彼女の剣
「強くなりたいなら基礎が重要です」
キョウシちゃんが言う。
「構えが曲がってます、右手しか使ってないでしょ?」
キョウシちゃんが言う。
「どうして真っ直ぐ振れないんですか?脳みそ曲がってます?」
キョウシちゃんが言う。
「はい、猫背になってます。さっき言いました、三秒前に言いました。・・・はい、また」
キョウシちゃんが・・・。
※キョウシちゃん、とは
「え、名前ですか?・・・本名ですか?いや、それはちょっと・・・あ、じゃあー教団からの使者なので、キョウシちゃん。これでどうですか?なんですかその顔、キョウシちゃん、可愛いじゃないですかぁ!あ、キョウシチャンさんじゃなくてキョウシちゃんで。は?歳?失礼ですね、まだまだ若いです。イントネーションも可愛く言ってくださいね、キョウシちゃん。はい、リピート・アフター・ミー。キョウシちゃん。ノーノーノーノー、キョウシちゃん。あ、今の可愛い。あれ?私自分で何言ってんだろ。ほら、ちゃんと聞いて!耳で覚える。はい、ここテスト出ますよー」
キョウシちゃんに素振りを教わる、俺の剣の腕が見違えるようだ!
「教えたこと三秒で忘れますね、救世主様」
俺には剣の隠れた才能が!
「剣というより野良仕事って感じですよね、救世主様のそれ」
俺、戦うの辞めようかな・・・。
「あ・・・だっ大丈夫ですよ。救世主様は神に選ばれたんです!自信持ってください」
うーん・・・でもなぁ。
「それよりさっきのキョウシちゃんのイントネーションですが」
キョーシちゃん、キョ↑ウシちゃん、キョウ↓シちゃん、キョ↓ウシ↑ちゃん、キョウ?シちゃん、キョウシチャン、キョンシーちゃん、キョウしタン、今日士タソ、虚ウシチャソ、うんたんかんたん、ワンタンタンタン、ルンルン・らんらん、どうしたん?どうもしてへんわ!やかましいわ!
「はい、ストーップ」
そう、俺は救世主。可愛さなんて関係ない。
「言ってみてください、キョウシちゃん」
「こしタソタソ」
「・・・まぁいいです、それよりお客様です」
振り向くと錆人間が立っている。
そうだ、俺には殺伐とした戦いの世界が合っている。
「実戦です。いいですか?相手の喉元に剣先を合わせて構える」
喉ってどこ。
「いや、錆で真っ黒ですけど大体分かるでしょ。そして真っ直ぐ振り上げて、そのまま振り下ろす!」
キョウシちゃん!
「そう!いや、違う!イントネーションは完璧でしたけど腰は抜けてるし剣の軌道もぐにゃぐにゃです」
2体に分裂した錆人間に剣を真っ直ぐ振り上げて、そのまま振り下ろす!
キョウシちゃん!
「そう!いや、違う!イントネーションはそう!体はぐにゃぐにゃ!」
キョウシちゃん!
「そう!じゃないってば!」
更に4つになったそいつらに剣を真っ直ぐ、
「キョウシちゃん!キョウシちゃん!キョウシちゃん!キョウシちゃん!」
「違う!あ、今のはイントネーションも違う!ダメダメです。この腰砕け!むしろどうやったらそんなおかしな格好で剣が振れるんですか!」
心を砕かれながら、更に8つなったそれらに剣を真っ直ぐ?真っ直ぐってなんだ。
「キョウシちゃん!キョウシちゃん!キョウしたい!キスしたい!」
「イヤ!」
即答、被り気味。
「結婚したい!嫁欲しい!Hしたい!子作りしたい!」
「セクハラ!!さいてー・・・」
小さくなった錆が宙を舞う、
その向こうで荷物をまとめ始めるキョウシちゃん。
嫁に逃げられる男の気持ちとはこういうものか・・・。
「自覚してください、あの錆人間はその剣でしか倒せないんです。教団はあなたを救世主として認めました。だから私があなたの身の回りの世話をするよう言われたんですが、勘違いしないでくださいねっ」
キョウシちゃんの目に本気が宿る。
「だからといってお前みたいなヘッピリ腰の芋剣士と一緒になる気なんかねぇんだよ。調子乗んな」
笑顔に戻ったキョウシちゃんが荷物の中から尖った石と細長い鉄を取り出す。
「構えてください」
実家に帰る訳じゃなかった、と安心する俺。
「・・・だから曲がってると何度も。まぁいいです」
心なし脳を真っ直ぐさせる俺。
「行きます」
どこへ?と脳を緩めた、その一投足。
キョウシちゃんの顔が迫る!
キスされる・・・!思わず目を閉じる。
頬に冷たい物が当たる。
「・・・何考えてるんですか」
目を開ける、キョウシちゃんの顔が近い。
いつになく真剣な顔。
再び目を閉じる。
頬に痛みが走る、なんて激しいんだ・・・。
いや違う。
「女とは思わないでください。無理やり何かしようなんて考えようものなら、即私があなたの穢れた考えの元を断ちます」
頬を伝う血、その源流に鋭い石が。
「あなたは我々が認めた世界を救う存在なのです。精進されてくださいね、救世主様っ」
キョウシちゃんが笑う、いつもと同じように。
数十分後、俺たちの前に豪勢な料理と酒が並ぶ。
「さぁ、頂きましょう」
「食っていいの・・・?」
「ええ、もちろん」
がっつこうとする俺の横でキョウシちゃんが巨大な剣に祈りを捧げる。
その横で狼煙が上がっている、さっき俺の頬にキスした火打石で起こした煙だ。
俺も形だけ祈ってみる。
「プッ、やめてくださいよ。信仰心なんてまるでないくせに」
バレてた。
「どんどん料理が豪華になりますね。どうも錆人間のお陰で教団は膨れ上がってウハウハらしいです。ああ、救世主様のお陰というべきでした」
自分で自分の頭をコツンと叩き、ぺろっと舌を出すキョウシちゃん。
可愛い。
こんな可愛い子と豪勢な料理。俺は一体何をやっているのか、急に分からなくなる。
あの錆人間はなんなのか、この剣を拾ったのは正しかったのか。
俺よりキョウシちゃんがこの剣で戦った方がいいんじゃないか!?
分からない、分からない・・・。
「どうしました?救世主様」
そう、俺は救世主。
この世界を救う為にこの神の剣を与えられた存在。
俺の願いはただ一つ!
結婚したい、可愛い嫁が欲しい・・・。