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剣の謁見

「救世主ちゃん、お久し振り。元気だった?」

「はい。ヨージョさまの方こそ、ご機嫌うるわしゅうございます」

「フフ、随分しおらしくなっちゃって。……連れの方はそうでもないみたいだけど」


 俺たちはヨージョさまの前に来て居た。その場所は紫煙の立ち込める怪しげで不思議な空間だったが、既にそんな事は気にかからなくなっていた。俺はヨージョさまの前に居るのだ。

 そのお方は薄いベールで顔を覆い、挑発するように体を横たえておられる。まるで自分が相手にどう見えるか、どんな影響を与えるかを完全に計算されているかのようなお姿だ。そしてその効果を何倍にも引き立てるような動きや話し方をされている。……素敵だ。


「とりあえず、お疲れさま、とでも言っておけばいいのかしら」

「もったいないお言葉でございま──」

「そんな前置きはどうだっていいです。それより預言者としての役目を果たして下さい」


 しおらしくない連れの方がヨージョさまに食って掛かるように言った、その口調は珍しくピリピリしている。

 それを受けてヨージョさまは初めて見たように自分の妹に目をやる、そしてたっぷり時間を掛けて口元に微笑を浮かべるとそのまま静かに口を開いた。


「それなら毎日果たしているわ、あなたに言われる必要など無いと思うけど。……聞きたい事があるんでしょう?ならさっさと聞きなさい」


 しょっぱなから火花がバリバリと散っていた、久し振りに会った姉妹という感じではない。息が詰まりそうだ。

 ここは一つ俺が男を見せるべきなのだろうか。このピリピリした空気を一気に吹き飛ばすようなとっておきの芸を披露し──。


「救世主さんは引っ込んでて下さい」

「えぇ……」

「救世主ちゃん、ちょっと黙っててね」

「はい、かしこまりました」


 俺は部屋の隅に下がり二人様子を男らしく見守る事にした。なぜかジョーシさんが俺を凄く睨んでいる、でもきっと気のせいだ。目つきの悪い子で困るなぁ、ハハハ。


「……お姉さま、ボクたちは当初の目的を達成したんでしょうか?」

「そうね、目的以上の事をしてくれたと思っているわ」

「それは……、やり過ぎた、という意味ですか?」

「いいえ?どうせいつか起こるだろう事をまとめて引き受けてくれた、そんなところかしらね」


 何やら静かな戦いが続いていた、言葉の端々にトゲがある。ジョーシさんでさえこんな調子なのだから、キョウシちゃんが来たら大変な事になっていただろう。あの子ならトゲどころでは済まない、本当に刃物や血が飛び散りそうだ。


「お姉さまはどこまでご存知だったのですか?」

「そうね……。ほとんど全て、かしらね」

「ならボクたちが何度も死ぬような思いをしたのもご存知なんですよね……?それをただ黙って見ていた、と言いたいんですか」


 ジョーシさんの言葉に怒気がこもる、それは俺にとっても他人事ではなかった。というか俺が一番死に掛けていたと思うし、回数で言うと姉妹より一桁多いだろう。なので気持ち的にはジョーシさんに加担すべきなのだろうが、俺にはなぜかヨージョさまを憎む事が出来なかった。


「あなたたちは本当に良くやってくれたわ。途中で投げ出すと思ってたけど見事にやり遂げてくれた。その点は感謝しているけど、私だって何もせずに眺めていた訳じゃないわ」


 感謝、という言葉にジョーシさんが少し戸惑う。攻撃的な目付きが少しゆるんだようだが、それも直ぐに姿を消してしまった。


「どうせ、これもお姉さまの目論見通りなんでしょうね」

「さぁ、どうでしょうね。あなたたちは自分の判断で行動した、それだけは確かよ」

「……それはどういう意味ですか?ボクたちが勝手にやったのだから責任を取れ、とでも言ってるんですか?」

「そうは言ってないわ。でも……、自分で選んだ事の責任はちゃんと取らないとね」


 ヨージョさまのその言葉はまるで自分に言い聞かすようだった、だがジョーシさんはそんな事に構いいもせずに突っかかっていく。


「山の中にある剣を見つければこの騒動は治まったはずです。なのにわざわざ地下深くまで潜らせた、それはお姉さまの指示があったからです」

「そうかもしれないわね。まぁあの時は少しイタズラしたかったのよ、可愛い子には旅をさせろって言うでしょ?」

「イタズラで済む話じゃありません。実際、今だってまだ問題は解決していないじゃないですか」

「言ったはずよ?これもいつか起こる事だったの、早いか遅いかだけの話。問題を大きくした訳じゃないわ」

「じゃあボクたちはどうすればいいんですか!」


 ジョーシさんの叫ぶような問いかけにヨージョさまが黙り込む。そしてしっかりと時間を掛けて口元に笑みを作る、まるで上下関係を相手に理解させるような力のある微笑みだ。


「地下が楽しそうな事になってるわ、行きなさい。そして本当の敵が何なのか、目にするといいわ」

「本当の……?お姉さま、それは一体何ですか?もっと具体的に教えてくれてもいいんじゃ──」

「そろそろお帰りの時間かしらね、楽しかったわ」


 ヨージョさまが周囲を見回すと、どこからか男たちが現われていた。そしてあっという間に俺たちを取り囲む。そのまま男たちは何も言わずにジョーシさんの腕や肩をつかむと、部屋の入り口へと追いやって行く。


「お姉さま、答えてください!本当の敵とは何なのか!……ああもう、離して下さい。というか、どうして救世主さんまでボクを押すんですか!何でそっち側に付いてるんですか!?」




 実りの多い謁見(えっけん)だった。目を閉じればヨージョさまの笑顔が浮かぶ、それだけでとても満たされた気持ちになった。この気持ちを隣に居るピリピリイライラさんに分けてあげたい。


「結局、ボクたちはお姉さまの手の平の上で踊らされているだけです」

「悪くないじゃないか」


 手の平もいいがそれより俺はヨージョさまのお○ぱいの上で踊らされたかった。それなら不眠不休でひと月は踊れるだろう、自信がある。


「結局また地下に行けというだけで、まともな情報は得られませんでしたね。本当の敵なんて言われても何のことやら……」

「そう、やはり敵は俺たちの中に居るのだ。俺の中に眠る悪魔、闇の救世主インサイドダークネスセイバーこそが本当の敵であり、俺の真実の姿なの──」

「それなら今直ぐボクが救世主さんを倒します」

「ひぃっ……!?」


 思わず身構えたがジョーシさんは剣すら手にしていなかった、どうやら俺を(ほふ)る気はないようだ、冗談が通じて良かった。

 だがその慢心がこの後に悲劇をもたらす事になろうとは、この時の俺たちには知るよしもないのだっ──。


「インサイド何とかさん、ブツブツ言ってると置いていきますよ」

「あれ……?もうちょっとゆっくり歩いてよ。闇の魔術師さんインサイドダークネスジョーシさん!」

「誰ですかそれは」


 急に道を折れたジョーシさんを追い掛ける、迷ったら本気で帰れる気がしない。

 それに行きより明らかに歩調が速くなっている、イライラしているせいだろうか。


「本当に頭に来ます、あの態度。事実のみを教えてくれればいいのに、妙にもったいぶって話すから……」

「まぁ、確かに」

「昔からなんです、手の内を全て晒さないように相手を操ろうとする手口は。姉妹に対してもですよ?ちょっとは気を許してくれてもいいじゃないですか」


 嫌っているのか仲良くしたいのか、この姉妹は本当に良く分からない。ヨージョさまにも何か事情があるのだろうが、いつもは冷静なジョーシさんも長女相手となるとそこまで頭が回らないらしい。頭は回らなくても口は回るらしく、ブツブツと長女の愚痴を吐いている。今にも口から火でも吐きそうだ。

 俺はそんなジョーシさんに毒されないように、ソッとヨージョさまを心に浮かべた。


「ずっとあんな態度で見下されて来たんです、さすがにやってられませんよ。……救世主さんも感じませんか?あの思わせぶりな口調や喋り方って、凄く──」

「素敵なんだよなぁ」

「頭に来ますよね。……って、救世主さん!?」




 そのまま俺たちは新居へと戻った。ジョーシさんの歩調は更に加速して、もはや歩いているというより走っているようだった。それでも俺は振り払われまいと、(形だけは)歩いているジョーシさんに全力で走って食らい付かねばならなかった。

 激しい戦いだった……。


「姉さん、ただいま帰りました」

「ゼェ……、ゼェ……。ただいゼェ……、まゼェ……」

「ああ、帰ったんだ。……ふ~ん」


 そして部屋へ入ると仏頂面のキョウシちゃんに熱烈大歓迎を受けるのだった……。ほんと面倒臭いなこの姉妹。


「で、何か分かったの?どうせ嫌味な態度で煙に巻かれただけじゃないの?……え、何?」


 ジョーシさんは帰るなり仏頂面の姉に近付いて、耳元で何やらゴニョゴニョつぶやいている。そして俺の顔をチラチラと見る。

 そんな隠す必要など無いのに、もっと堂々と俺を褒め称えてくれればいいのだ。俺の強さや気高さを……。まったく、ジョーシさんは照れ屋だなぁ。

 俺が一人で自分に酔っていると、眉間にシワを寄せた二人がジッと俺を睨んで来る。そして粘り付くような声でこう言った。


「さいて~」


 分かってました、きっとヨージョさまに対する俺の態度が三女さんにはお気に召さなかったのだろう。それをわざわざキョウシちゃんに告げ口するとは、中々に性格がねじくれていらっしゃる。

 俺はそんな二人を眺めながらも、良く分からない充実感に満たされていた。

 悪くはない、何度も死に掛けたり姉妹にさげすまれたりしてはいるが(更に変質者扱いされたり雑用係をやらされたり物扱いされたり尻の穴に指を以下略)、案外俺はこんな毎日を楽しんでいるのかもしれない。

 だからなのだろうか、俺がヨージョさまを憎めない理由は。どんなひどい目に合ってもこのとんでもない日々が楽しいのだ。

 俺は目を閉じるとヨージョさまの笑顔を心に浮かべた。なぜかその笑顔は二つの大きな膨らみとなって俺の心と股間を満たした。ああ、ヨージョさま、ヨージョさま。

 そんな幸福な俺に、もう一度二人の視線と言葉が突き刺さる。


「さいて~」


 はい、分かってます。

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