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剣のぶつかり合い

「ちょわーっ!」


 キョウシちゃんの奇声がとどろく、それと同時に全身が大きく揺れた。それは今までの腕だけで振った剣ではなく、予備動作を付けた力強い一撃だった。迫っていた前髪の手元から剣が弾き飛ばされる。

 これにはさすがの前髪も面食らったらしい、動きが止まりその無表情な顔に驚きの色がハッキリと現われた。奇声にビックリしたのではないと信じたい。

 鋭い一振りの後、キョウシちゃんはそのままひれ伏すように体を低くした。その頭上を三本の剣が通過する。


「さすが……、さすが姉さんです」


 ため息のようにジョーシさんが言う、その手には短剣が強く握られていた。

 乾いた音を立てて前髪の剣が再び地面を転がる、これで何本目だろう。普通の戦いなら既に決着が付いているのだが、前髪は懐に手を突っ込むと手品のようにまた剣を取り出した。

 一体どういう勝負なのだろう。目力と長髪の時もそうだったが、戦い方が特殊すぎる。剣を使ってはいるが剣術ではなく、何かに特化した人たちの技やエネルギーのぶつかり合いだった。

 これはもう見世物にして金が取れるレベルだ、万国びっくりショーだ。俺なら10秒と立っていられる気がしない。っていうか俺、この場に必要なくない?


「あの剣の動きはどうなっているんですか?まるで勝手に動いているみたいに見えますが」


 勝手に動いている、確かにそうだ。板のように巨大化する剣もキョウシちゃんに向かって飛んで行く剣も、互いに前髪の意志を必要としていないようだった。それこそ長髪のように剣の動きと本人の情念が一致した動きではない。

 だが驚いた事に、ジョーシさんの言葉は俺にではなく男たちに向けられていた事だ。良くあんな連中に気安く声が掛けられるものだ、特に長髪とは目も合わせたくないと思うのは俺だけだろうか。


「そうだな!面白いな!」

「んなもん俺が知るカァー」


 目力と巨漢が返答する。それは非常に簡潔で内容のない言葉だった、まさに話しかけた甲斐があったというものだ。

 ガッカリしていると一番聞きたくない声がのうのうと押し入って来た。


「まぁまぁ、答えてあげましょうよ。といっても我々にも良く分からないのですが……、恐らくはあの階段のようなものですね」

「階段ですか……?」

「そうですそうです、あなた方も利用したんでしょう?人が乗るだけで勝手に伸びたり縮んだりする、あの変わった階段ですよ」


 長髪が紳士ぶって答えている。今更どのツラ下げてそんなフリが出来るのか……。


「重ね重ね言いますが、詳しい事は分かりません。分かりませんが、剣に同じ事を繰り返させているようです。そういう命令なのでしょうかね、我々には分かりかねます」


 そういえばあの階段を作ったのは前髪だと言っていた。あの、人が乗るだけで動き出す奇妙な階段。持ち主の意志を必要としない、便利だが不思議な階段。

 勝手に動く、繰り返させる。その言葉がなぜか俺の中で引っ掛かった。


「我々って……、言うな……」


 その言葉で我に返ったのか、前髪が再びキョウシちゃんに斬り掛かった。今の”我々”には前髪は含まれていないと思うのだが、どうやらそれには気付いていないらしい。

 それはただ斬り掛かっただけに思われたが、それほど単純なものではなかったようだ。タイミングを合わせるように再び三方向からキョウシちゃん目掛けて剣が飛んで来ていた。繰り返し──、俺は自分の中の引っ掛かりの意味をようやく理解する。

 そんな俺の気付きより先に、キョウシちゃんは行動に移っていた。体全体を使った鋭い一撃が、再び振り下ろされようとしている前髪の剣を弾き飛ばす。そしてその勢いのままに回転しながら左右と後ろから迫っていた剣を叩き落した。

 さすがはキョウシちゃん、俺が心配するまでもない。その素晴らしい反射神経と剣の腕であっという間に片付けてしまった。

 だが次の瞬間、キョウシちゃんの表情が凍り付く。回転を終えたキョウシちゃんの視線の先にあったのは弾き飛ばされた剣ともう一本、地面に突き刺さった剣の姿だった。思わず頭上を見上げたキョウシちゃん目掛けて、勢いと体重の乗った一撃が落ちて来る──。


「──くっ!」


 落下剣ダウンブレイク、どうやら前髪は剣が弾かれるのを分かった上で次の攻撃を用意していたらしい。

 慌てて剣で受け止めるキョウシちゃん、だがその重い一撃は横に流すのが精一杯らしい、飛び回るだけの剣とは重みが違うようだ。その顔に初めて苦痛の色が浮かぶ、今までにキョウシちゃんのそんな表情は見た事がなかった。


「もう一度言う……、手加減するな……」


 後ろへよろついたキョウシちゃんを追撃せずに前髪が言う、その言葉にキョウシちゃんが苦笑する。

 確かにそうだった、今までキョウシちゃんから攻撃した事は一度もない。全て受身か相手の攻撃をさえぎっただけだ。

 手加減とは恐らくその事を言っているのだろう。


「でないと……、死ぬぞ……」


 前髪は再び下がって距離を取った、体勢を立て直したキョウシちゃんは深呼吸のように息を長く吐くと前髪に構えを向けた。それでもまだ自分から攻める気はないらしい。

 それを確認したのか前髪が手にした剣を地面に突き刺す。そして両手を合わせると腕を振り上げ、キョウシちゃんに向けて力強く振り下ろした。再び剣を投げたのだ。

 その剣は巨大化する事もなく真っ直ぐに飛んで行く、それどころか前髪も一歩も動かない。キョウシちゃんは落ち着いてその剣を弾いた、だが弾かれたはずの剣はそれでも真っ直ぐキョウシちゃんの胸元へ飛んで行く──。身をよじりながらキョウシちゃんは剣のつば元でその剣を弾いた。


「姉さん……!」


 今度は何があったのだろう、乾いた音を立ててキョウシちゃんの足元に剣が転がる。剣は二本あった──。

 剣が途中で増えた?いや、さすがの神の剣でも分裂するのは見た事がない。もしかしたら可能なのかもしれないが……。だが最初から二本あったと考える方が妥当だろう。というか、既に何百本とある神の剣が更に分裂するなどといった事になれば、今度は救世主の数の方が足りないという言語道断な事態におちいってしまうのでは──。

 頭をひねっているとジョーシさんが手の平を俺に向ける、その手の中には小さな十字架のような物があった。うん?十字架じゃないぞこれ、もしかして……。


「そうです、剣です。このぐらいの大きさには出来るようですね。なら、こんな剣をつなげて投げればどうなるか……。分かりますよね?」

「……あ」


 恐らくそれが答えだった。前髪は投げる前に両手を合わせていた、あれはその為の動作ではなかったのだろうか。そして投げられた剣は仮に先の一本が弾かれたとしても、もう一本は構わず相手に向かって突き進んで行く。そういう事なのだろう。

 危険だ、俺なら一度で二回死ねるほどにお得で危険な技だ。この前髪は一体いくつそんな技を隠し持っているのだろう。


「行くぞ……、よけろよ……」

「え、どういう意味?」


 前髪はそう言うと袖に手を引っ込めた、そして抜き出した手には大量の小さな剣がひと繋がりになって握られていた──。一体何本あるというのだろう、これだけ集めた前髪の努力と執念に呆れと空恐ろしさのようなものを感じる。

 前髪は地面に突き刺していた剣に足を掛ける、するとその剣は勢い良く伸び上がり一気に前髪を上空へと押し上げた。何をするつもりだろう、今度は目くらましも無しだ。どうやらよけろというのは本心らしい。

 険しい顔をしたキョウシちゃんが剣を横にして上段に構える、既に防御の姿勢に入っている。よけるつもりはないのだろうか……?


「死ぬぞ……、バカが……」


 前髪は上空で大きく体をひるがえした、するとその手に握られていた剣の塊が大きな剣となってキョウシちゃんの上に投げ落とされる。これはもう二本や三本といったレベルではない、弾くのはほぼ不可能だろう。

 それでもキョウシちゃんは動かない、動かずに剣をギュッと握り締めている。まさかこれも正面から受けるつもりな──。


「姉さん!よけて下さい!!」


 悲鳴のような声が響く、その声と同時にキョウシちゃんは素早く背後へと飛び退いていた。ローブをかすめた剣の塊はそのまま地面に突き刺さる、するとその塊は噴水のように小さな剣を大量に周囲にばら撒いた──。つまり危機はまだ去ってはいない。

 ガラス玉をぶちまけたような音と共に鋭利な金属が周囲に飛び散る、とっさに身を低くしたキョウシちゃんの手元が見えない速度で揺れ動く。噴水のような流れに逆らってキラキラと光る物体がいくつもキョウシちゃんの足元に打ち落とされる。


「……ふぅ」


 息が詰まるような瞬間だった。いくらかローブに傷を負ったがキョウシちゃんは無事に立っていた、そして前髪は飛び上がった時と同じように剣の上へと落下する。その剣は衝撃を受け止めるように縮み、前髪を再び軽く飛び上がらせた。

 これで終わったのだろうか。前髪の攻撃は全て終わりで、耐え切ったキョウシちゃんの勝ちなのだろうか。しかしキョウシちゃんは苦い表情を浮かべている、攻撃を避けてしまったのが悔しいのだろう。ここで終わるのは不本意なようにも思えたが、それでもこれ以上続けるのはきっと不毛だ。

 何より見ている俺たちの方が耐えられない、この子はどうしてそんな危険な事ばかり選ぶのだろう。もっと早く手を打っておけば今の攻撃も楽にかわせたはずなのに……。

 フと視線を横にやるとジョーシさんが叫んだままの姿で固まっていた。肩や胸も動いていない(決して下心から胸を見た訳ではない)、恐る恐る背中をつついてみると──。


「ハッ!?ハァッ、ハァッ……!な、何をするんですか救世主さん!」


 どうやら呼吸を忘れていたらしい。キョウシちゃんの身に何か起こるより、この子が先に倒れてしまいそうだ。

 前髪は地面に降りるとそんな俺たちを一瞬睨んでから口を開いた。


「行くぞ……、これが最後だ……」

今更ですけど、文章だけで伝えるって大変ですね……。

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