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剣の陥没

「うんンー?なんだァ、何しやがったァー?」


 巨漢の頭にハテナマークが浮かんでいる。だがそれは俺も同じだった。キョウシちゃんが生きていた!本当に亡霊のように元の位置に立っていたのだ。

 確かこの子は迫って来る壁のような物体に向かって自ら突き進んでいったはず、なのにどうして元の位置に居るのだろう。それに良く見ると地面に等間隔の穴があいている。これらの事実から推測される結論はただ一つ!

 えっと……、俺には分かりません。


「あの物体が少し浮き上がったように見えました」

「え、そうだっけ……?」


 そしてジョーシさんが語り出す。さすが腐っても頭脳派、これだけの情報で全てが分かってしまうのだ。俺と同じでキョウシちゃんがぶつかった瞬間は余り見ていなかったと思うだが、案外そうでもなかったらしい。


「恐らく、剣を使って持ち上げたんだと思います」

「うんうん。で……、どうやって?」

「恐らく、と言いました。詳しくは分かりません」


 やはり見ていなかったらしい、結局何一つ分からなかった。それでも説明しようとした度胸だけは評価すべきなのかもしれない。……そうでもないか。

 そんな事を言っていると急に巨漢が吠えた。


「くそおゥ!もう一回ダァー、食らいやがレー!」


 苦々しい顔をした巨漢が体をひねる、どうやらもう一度振り回すらしい。この巨漢の攻撃はこれ以外にないのだろうか。

 さっきとの違いと言えば向きぐらいだった。今度は逆だ、右から左へと振り回すらしい。巨漢の利き腕はどっちなのだ。

 そしてキョウシちゃんに再びチャンスが訪れていた、狙うなら今ですよ!間合いを詰めれば勝ちですよ!と声を大にして伝えたかったが、当然のようにキョウシちゃんは動かない。不敵な笑みを浮かべたままジッと相手を観察している。勝つ気がないのかこの子は……。

 巨漢がグルリと体を回す、すると巨大な壁がキョウシちゃん目掛けて飛び掛かった──。キョウシちゃんが走る、巨大な物体に向かって。そして金属音が響くと少しだけ物体が浮き上がったように見えた。

 今度こそハッキリと分かった、キョウシちゃんが自らの剣を巨大な物体の下に差し込んでいる。そして下がりながら物体の下に出来た空間に再度剣を突っ込み、その隙間を大きくしている。


「おっ、おっ、おオッ?うォヲ!?」


 巨漢が妙なうなり声を上げる、きっと相手を叩き潰したような爽快感は無いだろう。物体はどんどん持ち上がって行く。

 さっきよりも余裕があるのかキョウシちゃんは物体を下から何度も突き上げると、頭上まで上がったその物体を平気な顔して見送った。嫌味なほどの余裕だ……。


「な……!な……!」

「いやいや……、まぁまぁ」

「……、……」


 それを見ていた男たちが絶句する、どうやらこいつらもさっき何があったか分かっていなかったらしい。前髪に至ってはうつむいたままで最初から見てすらいない。

 すると誰かが俺の肩を叩く、といってもここに居るのはジョーシさんだけだ。


「……なに?」


 ジョーシさんは少し口元を上げて俺をジッと見ている。そしてなぜかウンウンとうなずく。

 なんだろう、凄くうざい。それはあなたがさっき言った、剣で物体を持ち上げたというあいまいな説明が間違ってはいなかった。それを俺にアピールしたいのだろうか。それとも姉の活躍が妹として大層ご自慢だったのか……。

 どちらにせよ俺にとっては迷惑でしかなかった。


「女ァ……、もう手加減しねぇゾー!」


 巨漢の声に合わせて俺はジョーシさんから視線を外す。すると巨漢は巨大な物体を両手で持ち上げてる、その姿には脅威しか感じなかった。

 言わせて貰うと今までの攻撃のどこに手加減があったのだろう、全身を使った全力の攻撃にしか見えなかったのだが……。本気で手加減して欲しいと思う。

 物体が高々と持ち上がっていく、今度はどうやら上から振り下ろすつもりらしい。それではさっきの剣で持ち上げる方法は使えない。というかさすがにその攻撃はまずい、キョウシちゃんがペチャンコちゃんになってしまう。

 本当に手加減して下さい、さっきから殺すつもりにしか見えないです。こんな戦う必要のない場面で本気の殺し合いをしてどうするんですか!?

 そんな俺の心の声が届く訳もなく、巨漢の手にした物体は巨大な塔がおじぎするようにキョウシちゃん目掛けて振り下ろされた。


「よけて!キョウシちゃ──」


 ズドンと重い音が響く、足元が揺れ動く。それに遅れて砂煙と風が吹き寄せる。これはもう戦いではない、ただの破壊行為だ。巨大な男が巨大な物体を振り回しているだけだ。

 もう感覚がマヒしてしまってしている。キョウシちゃんなら大抵の事はなんとかなるんじゃないかと思い始めている、だがこれはそんなレベルの話ではない。この男なら城の一つや二つあっという間に壊せてしまうだろう。

 また嫌な感覚に襲われる、止めるべきだったという後悔の念が膨れ上がる。それでもキョウシちゃんなら、と良く分からない期待をしている自分もいる。そして俺が目を開いた時、キョウシちゃんが居たはずの場所にあったのは巨大な物体だけだった。

 物体は地面に深々と突き刺さっている。楕円だった物体は多少底辺が平らになってはいるが、その下に僅かな隙間も見当たらない。

 キョウシちゃんはどこへ行ってしまったのだろう、周囲を見回すがそれらしい影はない。その代わりに足元に地盤でもあったのだろうか、物体によって叩かれた衝撃で地面がゆがみ左右に板のような物がめくれ上がっている。その周囲にもキョウシちゃんの姿はない──。

 何かが失われていた、現実感ともっと大事なものが。キョウシちゃんが居ない、でもそんなはずは無いのだ。


「……姉さ」


 俺の横でジョーシさんがペタリとヒザをつく。どうしたのだろう、キョウシちゃんはまだ見つかっていないのだ。どこへ行ったのか、そしてどうやって今の攻撃をしのいだのか、ちゃんと解説をしてくれないと。


「旦那ぁ!さすがにやり過ぎだ!」

「少々、後味が良くないですね……」

「デカブツに……、付ける薬なし……」


 男たちが口々に何か言っている。一体何をやり過ぎたのだろう、なぜ後味が良くないのだろう、その薬はバカにつけるやつじゃないのか?

 そして徐々に押さえ込んでいた後悔が大きくなる、フタを開けたように次々と言葉があふれ出す。やっぱりだ、こうなるのは分かっていた、当然の結果になってしまった、認めたくない、いや、でも……、嘘だろ?

 ジョーシさんを見るとヒザをついたままでピクリとも動かない。その目は何を見ているのだろう、まるで空白を写し取っているようだ。思わず嗚咽のようなものが込み上げる、それは後悔と復讐心と耐えがたい怒りだった。何かにこの感情をぶつけないと俺がおかしくなってしまう。俺から大切なものを奪ったこの世界から、俺も何かを奪い取らなければ。

 静かな血流のようにその感情が俺の全身へと回り、徐々に全てを覆いつくしていっ──。


「おっ……、俺の負けだァー!」


 その言葉に俺とジョーシさんは顔を上げる、男たちも目を丸くした。一体何が起こっているのだ、巨漢の方へ目をやるとその首元に一本の剣が突きつけられていた。あの剣は、あの剣は……。

 巨漢が降参するようにその手と物体を持ち上げる。すると物体の影に隠されていたキョウシちゃんが姿を現した。


「あ……」


 俺は呆気に取られたようにその光景を見ていた。

 生きてた、やっぱり生きてたよこの子。全身の力が抜けると今度は俺がヒザをついた、なんだかもうやってられない。失ったと思ったら戻って来て、戻って来たと思ったらまたどこかへ行ってしまうのだろう。

 ただ俺にとっては今のこの瞬間がたまらなく愛おしかった。生きていてくれるだけでこんなに心が満たされるなんて……。子を持つ親の気持ちとはこういうものかもしれない。既に恋愛感情ではない。

 何かが俺の肩を叩く、といってもここに居るのはジョーシさんだけだ。


「……なんだよ」


 俺が顔を上げるとジョーシさんはハッキリと口元を上げて俺を見下ろしていた。そしてなぜか俺の肩をバンバンと何度も叩く。

 なんだろう。凄く、うざいです……。

 だが、そんなジョーシさんの気持ちが少しばかり分かり始めていた。大切に思う人が生きていてくれる、それだけでこんなに嬉しいのだ、ありがたいのだ。俺はキョウシちゃんに目をやると、そこにあるイタズラっぽい笑みをジッと見つめた。

 まったく、とんでもない子だ。そしてとんでもなく困った子だ。


「終わりましたね」

「ああ……、ようやくな」


 ヒリヒリする肩を押さえながらジョーシさんの言葉に応える。これでこの無益な戦いも終わりなのだ。ほっと胸をなでおろすと、響いて来た野太い声に耳を預ける。


「おめェ、ほんとに女かァ?じゃなくテー、なんだァ……」


 首に剣を突きつけられた巨漢が困ったような顔で話している。腕の筋肉ほど頭の筋肉は働かないらしい。その表情にもやはりどこか愛嬌があった。

 でもこいつ、絶対何人か殺してるよな?


「ああ、そうだァ!おめェ、ほんとに人間カー?」


 その質問にキョウシちゃんは眉をひそめる。俺が思わず吹き出したのを、ジョーシさんは見逃さずにギロリと睨み付ける。そして男たちが一斉に首を横に振る。

 それは真っ当な疑問だった。というか、既に人の域はとっくに超えている。破壊神を粉砕できるレベルだ。

 だがキョウシちゃんはその(一応は)失礼な質問に対してあっけらかんとこう答えた。


「ただの女だけど?」

「……」


 妙な沈黙が走った、俺や男たちだけでなくジョーシさんまで姉に抗議の視線を向けている。自覚がないというのは恐ろしい、こんな子がそこら辺に居てたまるか!


「ハッハッハァ!そうカァー、やっぱり女はつええナァー!」


 少し間を置いて巨漢が笑い出した、やはり悪い奴ではないらしい。二桁は殺してるだろうが。

 女は強い、そんな言葉が胸に刺さる。戦っていたキョウシちゃんも、それを見守っていたジョーシさんも、俺なんかよりよっぽど強いのだ。

 しかし敗北感はなく、なぜか満たされた気持ちだった。俺より強くいてくれてありがとう、そんな言葉を送りたかった。口にはしないが。


「救世主さん……、全部聞こえてます」

「うん?」

思い付きで始めたバトル編終了。

思ったより大変でした、でもまぁ楽しくもあったので持ち札の一つとして持っておこうと思います。

いつ使うのかは未定。

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