剣の花とマン
その場所では花が咲き乱れていた、美しい花々だ。その中には人の形をした花も含まれていた、全裸で笑い合いながら踊る乙女たちという美しい花が。
あれはなんと言ったろう……。そう、確か淫婦。
「ニンフです、救世主さん。森や川の精霊です。そんな恥ずかしい独り言、漏らさないで下さい」
そう、確かニンフ。うら若き乙女の姿をした精霊のような存在。そんな美しい花々がなんの恥じらいもなく咲き乱れていた。
「あははははっ、うふふふふっ」
「変な声を上げないで下さい、救世主さん」
なんて素晴らしいんだろう。俺の前には楽園があった、自然そのままの姿が。無防備で野放図で何にも縛られるものがない美しい楽園が。
「どうですか?そろそろ満足しましたか?」
「……待って、もうちょっと」
そんな光景があったのだ、確かに前来た時には……。
今、俺の目の前にあるのは盛り上がった土だった。明らかに何かを埋めましたという怪しげな盛り土だ。確かに土の中に花も混じってはいるが、荒れた墓場に置き忘れられた花という印象しか持てはしなかった。
キョウシちゃんによって泥人形のようになるまでズタズタに切り裂かれた乙女たち、それがこの土の下に埋まっていた。荒涼とした花々の墓場、そんなものが俺の前に横たわっていた……。
「そんな過去の思い出に浸らなくても、救世主さんの前には活き活きとした可愛い癒しが……ねぇ?」
「……うん」
「何ですかその目は……!これでもボクたち姉妹は小さい頃から信者の方たちに可愛い可愛いといわれ──」
また始まってしまった、過去に言われた可愛い自慢だ。確かにこの姉妹は見た目だけなら可愛いのだろう。だが教団の隠し持った凶暴で危険な影が、姉妹から可愛いなどという生易しいものからを遠ざけてしまったのだと思う。
街の人たちも薄々気付いているはずだ。長年しいたげられて来た教団の怨念のようなものに。
「……そろそろ行こうか」
「そりゃあもう目に入れても痛くない程度には可愛がられて……、話はまだ終わってませんよ!?」
「今もキョウシちゃんは必死になって時間を稼いでくれているはずだ」
「あっ……、分かりましたよ。先を急ぎましょう」
渋々といった様子でジョーシさんが口を閉ざす。ちなみに今ジョーシさんが話していたのも過去の可愛がられた話だが、この短時間で何度同じ話をされたのだろう。残念ながらそれほどレパートリーはないらしい、そんなものを聞かされる身にもなって欲しいものだ。
やれやれ、と立ち上がると神の剣が手に収まる。杖になる気満々のようだ、気の回る剣なのは嬉しいが自分が剣である事を忘れていないか心配になる。
「よし、行くか」
「……はい」
今までにない程の不満げなジョーシさんを伴って俺たちは歩き出した。ここもまた俺の癒しとはならなかったようだ……。
ヨロヨロと杖をつき花々の墓場の横を通り過ぎる。だがその時、俺の中に天使のような悪魔の閃きが舞い降りた。
そうか、その手があった。そして俺はその誘惑に一瞬で敗北していたらしい──。俺は手元を睨み付ける。 聞け、剣よ。お前は杖ではない、かといって剣でもない……。今はクワだ、もしくはツルハシだ。墓の下に眠るお宝を探し求める貪欲なハンター、それがお前だ。
俺は剣に暗示をかけるように何度も念じる。剣はそれを感じ取ったのか僅かにその先を尖らせた、これは行ける……!
「どうしたんですか?救世主さん。急ぐんじゃないんですか?それともボクら姉妹で癒されますか、ボクはいつだって問題ないですよ。可愛い可愛いと褒めたたえてくれて構いませんよ!?」
「お……」
「……お?何ですか救世主さん、驚くほどに可愛いですか、王女のように可愛いですか?それともオアシスですか、砂漠の中に出来た美しい水の楽園ですか!?」
ジョーシさんは何やらヤケになっている。それに何度もボクら姉妹と強調しているが、当然ここに居るのはジョーシさんだけだ。姉妹と言い張る事で気恥ずかしさを誤魔化しているだろうか。
そんな気恥ずかしいジョーシさんを放置して、俺は大掛かりに体を倒すと盛り土の上に剣に突き刺した。
そうだ、居るのだこの下に。この土の下に俺の癒しで王女でオアシスたちが埋まっているのだ。なら掘り出せばいい!
「おっと手が滑ったー!!」
「手が滑るほどに可愛いですかー!?……お?」
破壊音と共に土がえぐれる、そしてその下に眠っていた何かの影が見える。掘り当てた、俺は金脈を掘り当てたぞ。さぁ存分に俺を癒すといいさ!
「救世主さん、一体何を……?あっ、まさか」
ようやく我に返ったジョーシさん、そしてほくそ笑む俺。そんな俺たちの前に穴から這い出して来たのは美しい花々──ではなく、ひどく醜悪な顔をした人面の獣だった。
見覚えがあるその愛らしくない顔付きと獣じみた四本足の姿。なんて言ったっけ?確かマンなんとかさん……。
「……以前どこかでお会いしましたよね?」
俺のそんな丁寧な挨拶にマンなんとかさんは険しい視線とうなり声で答えた。何がお気に召さなかったのだろう。ジリジリ後退する俺をマンなんとかさんは値踏みするように爪先から頭の先までなめるように見つめて来る。
嫌な感じだ、この感じには覚えがある。俺はこの化け物をなんと呼んでいただろう、マンなんとかさん。違う、もっと可愛げのある相性だった。女性を呼ぶような感じだ、なら子を付けるべきだろう。
そうだ、確かこんな呼び名だった。マン子さ──。
「ひどいです救世主さん!」
「な、何が……?」
今まさにひどい目に逢おうとしているのに、ジョーシさんは何を一人で盛り上がっているのだろう。
「ボクたちよりもそんな獣に癒されようっていうんですか!見損ないましたよ、それでもケダモノですか!変質者ですか!?」
「おいおい……」
その言いようは余りにひどい、誰がケダモノで変質者だ。否定はしないが少なくとも癒しを求めてこいつを掘り当てた訳ではない、ちょっとした手違いだ。そうだ、手違いなのだ。
まずい、この感じだとジョーシさんも味方になってくれそうにない。思い出せ、こいつの弱点を。俺はどうやってこいつを倒したのか、……その前にこいつってどんな攻撃してきたっけ?
俺の疑問に応えるようにマン子さんは体を震わせる。その震動が尻尾へと伝わると、その先に付いていたいくつものトゲが飛んで来──。
「神のけ……盾!」
「盾!?」
俺の呼び声に剣はその切っ先を大きく広げる、まるで盾のようになったその剣は飛んで来たトゲを全て受け止め足元にばら撒いた。
いいぞ、俺も成長している。剣の扱いに長けてきた。俺より剣が成長したんじゃないかという突っ込みは台無しになるからやめてくれ。俺たちは互いに成長した、な!
剣は静かに元の姿に戻る、空けた視界にマン子さんの顔が悔しそうに歪んで見える。
「どうだ!」
不思議な高揚感があった、これなら俺一人でも勝てるかもしれない。
「救世主さん……!」
ジョーシさんにもバレてしまっただろうか、俺の成長を、俺の進歩を。そして俺の栄光を。
「その盾という名称はやめて貰えませんか?教団の沽券に関わります」
「ええ、そこ!?」
「重大な問題です!もっと別の呼び名にして下さい!」
「た、例えば……?」
「そうですね。剣のお鍋のフタとか、剣のまな板とかどうですか?」
「うーん……」
そっちの方が失礼じゃないだろうか、敬意らしきものがカケラも感じられない。剣なのにキッチン用品だ、これ一つで簡単に料理が出来てしまう。あら便利っ♪
すっかり無くなってしまった緊張感を思い出させるようにドスドスと音が近づいて来た。そういえば俺、戦ってる最中じゃなかったっけ。
「救世主さん、まな板です!」
「おお?」
その声に反応して剣が俺の前で板状に広がる、そして板は何かにぶつかると覆いかぶさるように倒れ掛かって来た。そのまま俺は押し倒されてまな板の下敷きになる。
まさか俺が料理されるとは思ってもみなかった。しかもこんな調理法、聞いた事ない!
「痛い痛い、重い!神の剣、元に戻って!」
「あっ、ダメです!救世主さん!」
ジョーシさんの声は一歩遅かった、剣は元の姿に戻るとその背後に居る重みの原因を俺に見せつける。マン子さんだ、遮る物がなくなってその爪が俺の肩に食い込む。
マン子さん、そんな強引な……!なんて言ってる場合ではなく──。
「いてててて!?」
「救世主さん、大丈夫ですか!?」
とてもじゃないが大丈夫だとは言えない。それでも俺の目の前で鋭く光る物体、これだけを避けれたのは幸いだった。マン子さんのキバだ、こんなもので噛み付かれていたら顔の一つや二つあっても足りない。その口には今、神の剣が咥えられていた。
「助かった……?いたたたたっ!?」
「救世主さん!?」
「ジョーシさん!このマン子さんより数倍可愛いジョーシさん!助けて!!」
「かわっ……!?」
おかしい、ジョーシさんの反応がよろしくない。せっかく褒めたのに何が気に食わないのか、というか不安になるから急に黙らないで。
「いつでも褒めろって言ってたよね!なんで?褒めてるでしょ!?」
「比較対象が余りに嬉しくないので……」
「じゃあ100倍可愛い!1000倍可愛いよ!」
「……それにマン子さんって何ですか?」
何を悠長に話しているのだろう、今はお喋りを楽しんでいる場合ではないのだ。
必死で抵抗してはいるが、俺は今もマン子さんの熱烈な求愛行為を受けている最中だった。愛されすぎて頭から食われそうだ。剣でなんとか押さえてはいるが凄まじい力だった、荒い吐息が顔にかかって気分が悪い。
「前に説明しましたよね?その化け物はマンティコアと言って──」
「言ってる場合じゃない!助けてよ!?」
「はい……。じゃあ神の剣、お願いします」
渋々といった様子でジョーシさんが口にする、食われかけている仲間を助ける態度とは思えない。
その直後にマン子さんの頭が俺に目掛けて落ちるように襲い掛かって来た、ちゃんと押さえてるはずなのに!?
「いてっ!?」
マン子さんの頭は俺の頭に当たるとそのまま地面に転がった、どうやら輪切りにされたらしい。俺の体の上に次々と肉片が落ちて来る。助かった……、嬉しくはないが頭はまだ付いていた。
「ありがとう、ジョーシさん……」
「いえ……。それよりすいませんね、可愛い癒しじゃなくて」
どうやらまだ気にしているらしい。俺は体に乗った輪切り肉を振り落とす、ため息交じりに言った。
「ジョーシさんは十分可愛いよ。それに、俺には癒しよりも手助けしてくれる仲間の方が大事だって事が分かった」
「……そうですか」
ジョーシさんが不満げに返す。だが俺の方は死に掛けたせいか妙に気分がスッキリしていた。
この辺りから一話で一つオチを付けようと頑張ってますが、無理やり感がありますね。
後数話、このやり方で行ってますが長続きしなかった模様です。




