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剣の解と高身長

「これまでの事実から分かった事は……」


 自らノックアウトした男を足元に放置してジョーシさんが語り出す。強盗と名乗って大の男を殴り倒したこの元頭脳派の言葉に、今更どんな説得力があるというのだろう。

 別の意味で説得力は増したが。


「話すより剣の方が手っ取り早いって事でしょ?」

「違います」


 あながち間違っていないと思う。


「俺には分かったよ。日々の健康は出たモノで分かる、すなわちジョーシさんはかなりの健康体で──」

「何の話をしてるんですか!今ここで起こっている事の話です。その原因が分かった、と言っているんです」

「ああ……」

「ふ~ん」


 そういえばそんな話をしていたような気がする。長話の気配を察したのか、キョウシちゃんが俺たちの会話からさり気なくフェイドアウトする。


「原因は剣かもしれません、剣が信者の願いを叶えようとしているのかも」

「……剣?」

「正確に言うとサビです、そこら中に転がっている黒い塊ですね」

「ああ、この妙な物体か」

「忘れましたか?サビは元々剣だったんです。今まで何度もボクたちを助け、今も街で様々な人の望む形となって働いている剣です。剣は人の望みに反応する、なので密度の高いサビが人の願いに反応して姿を変えてもおかしくはないと思うんです。どうですか?この推測は」


 確かにサビ人間たちは俺の言う事を良く聞いてくれた、敵とは思えないほどに。


「敵じゃなかったんですよ。そもそも最初から」


 その考えはあながち間違ってはいないと思う、見た目も確かに良く似ている。自称最強が斬り倒していた黒い人影やさっき斬られた女の形をした黒い物体、それらを見た時に俺も薄っすらそんな気はしていたのだ。

 だが明らかに違うと言える点が一つあった。


「でも、さっきのあの美女たちだが……」

「そんなの居ましたっけ?……あ、あのだらしない顔をした男を取り囲んでいた」

「ああ、それだ。あの時は明らかに俺にもあの黒いのが人に見えていたんだ」


 それどころか甘い色気まで漂わせていた。下手したらこの二人よりもセクシーで魅力的に見え──。


「確かその後、姉さんに斬られましたよね。どうなりましたか?」

「木炭に戻った……」

「でしょうね。……どうして泣きそうな顔をするんですか」


 男には触れてはいけない過去がある、デリケートでバリケードで腐った魚のようにとてつもなく柔らかくてもろい部分が……。


「その部分には触れませんから聞いて下さい」

「……はい」

「きっと願った人にはそう見えるんだと思います。一応、神の力が働いているようですので」

「神の……」

「まぁ、一種の幻覚なのかもしれませんが」


 俺は手元の剣をジッと見つめる。確かに便利な物体だ、勝手に飛び回ったり望んだ形になったり。こいつらならそれぐらいの事は出来るのかもしれない。

 そんな剣の向こう側には掘り起こされた黒い塊があった、男がお宝と言って騒いでいたやつだ。うん?という事は──。


「じゃあ、ジョーシさんにはそこの黒いのは何に見えてたんだ?」

「……」


 ジョーシさんが絶句する、一体何を望んだというのだろう。もしかしたら望まないものまで見えてしまうのかもしれない。それがどういう物体なのかはあえて言及を避けておこう。

 その時、石像と化したジョーシさんの足元からすっかり忘れてられていた男がガバと体を起こした。


「あ!あの、さっきはすいま──」

「あ!うわっ」


 男はジョーシさんの顔を見ると、その遅すぎた謝罪に耳も貸さずにさっさと逃げ出してしまった。

 話も聞かずにいきなり逃げ出すとは、話も聞かずにいきなり頭を叩き割ろうとするのと同じぐらいに失礼だ。いや、大して失礼ではないのかもしれない。

 むしろ当然の反応だった。


「……」


 俺はそんな元頭脳派の盗賊さんを覗き見る、きっと後悔や反省の色に染まっているのだろう。

 と思ったが、どうやら大してダメージを受けていないらしい。むしろ勝ち誇った顔で俺を見ている。盗賊の誇りでも芽生えたのだろうか。


「で、どうですか?きっと当たってますよね、この考え」

「え……」


 何事も無かったようにジョーシさんが話し出す。


「ボクには分かったんですよ、ここで起こっている事の原因が。お二人はどうだったんですか?自分で考えてこの結論に至る事が出来ましたか?」

「……」


 更にドヤ顔であおって来る、どうやら目の前の失態よりも自分が先に分かった事実の方が重要らしい。そして俺たちにからかわれた事を忘れずに、しっかり根に持っていらっしゃった。

 さすがは頭脳派盗賊さん、転んでもただでは起きない。


「す、凄いよ。ジョーシさん!さすがさすが」

「はい……、もっと褒めて貰っても構いませんよ?このぐらい当然の事ですがね」


 ジョーシさんがメガネを指の腹で持ち上げる。その素晴らしく勝ち誇った顔ときたら!……正直うざいです。


「話は終わった?じゃあ行きましょっか」


 そしてフェードアウトしていたキョウシちゃんが急に戻って来る。からかったのは俺だけじゃないのに謝ったのは俺だけだった、何か納得が行かない。ジョーシさんはそれでいいらしいが、ちょっと姉に対して甘すぎないか?

 ブツブツ言う俺を置いて姉妹は先へと歩き出していた。慌てて後を追うと、珍しくキョウシちゃんが眉間にシワを寄せて俺に話し掛けて来る。


「にしてもさ~、前から思ってたんだけど」

「ん?何だ?」

「大して強くもないのに最強とか名乗ってみたり、形だけの女にデレデレしたり。やれ宝だ夢だって地面掘り返したりして、男ってバカしか居ないの?」

「……返す言葉がございません」


 いや、きっと俺の知らないところにはエロと強さに全く興味のない、崇高で賢い男だって居るはずだ。だが俺には謝る事しか出来なかった。

 それに果たして男だけだろうか。泉のところに居た女だって若さと美しさに取り憑かれていた。バカとは言わないが背筋に寒いものを感じた。

 それより何より自分の事を忘れていないか?散々脅迫まがいな事を繰り返して、教団というより悪漢の頭領のような人に言われても説得力が──。


「救世主さま~?聞こえてるわよ~」

「ありました、説得力しかありませんでした。そうです、男がバカなんです!」

「そうよね♪」


 全てのバカで愛すべき男たちへ、──ごめんなさい。




 少し歩くと再び空洞が見えてきた。見覚えのある場所だ、そこは確か……猫の間。

 近づくとやはり人の声がする、しかも少しテンションが上がっている男の声。中を覗くまでもなく嫌な感じがする、どうして人の喜ぶ声で嫌な気持ちになるのか。人を救うのも楽ではない。


「もうチビだなんて言わせないぞ……、僕の方が大きいんだ。へへっ」


 空洞の中へ入って行くと一人の男が居た。別段変わったところは無い、少し背が高いぐらいだろうか。天井に届くぐらいはある。


「救世主さん、彼の足元をちゃんと見て下さい」

「……あれ?」


 そこはこの空洞の中央で、キョウシちゃんによって深い穴が掘られた場所だった。そんな場所から体全部を覗かせているこの男は一体どんな構造をしているのだ。

 そうか、こいつが教団に報告されていた身長が何倍もある男。


「やぁやぁこれは」


 巨大な男は俺たちを見ると近付いて来た。おっくうそうに頭を天井にすり付けて、更に腰を折ってその不便さを楽しむように少しずつ近づいて来た。

 その足は奇妙なほど細く、ランプの明かりに照らされていても黒い。これも恐らく──、というか当然あの物体だ。


「やぁ、おチビさんたち。こんなところで何をしているんだい?」


 男はこれでもかというぐらいの上から目線で俺たちに話しかけて来た。良く見るとその顔は童顔で顔の形も丸かった、元の身長を想像すると俺はなぜかその巨大な小男が少し気の毒に思えた。


「へへっ、別に怖がらなくたっていいんだ。大きな相手に近寄られたらそう感じるのも仕方ないけどね。でも僕は見た目通り心だって凄く大きな男なんだよ」

「斬っていい?」

「早いです、姉さん。少し説得してみましょう、危害は加えて来ないようですし」


 危害のない男の脳天をいきなり叩き割った人が一体何を言って──。


「救世主さん、聞こえてます」

「あれー?おかしいなー、聞こえるように言ったんだよー?」

「……あの、お願いします。地上へ戻って下さい。今この場所は非常に混乱しています、何かの巻き添えを食う前に街へ避難して下さい」


 ジョーシさんのまともな説得に男は首をかしげた。そして、うーんと小さくうなる。

 逃げるなら今の内だ。頼む、これ以上無駄な殺生はさせないでくれ。俺がそんな事を願っていると、おっくうそうにその男は答えた。


「戻ってもいいんだけどね。頭がつっかえちゃってさ、通れそうにないんだよね、その穴。困っちゃうよねー、背が高いってさ」

「じゃあ、斬ればいいのね」

「姉さん、もう少し待っ──」


 これ以上待つ訳もなく、キョウシちゃんは予備動作すら見せずに男の足を切り裂いた。ドスンという音と共に男が落ちて来る、無常──。

 またやってしまった、また人の望みを壊してしまった。ああ、神よ。願う事は罪なのですか……?


「救世主さん、信じてもいない神に祈るフリなんてしないで下さい」

「いいじゃん、ちょっとぐらい」


 地面に落ちた哀れな子羊は信じられないといった顔で俺たちを見上げている。やはり思った通りの小男だった。


「……あっ、うわっ。あっ!あっ!あっ!」


 小男は慌てて立ち上がると俺たちの前でジャンプした、何度も何度も。その姿は高いところに釣られたエサに必死で食い付こうとする小犬のようだった。

 唖然とその姿を見守る俺たち。次にキョウシちゃんがその気になった時、恐らくこの小男も服をズタズタにされてあられもない姿を晒す事になるだろう。

 俺たちはなぜこんな追い剥ぎめいた事を繰り返しているのか……。

 すると再び小男が大きくなった。その足が再び伸びたのだ。視線を地面にやるとそこら中から黒い塊が集まっている、そして男の足をどんどん長く伸ばして──。


「諦めが悪いのね」


 キョウシちゃんが楽しそうにそう言うと、伸びだした小男はバランスを崩して再び縮み出す。目にも留まらぬ剣げきだ。それでも跳躍を繰り返す小男とキョウシちゃんの動作すらない太刀筋──。

 奇妙な戦いが続いた、それはまるで打ち手の居ないダルマ落としだった。


「あっ……!?」


 ついに小男が地面に転がる、やはりまた破壊神が勝利してしまった。小男は泣きそうな顔でキョウシちゃんを見上げると、急に大きな声を上げて叫びだした。


「う、うわーー!?」


 再び小男の身長が伸びる。だが今度は足ではなかった、頭が伸びた。その頭髪の上に毛が重なるように、黒々した毛がドンドンと高さを増していく。だがそれを破壊神が見逃す訳もなく──。


「うわーーん!?」


 伸びた頭と一緒に頭髪まで綺麗に切られた小男は、泣き声を上げて逃げ出してしまった。

 さすがにやり過ぎだ……。だが、いい戦いだった。

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