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剣の元彼とその他

 猫の間を抜けて俺たちは突き進む、人助けという名の脅迫行為を繰り返す為に。

 もはや俺たちに迷いはなかった、人々の恐怖とおののきの中を、一切の慈悲も持たずに蹂躙(じゅうりん)してく覚悟は──。


「救世主さん、変な方向に盛り上がらないで下さい」

「そうよ、ちょっと話し合う手間をはぶいてるだけじゃない」


 そのはぶき方に問題があった。殺しさえしなければ何をしてもいいという危険な行為を果たして人助けなどと呼んでいいものなのか……。


「それに関しては、まぁ……」

「あなたまでどうしたのよ?あんな連中がほんとに言葉だけで素直に帰ってくれるなんて思ってるの?」


 これは案外、的を得た意見かもしれなかった。確かに連中は自らの欲望をむさぼっているただの醜いブタだ、餓鬼だ、畜生だ。そんな連中に言葉が通じるとは思えない。


「姉さんもそこまでひどくは言ってません」

「救世主さま、ブツブツ言ってないで言いたい事があるならハッキリ言ったら?」

「え……、いや、あの。えっと……、あ、光だ」


 前方に光が見えてきた。正直、救われた気がした。

 だってハッキリ言えないからブツブツと聞こえるように言ってるんじゃないか、その辺りを察していただきたい。デリケートな男心をいたわっていただき──。


「救世主さん、静かに」

「はい……」

「さっさと斬ればいいのにさぁ」


 キョウシちゃんがつまらなさそうに背中を向ける、一応話し合う余地は与えてくれるようだ。

 俺とジョーシさんは静かに光の方へと向かって行く、そこは空洞ではなくただの通路のようだった。お約束のように声が聞こえて来る。


「もう二度と離さない……」


 そこには女が居た、人の形をした黒い塊と抱き合っている。どう見てもやばい光景だ。親御さんが見たら泣き出すだろう。


「報告にあった人かもしれません。別れた恋人と寄りを戻した人かも……、あれ?救世主さん?」


 俺は足を踏み出していた、居ても立っても居られなくなったのだ。頭に浮かんだ見た事もない親御さんの泣き顔と、こんな異形の物に慰められようとする彼女のどうにもならない悲しみが俺を突き動かしたのだ。

 決して下心から動いたのではない、前の泉で出会った女のように甘い情事の匂いを嗅ぎとった訳ではない。決してない。


「お嬢さん、残念ながらそいつは偽物だ。俺と一緒に第二の人生を歩みましょう」

「え、何?それ以上寄らないで!……あなた誰?」

「俺ですか?人は俺をこう呼びます、ザ・ハートウォーマー、心の救世主!と」


 決まった、文句なくカッコいい。惜しむらくはポーズがまだ未完成といったところか。105点。


「救世主さん、誰もそんな風に呼んでませんよ。それとキマってるのはあなたの脳だけです」

「他にも誰か居るの……?まぁいいか、あなたも救世主なんだ」

「あれは俺の助手です。そして俺はあなただけの救世主ですよ、お嬢さん」

「あなた……、変な人ね」


 黒い塊と抱き合う女に変と言われるとは思わなかった。しかし違うのだ、彼女にはこの黒いのが別の誰かに見えているのだ。

 俺が冷静に状況を分析していると、背後から殺気と決意に満ちた声が聞こえた。


「斬るわ」


 キョウシちゃんだ、この子はブレない。というか他の選択肢はないのだろうか。まぁ、とりあえずはジョーシさんがストッパーになってくれるはずだ。


「……何だか止めるのもバカらしくなってきました」

「助手さん!職務放棄するのか!?」

「誰が助手ですか誰が」


 まずい、このままではサビと一緒に彼女も斬られてしまう。ついでに俺まで斬られそうだ。そんな事態は避けなければ。

 一応まだ助手さんが間に入ってくれているようだが、キョウシちゃんが本気になれば100人の猛者が掛かっても止められはしないだろう。そして俺たちの頭と胴体は簡単にお別れ会を開いてしまう。


「お嬢さん、聞くんだ。あの氷のような目をした女はあなたが抱き合っているそいつを狙っている。離れないと危険なんだ」

「え……、イヤ!この人とまた離れるぐらいなら私も一緒に死ぬ!」


 なんと美しい愛情なのだろう、真っ直ぐな人だ。これにはさすがの破壊神ちゃんも心を打たのではないか。


「分かった、一緒に斬ればいいのね」


 無理でした、むしろ一緒に破壊する気でした。この子も真っ直ぐだが、その真っ直ぐさは危険でしかない。


「姉さん、そこは分からないで下さい!もう少し話し合う時間を貰えませんか?」

「そうだ、ここは俺に任せてくれ」

「救世主さん、それが一番不安なんです……」


 一体何が不安なのだろう、姉が心を失くしかけている事だろうか?

 いや、そんな事を考えている場合ではない。破壊神の怒りは爆発寸前だ、頭と胴体のお別れ会は準備進行中だ。説得の方向を少し変えよう。


「ねぇ、お嬢さん。死ぬなんて簡単に言ったようだけど、それがどれだけ痛い事なのか分かってるのかい?」

「痛い……?そんなの関係ないわ。この人を失った痛みに比べればそんな──」

「いいから聞くんだ。君を狙っているあの子はそこら辺の生易しい強盗じゃない」

「強盗だったの?」

「いや、違うけど……。いいから聞け。あの子は危険なんだ、獲物をただでは殺さない。体中の皮をはいで、手と足の指を一本ずつ、関節の一つ一つまで順番に切り取るんだ。そんな責め苦に耐えられると思ってるのかい?」

「……嘘でしょ?そんな風に脅しても彼と別れるつもりなんて──」

「その後も生と死の間を行き来しつつ、悶え苦しむような悪夢が数日間続いてようやく絶命する。君は本当にそんな苦しみが望みなのかい?」

「……」


 彼女が俺の目を見ておびえる、どうやら本気さが伝わったようだ。

 確かに俺の言った内容は嘘っぱちだったが、死ぬ確率は割りとあった。剣が止めてもキョウシちゃんが本気になれば素手でも殺れる、殺られる自信がある。

 なのでこれは嘘ではない、嘘の混じった真実だ。


「救世主さん、そろそろ限界です。話は付きましたか?」

「……さぁ、どうする?本当にその泥人形と心中したいのかい?」


 俺の言葉に女は目を見開く、すると抱き合っていた黒い物体が急に形を崩して泥のようになった。


「わ、私、生き直す!死んだ気になって生きてみる!あなたの事は忘れないからね、どうかあの世で見守っ──」


 女はさっさと泥人形を投げ捨てると、素晴らしいスタートダッシュで逃げて行った。何か言い残していったようだが、最後の方は遠くて声も聞こえなかった。


「何とかなりましたね、救世主さん」

「……ああ」


 ジョーシさんが近づいて来る、何かをやり遂げたはずだが満足感は余りなかった。むしろ恐怖を感じてしまうのはジョーシさんの背後で鬼神と化したキョウシちゃんが猛烈な素振りをしているからだろう。

 怖いです。


「泥人形とは上手く言いましたね」

「あー、とっさに口から出たんだが、まさか本当にそうなるとはな……」


 俺たちの足元には子供が作ったような泥人形が転がっていた。


「あの人もきっと偽物だという事に気付いてたのでしょう、それでも騙されていたかった、自分を騙していたかった……。既に元恋人の死を受け入れていたんだと思います」

「そういうもんかね……」


 真っ直ぐな愛情に見えたのだが、そんな打算的なものだったとは。やはり女は分からない、そしてそういう意味では男より賢いのかもしれない。


「しかし、意外ですね。救世主さんはもっと内向的というか、消極的な人だと思ってました」

「……どういう意味?」

「初対面の相手にいきなりアプローチするなんて、そんな軽い行動が出来る人だと思ってなかったです」


 どちらに転んでも余り嬉しく感じなかった。だがまぁ、言われてみればそうかもしれない。俺は独り言と妄想を好むムッツリ紳士なのだ。


「そこまでは言ってませんが……」


 それがなぜ女の前でいい格好が出来るか、その答は既に分かっていた。


「大していい格好できてませんけどね」

「なんて言うのかな……、止められるのが分かってるから安心して声が掛けられるというか。失敗すると分かってるから逆に本気になれる、みたいな感じ?」

「……すいません、良く分かりません」


 俺だってそこまでバカではない、バカではあるが。女の前でいい格好してたっていつまでも騙せるとは思っていないのだ。だから二人が止めてくれなければ一人でこんなマネ出来るはずもない。

 男も案外、打算的なのだ。下半身ほど真っ直ぐという訳ではない。その辺りは姉妹にも理解しづらいのかもしれないが。


「ねぇ、話終わった~?もういいかな、早く行きましょうよ。腕がなまっちゃう!」

「それもそうですね」

「……やれやれ」


 退屈した子供のようにキョウシちゃんが言う。急ぐのは悪い事ではないが、腕がなまるという理由はいかがなものか。

 この子も単純……いや、真っ直ぐに見えるのだが、その内側には打算的なものが潜んでいるのだろうか。俺には良く分からない。


「それよりさ、もういいよね?どんどん斬っていっても」

「姉さん……?」

「……」

「だって話し合っても無駄でしょ?さっきだって救世主さまも脅してたじゃない」


 バレてた。正確に言うと脅威を伝えただけなのだが、全体で見れば脅迫していたのと変わりない。


「どうしますか?ハートウォーマー、心の救世主さん」

「ちょっとの間、休業します……」

「もう廃業でいいんじゃないの?」


 そう言ってキョウシちゃんがトドメを刺した。




 その後の俺たちの快進撃は見事なものだった。


「俺が最強のはずなのにー!?」

「僕のハーレムがー!?」

「わたくしに敵う者など居るはずが……居た!?」

「俺っちの性奴隷どもが~!?」

「我輩の世界一のポコ○ンがー!?」


 俺たちは突き進む、人助けという名の脅迫行為を繰り返す為に。

 もはや迷いなどある訳がなかった。人々の恐怖とおののきの中を、一切の慈悲も持たずに縦横無尽に蹂躙してく覚悟は出来ていた。……よね?


「……はい」


 ジョーシさんが渋々といった様子で同意する。ここまでやってしまえばもう後戻りは出来ないだろう。

 にしても、人を救う為とはいえその願望をことごとく破壊していくのは余り気持ちのいい事ではない。思わずため息を落とした俺にキョウシちゃんがあっけらかんとして言う。


「やっぱり男ってバカしかいないのね」

「おっしゃる通りで……」


 全ての賢明で愛すべき男たちへ、……バカ野郎ー!!

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