剣の作戦会議
「旨い!」
野菜や小麦のごった煮スープを口に運び、俺が感嘆の声を漏らす。
「そんな物ですみません、救世主さん。あなたがここに居る事は教団には内緒にしてあるので」
とジョーシさん。
「色々騒ぎになるから……ねぇ?」
とキョウシちゃんも。
言わんとする事は分かった。
演劇に現れた剣の達人”救世主”の作り上げられたイメージ。
それに俺はふさわしくないらしい。
「……うん、旨い」
舞台を見た後、俺たちは再び馬屋に戻り。
今後について考える為、日も暮れた薄暗い部屋に集まった訳だが。
「何でも美味しそうに食べますね、救世主さん」
「本来は救世主様に出すような物じゃないんだけど……」
何やら気まずそうなキョウシちゃん。
「キョウシちゃんの作ってくれたものなら何でも美味しいよ!」
謎のフォローを入れる俺。
「私が作った訳じゃありません」
「えっと……、キョウシちゃんと一緒なら何でも美味しいよ!」
謎のフォローを続ける俺。
「ボクが一緒の時も美味しそうに食べてましたよね」
「えっと……、キョウシちゃんが一緒ならもっと美味しいよ!」
ジョーシさんを無視して続ける俺。
「いいからさっさと片付けちゃってくださいね!」
「えっと……、はい」
笑顔で返すキョウシちゃんにもはや言うべき事がない俺。
ズルズルっとごった煮を口へ運ぶ。
旨いものは旨いんだよなぁ。
そういえば教団では剣のように硬いものが好まれるんだったっけ。
よく分からん価値観だ、口に入るだけでも十分贅沢なのに。
そういえば俺以外にもふさわしくないものがもう一つあった。
キョウシちゃんの腰に巻かれ、じゃれる猫のようになってるお前。
たまに揺れる鞘が尻尾のようなお前!
神の剣。
お前はそれでいいのか、剣としての誇りはないのか。
まるで立派な腰ヒモじゃないか。
主人である俺でも気付かなかったぞ。
そう、俺は救世主。
神の剣に選ばれこの世界を救うらしい存在。
そんな幻想を押し付けられた、ただの男だ。
剣よりクワを振り回す方が様になってますが、文句あるか。
神の剣に見捨てられましたが、文句あるか?
俺はあるぞ!
「では、今後についてですが」
キョウシちゃんの腰ヒモを睨む俺を気にもせず、ジョーシさんが口火を切る。
「地下にある何かを目指すべきだと考えています、この騒動の元はそこにあると。いかがですか?」
「私、行きたくない」
「俺も」
真顔で俺を見るキョウシちゃんとジョーシさん。
なぜだ、キョウシちゃんと同じく本音で言っただけなのに。
「聞いてください、このままではダメなんです。活気があるように見えますが、この街にはかなりの不満が溜まっています。外敵への恐怖や不安・壁で閉ざされた生活・住居の狭さや物価の高さ。この辺は主に教団に対する不満ではありますが……。助けを求めに来て、安全が確保されればキバをむく。勝手な話ですがそういうものなのでしょう。そして正直な話、教団は何もしていません、なぜか神の剣に集まった人たちを安全の為に壁で囲って、入信したい者をそうさせただけです。交易を全て仕切っているのは問題かもしれませんが……。良くも悪くも何もしていないのです、こんな事になった原因を突き止める気もないんです。その理由は、教団は今回の件で得こそすれ、何一つ損はしていないからです。しかし世界の終わりと言われているこんな時に、信者が増えたと浮かれていたり、忘れていた野心に飲み込まれたりしてはいけないんです。だからボクたちがやるんです!教団の一員として、やるべき事をやるんです!」
ジョーシさんの熱の入った演説。
思わず拍手する俺、とキョウシちゃん。
「やめてください、姉さんまで」
「姉さん……?え、姉妹だったの?」
「言ってませんでしたっけ?救世主様」
なるほど、印象はまるで違うが似てはいる。
いや、二人並ぶと今度は違いを探してしまいそうになるが。あ、やっぱり似てる。
「話が入れ変わってます!ボクは一人でも行きますよ、地下のその場所へ。ボクのこの特技があれば行けるはずです。……なんですかその顔は」
真顔でジョーシさんを見る俺、とキョウシちゃん。
途中で笑い転げ、あえぎ声を上げ倒れるところまで想像できた。
……無理だよそりゃ。
「無理でしょ、あなた……」
キョウシちゃんが俺の心を代弁する。
「じゃあどうするんですか!こんな迷路みたいな場所でずっと体をムズムズさせながら生活するなんて嫌ですよ!……あ、いや、もちろん教団を思っての事ですが」
「本音が出ちゃったね」
出ちゃ居ましたね、ジョーシさんはこの街に居たくないらしい。
その為に理由をつけて地下へ……わざわざ地下へ?
「じゃあ地下なんか行かず、ブラブラ旅でもしてようよ」
「救世主様!」
「救世主さん!」
うわ、凄い剣幕で見てる、見られてる。
さっきまでとは違う。
さすが剣の教団、曲がった事は許さない。
中々融通の効かない人たちだ。
少なくともこの二人の中にはまだその教えが残ってるらしい。
「救世主さん、地下で何か言ってましたよね。掘るだとか何とか、あれってどういう意味ですか?」
「……え?」
そういえば言った気がする。なんだっけ?
あの時は随分動揺してたからなぁ……。
息の荒いジョーシさんと、その切ないあえぎ声。
そそり立つ神の剣と、ジョーシさんのとろけた瞳。
「……なぜボクを見つめるんですか」
「あ、ごめん。ちょっと考え事を」
なぜかキョウシちゃんに睨まれながら思い出す。
そうだ。あの時、俺が手にしていたのはキョウシちゃんの腰ヒモ、じゃなくて神の剣、クワか。
現状と形状はともかく、その切れ味は素晴らしかった。
錆人間ごと地面を掘り返せる代物だ、……つまり回答は。
「1から掘ればいいんじゃないかな」
「……はい?」
「……はい?」
キョウシちゃんとジョーシさんがハモる。
「1から掘り進んでいけば、ジョーシさんの体のセンサーは反応しないんじゃないの?それで地下のー、何かの場所まで行こうよ」
「……」
沈黙。
俺の名案に言葉もない、これがぐうの音も出ないという奴か。
「確かにボクのセンサーは反応しないかもしれませんが。それって場所が分からないって事ですよ?目的地までの。闇雲に掘る気ですか?」
「……ぐう」
出た、俺から出た。
「その前にどうやって掘るの?」
「それはまぁ、その腰ヒモ……いや神の剣、いやいや神のクワで」
今、上機嫌で柄を尻尾のようにフリフリしているその軟体動物で。
「ああ……」
何やら考えるキョウシちゃん。
「やはりあの時、一人ででも奥へ行くべきでした……」
「いや、それはまずい……」
色々まずい、あれこれまずい。
「悪くないんじゃないの?」
「え」
あっけらかんと言うキョウシちゃん。
「大体の場所が分かればいいんでしょ?下手に入り組んだ場所に行くよりいいかもしれない」
ああ、そっちの話か。
「姉さん!?でもそんなのどうやって……」
口をつぐむジョーシさん、何か思い至ったらしい。
「預言者様にお伺いを立てましょう、細かい話はまた明日で」
そう言うと立ち上がり馬屋を出るキョウシちゃん。
「……もう、姉さん!」
その後を追うジョーシさん。
どうやら俺の思いつきが通ったらしい。
しかし、預言者様って誰だ、面倒な人じゃなければいいけど……。




