剣の妨害
触手の抱擁から解放された俺は、その板のような物を眺めていた。これは一体なんなのだろう……?
俺たちの足元にある地盤のような板。思い切り振り下ろされた巨漢の一撃によって中央がへこみ、その両端が地面から突き出ている。
「なぁ……、この板みたいなのって何?」
「……ただの岩ではないようですね」
残念ながらそれ以上の答は返ってこなかった、ジョーシさんも良く分かっていないらしい。仕方ないのでもう一度良く観察する。
とりあえずデカイ、広いと言った方がいいのだろうか。両端をつなげれば街が一つ丸々入るぐらいの大きさはある。そしてその両端は見事に真っ平らだ 自然物というより人工物に見える。
突き出した両端の片側は金属に見えるのだが、もう一方は黒い塊のようだ。そういえば……、前にサビ人間が出たのはこの辺りだったような。
「という事は……?」
俺は急速に核心へと迫りつつあった、そんな気がした。なので一旦俺の話を聞いていたであろうジョーシさんに全力でドヤ顔を向けてみる。
「……何ですか?何も聞こえてませんよ?」
だが反応はいまいちだった、わざと聞こえるように言ったはずなのにおかしいな。それとも俺に先を越されたのがそんなに悔しいのだろうか、大人しく負けを認めればいいものを。
そういえば、と俺の中に疑問が生まれる。あの板の下は一体どうなっているのだろう、と。俺たちがここを地の底だと思ったのはこの板があったからだ、この板にぶつかってこれ以上掘り進めないと思ったからだ。
しかし今は違う、その先が見えていた。以前の俺たちの限界を超えた先の領域がパックリと口を開いていた、これは覗くなという方が無理だろう。俺は湧き上がる興奮と感動を抑えながら、その隙間へ一歩二歩と足を進めた。
「救世主さん、どこに行くつもりで……おっとと」
「え、今度は何?」
すると急に地響きがした、それと共に板の下から黒い塊が放出される。まるで汚い噴水のようだ、見ていて余り気持ちのいいものではない。
それに続いて出て来たのは、巨大な指だった。板を下からつかみ上げるように出て来た。今度は何が湧いて来たのだ……?
「に、逃げましょう。……早く」
「姉さん……?」
キョウシちゃんがなぜかうずくまって体を押さえている。らしくない、どうしたというのだろう。
だって以前にもこの場所は巨大で悪鬼のような連中がわんさかと居たのだ。今更そんなデカイだけの連中にキョウシちゃんがビビるとも思えないたのだが……。
「そうですね、何か嫌な予感がします。救世主さんも、行きましょう」
「え、そうなの……?」
俺は再びその手を見る、確かに巨大で肌の色も土気色を通り越して紫色をしている。不健康この上ない。しかし別段変わった点があるようにも思えな──。
「救世主さま!早く!」
「はいっ!」
俺は背筋を伸ばし、いい返事を返す。そして従順な犬のようにテキパキと姉妹の元へと走った。俺にとってはキョウシちゃんの方が断然怖いです。
だがそのキョウシちゃんは寒さに震えるように両手で体を押さえている。
「あれはダメ、何かダメなやつ……」
うわ言のようにキョウシちゃんが言う、その顔は引きつっていて人相まで違って見える。今までにこんな表情は見た事がない、まるで全身で何かを拒絶しているかのようだ。あの手にそこまで思わすようなものがあるらしい、俺もちょっと怖くなって来た。
巨大な手が板を揺する、それに合わせて俺たちの足元も震動する。やはり出ようとしているのだろうか、キョウシちゃんも恐れるような何かが、この下から。
俺たちは手早く階段に飛び乗ると、あっという間に雲の上まで移動した。便利だ、なんて便利な階段なんだ。これでかなりの距離が稼げただろう。そう思って下を覗くと、今度はもう一つの穴からも指が出ていた。そして階段が揺れる、これは長く持ちそうにない……。
しかし俺にはもう一つ気になった事があった。
「もったいなくないか?」
「何がですか?」
「この階段、どうせなら持って行った方が良くない?」
「まぁ……、確かにそうですね」
どうやらジョーシさんはそれほど興味がないらしい。なぜだろう、こんなに良く出来ているのに。きっとこれは何かの役に立つ、俺はなぜかそう確信していた。
それに再びこの場所に戻って来れるか分からないのだ。これだけの数の剣を放置するのはどう考えてももったいないだろう。信者なのにそこには気付かないのだろうか。
「いいから早く逃げましょうよ!」
次の階段の前でキョウシちゃんがスタンバっている。いいから、とは神の剣なんてどうでもいいから、という意味だろうか。俺の怪訝な顔に気付くとジョーシさんがフォローするように言う。
「小さくすればいいんじゃないでしょうか、剣を握って小さくなれと願って下さい」
俺はサッと階段の端を握ると、小さくなれ小さくなれと心の中でつぶやいた。すると見る見る小さくなった階段が俺の手に納まった。何これ、可愛い。
「救世主さま!」
そして俺はキョウシちゃんに言われるまま、次の階段に足を乗せて頭上に目をやった。すると何やら妙な光景が──。
「何、あれ」
「あれはあの大きな人の、更に大きな剣ですね」
「それは分かるけどさ……。何をやってるのよ、もう!」
そこには巨大な物体があった、天井の穴からこれでもかとはみ出した例の塔のような物体だ。完全につっかえている、というかどうやったって入りようが無いのだ。なぜあんな事に……。
階段は俺たちを乗せて急速に天井へ向かって伸びていた、このままではぶつかってしまう。慌てて俺は背後へ下がる、階段を何段か下りるとジョーシさんもそれに従った。
しかしキョウシちゃんは動かない。ダメだ、このままでは──。
「ストップ!!」
それは中々気合の入ったひと声だった、剣はピタリと動きを止める。すると俺とジョーシさんは階段の上で踊るように転がった。
危ない、階段の先に居たら真っ逆さまに落ちていただろう。ヒヤリとしながら顔を上げると微動だにしていないキョウシちゃんが目の前の巨大な物体をにらみ付けていた。
「聞こえるー?通れないんだけど!」
明らかに不満の混じった声でキョウシちゃんが叫ぶ、すると巨大な物体が僅かに動いた。
「あァ、その声はアネさんですかイー?」
巨漢の能天気な声が聞こえる、やはり居た。どうやら俺たちが戻れないように封鎖している訳ではないらしい。
「ですかイー、じゃないわよ!小さく出来ないの?これ」
「いやァー、それはアネさん。ちょっと酷ですわァー」
何が起こっているのだろう、巨漢が困ったような声を上げる。その声にキョウシちゃんが少しイラついた様子で返す。
「何の問題があるのよー?」
「いやァー、これを小さくしちまうトー、俺のチャームポイントがァー」
「いいからさっさとしなさい!」
キョウシちゃんの怒声が響く、これもまた珍しい。いつもならとっくに実力行使に走っているのだが、これは成長したと言えるのだろうか。
塞がった穴の向こう側から、ヒィッという小さな悲鳴が聞こえる。なぜか巨漢がどんどん可愛く思えて来る。チャームポイントとか言ってるし。図体の割りに何を気にしているのだろう。
「んガァー、うガァー、あガァー」
巨漢の奇妙なうめき声が聞こえると、それに合わせて巨大な物体がしぼみ出す。十分な小さくなったのを確認すると、キョウシちゃんは足を鳴らして階段を穴の中へと移動させた。
中々の女帝っぷりだ、人が違って見える。あの紫の手に追われているせいか、巨漢にアネさんと呼ばれ出したせいか、何かがキョウシちゃんを変化させていた。
「姉さん……」
ジョーシさんが不安な声を上げる、その気持ちは俺も同じだった。
「素敵です……!」
同じじゃなかった。
「すいませんネー、アネさん。手間掛けさせちまっ──」
「いいから早く行くわよ、こんなところでウダウダやってる暇はないの!」
キョウシちゃんがテキパキと言う、その奥には普通の棍棒サイズになった物体……もう棍棒でいいか。を持った巨漢と、男たちの姿があった。
「何だ!鼻息が荒いな!」
「おやおや、どうされたんですか?」
「まだ……、戦わない……」
穴に引っ掛かった巨漢を皆で待っていたようだ、やっぱりこいつら仲いいんじゃないか。
だがキョウシちゃんはその男たちを見て更にイライラしたらしい、剣を持った手元がプルプルと震えている。お前ら逃げろー!
「いやいや、巨漢さんがあなたを気遣って穴を壊したくないとおっしゃられたので、我々もここで立ち往生していたのです」
「旦那は結構!いい奴だ!」
「俺は……、動きたくないだけ……」
そんな和やかな会話の隙を狙って、俺は階段の回収に掛かる。小さくなーれ小さくなーれ。すると巨漢が俺の横から穴を覗き込んでいた。
「なんですかいあリャー、まるで盾みたいですガー」
巨漢の視線を追うと、そこには板があった。俺たちが地の底と思っていたあの板だ。不健康な手によって持ち上げられ、その輪郭がハッキリと浮かび上がっている。
これはどこかで見た気がする。いつかの教会にあったマークや、街の見世物で爺さんが掲げていた盾。あれにそっくりなのだ。
そうだ、盾だ。あれは盾だったんだ!
「……違うけど?」
「違いますね」
「え、違うの!?」
速攻で姉妹に否定された。おかしい、どこをどう見てもあの盾にしか見えないのだが……。
なぜか目を見開いてジョーシさんが言葉を続ける。
「そんな訳ないじゃないですか、こんな地下の奥底に封印された盾があるなんて。……もしそんな事があったとして、仮にあったとしてですよ?そんな事実が知れ渡ったら教団がどうなるか、分かって言ってるんですか?」
何が言いたいのだろう、ジョーシさんの言葉はいまいち説得力に欠いていた。目付きも何やら怪しい。
更に怪しい目付きの子が男たち(俺を含む)を睨みつけてから言った。
「あなたたち!この事を誰かに話したら……、どうなるか分かってるよね?」
そしてニッコリと笑った。それは見る者の背筋を凍らせる、天使のような悪魔の微笑みだった




