった!などとつぶやいていると長髪の背中が一気に近付いて来──。


「急に!止まるな!」

「おやおや、何ですか今度は」

「アネさんンー、急ぐんじゃないんですかイー?」

「扱いが……、荒い……」


 男たちが口々に不満を漏らす、姉妹が足を止めたようだ。危なく長髪の背中にキッスをかますところだった。

 急にどうしたのだろう、まさか休憩タイムを取ってくれた訳ではないはず。視線を先に向けると姉妹の前で道が二手に分かれていた──。

 何か懐かしい感じがした、それともデジャブだろうか。前にもこんな場所でどちらに行くか迷った気がする、そして俺たちが選んだのは真っ直ぐ上へと続く道だった。

 俺は姉妹へと歩みよる。すると姉妹は俺の顔を見て、それぞれにうなずき合った。言わずとも分かる、その表情が全てを表していた。

 そして俺たちは何かを確信すると、真っ直ぐの道へと足を踏み出したのだった──。


「やはりこっちですよね、救世主さんもそのつもりでしたか」


 少し走ってからジョーシさんが話し掛けて来る。


「ん?何が?」

「何がって、その……。こちら側のルートはまだ通ってないので、信者の方が紛れ込んでいるかもしれない。だから今度はこちらの道を選ぶべきだと」

「ああ、なるほど。そうだな」


 そういえばこっちのルートを忘れていた。確かこっちは喋る岩の間へとつながっていたはずだ、すっかり忘れてた。


「……救世主さん、さっきはどうしてうなずいたんですか?」

「え?なんか懐かしい場所だなって。ジョーシさんが道を間違えた場所だよなーって。思い出してちょっと噴き出しそうになったけど」

「どうして余計な事だけ覚えてるんですか……」


 ジョーシさんが心底呆れたように言う、どうやら思っていた事が少々食い違っていたようだ。


「姉さん!救世主さんは何も分かってなかったようです」

「ほんとね。こっちの方が道が真っ直ぐで走りやすいからに決まってるじゃない、そうでしょ?」

「姉さん!?」


 ジョーシさんが甲高い声を上げる。やはり俺たちは通じ合っていた、何も言わずとも目を見るだけで分かるのだ。以心伝心、この真っ直ぐな道は俺たちの一糸乱れる事ない結束を表しているようだった。


「何よ、大きな声を上げて。なら戻る?今ならまだ何とかなるけど」

「戻りません!」

「にゃーにゃー、ハァハァ、にゃーにゃー、ハァハァ、にゃーにゃー。にゃー!」


 そして野太い猫なで声と共に突如俺たちの前に現われたのは、黒い塊に馬乗りになった男の姿だった。その欲望に溺れた表情には覚えがある、やはりジョーシさんの予想は当たっていたらしい。こっちのルートを進んだ連中も居たのだ。しかしそれは余り嬉しくない正解だった。

 思わず言葉を失くす俺、だがキョウシちゃんは無感動なほど冷淡に黒い塊と男の服を切り裂いていた。少しも足を止める事はなかった──。


「やはり!見事だ!」

「我々としてもこれは見習う必要がありますねぇ」

「素振りは……、嫌だ……」

「よいしょっとォ。暴れるんじゃねぇゾー」


 男たちが口々に感想を述べる。こいつらの反応も中々ドライだ。黒い塊と妙な戯れをしていた男の存在など無かったように。

 こいつらの頭の中には戦いしかないのか、それともそんな欲望にまみれた男の姿は既に見飽きているか。考えられるのはどちらかだ。

 俺に関して言えばいくら見ても慣れる事はない、不快でどこか哀れだった……。


「にゃっ、にゃにゃ!?」


 いきなり全裸にされて夢の世界から放り出された男は、なぜか巨漢の太い腕によって回収されていた。混乱するのも無理はない、恐らく今まで美形の猫娘か美しい猫そのものと戯れていたのだ。それがいきなり無骨な男を濃縮して煮詰めたような巨漢の腕に抱かれ、その筋肉の抱擁を受けている。俺なら思わず失禁するか発狂するような事態だろう。

 それを考えると男の耳障りな猫マネも股間から生えているらしい短い尻尾も、さして気にはならなかった。……ん?尻尾?


「聞いてるカァー?落ちたらひどい目に合わせっゾー」


 拾い上げた男を怒鳴りつけてはいるが、この巨漢、どうやら猫マネ男を担いで行くらしい。脅す時間がなくて俺やジョーシさんですらスルーしたというのになぜ……。別にキョウシちゃんに命令された訳でもないはずだ。


「ボクにあんな状態の人をどうしろって言うんですか……」


 もしあのまま放置されればどうなるのだろう。あの不健康な化け物が追って来ているかは分からないが、そうでなくとも放置された挙句に快楽にひたったまま餓死する可能性は高かった。

 それをこの巨漢が救ったらしい……。やはり案外いい奴なのだ、もしかしたら人も殺していないかもしれない。


「もっと強く、強くお願いします!」


 再び明かりに照らされ現われたのは、人型の黒い塊に尻を叩かれ悶えている全裸の男だった。キョウシちゃんが何一つ動じる事なく黒い塊を切り裂き、ついでに全裸の男の頭髪を宙にばら撒いた。


「ああ、ありがとうございま……あら?」

「ジタバタすんジャーねーゾォ」


 快楽にひたり切った男がキョウシちゃんの手によって無残な姿に変えられる、そして巨漢の手に拾われて現実へと引き戻される。少々形は変わったが、前にも似たような事をしていた気がする。

 嫌なデジャブだった、出来れば二度と繰り返したくない光景が再び目の前で繰り広げられていた。俺は既に吐き気を覚えて胸をさする、その時だった──。


「うおっ!?」

「これは……、何でしょう」


 背後から地響きのようなものを感じた、それは決して前から来る欲に溺れた男のうめき声ではない。足元から、地の底から湧いて来るような音だった。

 キョウシちゃんが足を止めて背後を振り返る。視線の先にあるのは明かり一つない闇の世界だったが、キョウシちゃんには何か見えているのかもしれない。


「あのバカデカイやつカァー」


 二つの尻を抱えた巨漢が口を開く、その存在をハッキリ見たのはこの巨漢ただ一人だ。その言葉にはこれまでにない重苦しさがあるように感じられた。


「行くわよ!」


 再びキョウシちゃんが走り出す、正体の知れない何かから逃げる為に。誰も口にはしなかったが、震動は静かに続いていた。つまりそれは、確実に何かが迫っている事を意味していた。それでも俺たちには逃げるしか手段がなかったのだ──。

 にしても、と俺はジョーシさんに話し掛ける。


「いつから気付いてたの?」

「何がですか?」

「あれが盾だってこと」

「違います、盾じゃないです。……板です」


 大して気になっていた訳ではないのだが、少しばかりハッキリさせておきたかったのだ。果たして姉妹はいつからその事実に気付いていたのかを。地底にあったあの巨大な盾の事だ。

 ぶっちゃけ恐怖から目をそらしたかったのもある。


「それは分かったからさ……、もう今更じゃない?」

「では……、板という前提で話させて貰います。そうですね、確かサビ同士がぶつかった、という話を聞いてからですね。もしかしたらと思っていました」


 つまり今回ここに降りて来る前には予想がついていたのか。


「まぁ、その前からサビ人間がやたらと盾の教会に厳しいのを見て、薄々勘付いてはいたんですが……」

「え、そんな前から?」

「当然あの板が何であるかは分かりませんでしたよ?ただ、やっぱりかと、そんな感じでしたね」

「そうか……」


 これはもうどっちが早く気付いたかというレベルではなかった。むしろどうして教えてくれなかったのか、と少し悲しくなるような返答だった。

 そんなちょっとおセンチな俺の前に再び半裸の男が現われ、それは当然のように巨漢によって回収された。

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