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剣の夜会

「ううっ……、うるさい!」

という自分の声で目を覚ました。


外はまだ暗いらしい、が。いくらか馬屋に光が入って来るところを見ると周辺の家はまだ寝静まっていないらしい。

大して時間が経っていないのか……。


そう考え再びワラの山に体を預ける。が、聞こえる。目を閉じると何か。

低くつぶやく様な声、もしくは小さな振動か。

ザワザワと、ガタガタと。継続的に続くその音。

……眠れん。



手探りで馬屋を出て周辺の家を見渡す。

なんだこれは……?

そこら中の家から赤青緑と様々な光があふれ出している。

そしてあふれているのはもちろん声もだ。低くささやくようなつぶやくような、さっきからずっと聞こえている声。


好奇心と後ろぐらい風に背中を押され、側の民家の窓へ近づく。

窓につけられた鎧戸の隙間から中の様子を除き見ると、中では何か行われているようだ……。

黒いマントを頭から被った連中が、ブツブツ何かを言いながら壁に向かって平伏を繰り返している。

一体何をやっているのか……?

そして彼らの前にかかっているのは盾、あの古びた盾だ。


昼間の演劇で見た盾。

キョウシちゃんを青ざめさせ、あの後しばらく何も話してくれなくなったあの。

あれは一体何なのか、彼らは何か知っているらしい。が、教えて貰っていいですか?と聞きに行く状況でもないらしい。


ガタと鼻先で音がする、どうやら凝視する余り鼻を鎧戸に押し付けてしまっていたらしい。

黒マントの一人が振り返る、まずい!

慌てて頭を下げる、見つかった?足音が……近づいて来る。

まずい、まずい!

足音を抑えつつ路地に駆け込む、ごめんなさい助けてくださいお願いします!

なぜか彼らと同じ平伏を見えない場所でする俺。


……ふぅ、どうやら助かったらしい。戸口が開く音もしなかったから、軽く警戒しただけだろう。

いや、待て。なぜ俺は隠れている。なんら後ろ暗い事など無いはずなのに。

そうだ、俺はちょっと眠れなくて夜の散歩をしているだけの小粋な救世主。


そう、俺は救世主なんだ。

神の剣……ない。剣の腕、もっとない。

彼らに言っても通じない。そもそも夜中にあんな格好で怪しい何かをしている連中に話が通じるものなのか……?


うーん……、うなり声を上げる俺の頭上に覗けと言わんばかりの窓が、緑色の光を吐いている。

どうせ今度も碌でもない連中が碌でもない事をしてるだけだろう。馬屋に戻って耳にワラでも詰め込んで寝よう。

そう考えながらも俺の視界は窓枠の中に吸い込まれていくのだった。


今度は赤いマントを被った連中が円を描いて静かに踊っている。

その中央には不気味なツボが緑色の煙を吐いている。

……うん、やはり見ても意味が分からない。戻って寝よう。

おや?あっちの窓からは青い光が出ているぞ。


青い窓に近づきながら、なぜか俺はワクワクしていた。なんだろうこの高揚感。

そう、これは調査だ、この街の暗部を知る為の。だって俺、救世主だから!


足取り軽く窓へ近づき、鎧戸の隙間から中を覗き込む。

お次は青いマントを頭から被った連中が……それって何かの決まりなの?

青い石、青い光を放つ謎の石に向かい祈りを捧げている。

……よし、次だ。


黒いマントの連中が地面から生えた木に祈りを捧げて、よし次。

白いマントの連中が泉の書かれた絵に祈りを、よし次。

毛皮を被った連中が猫に祈りを。

魚の様な顔の連中が巨大タコに祈りを。

見慣れた顔の女の子が可愛い細工の木刀に頬ずりを。

また見慣れた顔の女の子がこっちに向かって口を動かして。


「何をしてるんですか?救世主さん」

「うわッ!?」


バレた、見つかった。どうして、どうしよう。落ち着け、落ち着け!何も後ろ暗いところなどない。そうだ俺はそもそも何をして……。


「見てしまいましたか」

「ひっ!?」


戸口で動揺してうずくまる俺の背後に、いつの間にかジョーシさんが居る。

すいません、見るつもりなんて無かったんです!いや、でも内心ちょっと楽しかったんです!

ちょっと?いやもうちょっと……。


「見てしまった以上、仕方ないですね」

「え……?」


うずくまったまま背後を仰ぎ見る、そこに立っているのはいつも通りの冷たい目をしたジョーシさんだ。表情からは何もうかがい知れない、いつも通りの……。


「ふ~ん、ふふふ~ん♪」


場違いに悠長な鼻歌が聞こえてくる。この声はさっき木刀に頬ずりしていた……。

ちょっ!?近い、近いですジョーシさん!顔が近い!


「先ほど話していた事は覚えていますか?」

「……うん、大体」


周囲を気遣うように声を低めて話すジョーシさん、前にもあったなこんな事。

息を荒げ、顔を赤らめたその顔……おっと、先ほどの話だった。思い出せ。

確か……、俺がマントを被って盾に祈りを捧げながら穴から煙を吐くんだったな。

うん?何か混ざってる、混ざってる気がするぞ。


「……この街にはかなりの不満がたまっています。そして彼らはその解消法として、様々なものを信仰しているのです。それが夜な夜な繰り返されている、この街の特殊な光景です。……確かに、剣の教団は他の宗教を禁じてはいません。それは教団が不遇な存在だったが故、いえ、もしかしたら別な理由かもしれませんが。我々では彼らを取り締まる事も出来ない。いや、取り締まればもっとひどい事態に発展するかもしれない……。お分かりですか?救世主さん。我々には時間がないんです」

「……はい」

「ふふ~ん、ふ~ん♪」


腰を上げたジョーシさんは、悠長な鼻歌のする窓を一瞥して立ち去っていく。

その後姿を見ながら、なぜか命がある安心感と謎の背徳感と。そしてキョウシちゃんに対する罪悪感を感じるのであった。……あ、もしかしてこの声ってキョウ。


「救世主さん、今夜は早く休んで下さい。明日から忙しくなります」

「……はい」


戸口から顔を出してジョーシさんが言う。

うん、今夜はもう休もう。



そして俺は誘惑渦巻く夜の街を、道の分からなくなった迷路のような街を、徹夜で疾走するのであった……。

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