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剣の心の隙間

「げほげほっ……」

「救世主さん、大丈夫ですか?」


 むせる、まさに最低な気分だった。守りたいものも守れず、無防備な状態で自らの剣にしこたま腹を打たれる。まぁ、運んでくれた訳だが。

 苦虫を噛み潰した気分だった。今、目の前にそんな飲み物が出されたら迷わず飲み干すだろう。人生の味、苦虫ドリンク。

 不味いっ、……もう一杯!


「そんなに落ち込まないで下さい、姉さんにも悪気はなかったと思うんです」


 そうだ、破壊神にそんな気はなかったのだろう。ただ触れるだけで全てを破壊する、そんな自動破壊装置なのだ。結局あの子は恐怖に取り憑かれていようがいまいが、同じ事をしている。危険な存在だ……。


「姉さんはきっと、ボクたちがあの木に邪魔されてると思ったんですよ。だからその障害を取り除いた。今は逃げるのが最優先のはずですからね」

「ああ……」


 そう言われればそうなのかもしれない。頭では理解したが、それでも俺の心は晴れなかった。


「それより、急がないと姉さんは直ぐそこまで来てます」

「……だろうな」


 前の空洞からここまでの道は正直かなり短かった。今でも振り返れば通路のような穴の中にキョウシちゃんの姿が確認できるだろう。

 それでも俺は先へ進む気がしなかった、足も進まなかった……。というか、足のせいで進めなかったのだ。

 俺たちの前には足があった、巨大な足だ。巨人の信仰によって生まれたらしいこの巨大な足は、信仰する人間の想像力のせいかスペースの問題か。なぜかクルブシ辺りまでしかないという、巨人ならぬ巨足だった。

 これが無ければ俺たちはこの空洞を素通りしていただろう。


「懐かしいなぁ……」


 これを挟んでキョウシちゃんと踊ったような、そんなささやかな記憶が蘇る。いや、キョウシちゃんが一人で踊っていただけのような気もする。

 俺はフと記憶を呼び起こす──。あの時、キョウシちゃんによって何度も切り刻まれた足、それが元の姿に戻っていた。その堂々として立派な姿は感動的な気がした、素晴らしい事のようにも思えた。

 俺の代わりに斬られ、足の形すら保てなくないっていたこの足。まるで身をていして俺を守ってくれたような、そんな巨大な足が生まれたままの姿で俺たちの前に存在していた。


「うーん……?何かが違う」

「どうしたんですか?また神の剣に乗せて貰いますか?」

「いや、行こう」


 この足を見て何か慰められるものはないかとあれこれ考えてみたが……、無理だ。所詮はデカイだけの足、形的にも大きさ的にも癒される要素が何一つ無い。なんて無骨で匂いそうな足だ、良くこんな物を挟んでキョウシちゃんと対面したものだ。失礼にも程がある。

 俺はすっくと立ち上がると風を切るように颯爽と歩き出し──、と思ったら膝に来てヨロヨロと手をついた。


「神の剣、ちょっと手を貸して……」

「救世主さん……、老人みたいですよ」


 ジョーシさんの冷たい視線を浴びながら剣を杖代わり歩き出す。やはり案外こたえている、精神的にも肉体的にも。主に腹のダメージが効いている、ナイスボディーブローだ神の剣。

 ジョーシさんの視線が痛い。そんなものより今は少しでも優しい言葉が欲しかった、胸に染みるようなひと言が。

 そうだ、今の俺に必要なのは慰めだ、癒しだ、心に灯る火だ。アイ、ニード、ファイアー。その為にはもっと小さくて健気なものが必要だ、愛らしく(いつく)しみを感じられる何かが。

 なので巨足、貴様は失格だ。


「救世主さん、転ばないで下さいね……」

「世話を掛けるねぇ……、ヨボヨボ」

「やっぱりふざけてます?」

「よ、余裕だよ。余裕は心の豊かさだよ!」


 俺の言葉に納得してくれなかったらしいジョーシさんがブツブツと言葉をこぼす。それでも俺の体に残ったダメージは本物だった。ヨロヨロした足取りで空洞を抜けると、次の空洞までの道を見上げ呆然とする。


「あの、神の剣。頼んでいい……?」

「やっぱりダメですか……」

「手間を掛けるねぇ~」

「……その口調、やめて貰っていいですか?何かカチンと来ます」


 剣が俺を乗せて走り出すと、ちょうど背後からキョウシちゃんの声がした。


「何?この臭そうな足は……!」


 それが率直な感想なのだろう、やはり俺の判断は間違っていなかった。

 でもキョウシちゃん、あなたはその中で踊ってたんですよ?なんて事を心の中でつぶやきながら、俺は腹を庇いながら馬上の人ならぬ剣上の人となる。

 やはりあの足に癒しを求めるのは間違っていた、早く先へ進もう。次は一体何が居たっけ?そんな事を考えていると、雪崩ような金属音とそれに続いて鉄の板を叩く音が響いて来た。キョウシちゃんが巨足の間を抜けたのだ。

 あの足がどうなろうが知った事ではないが、その地鳴りのような音は僅かに俺を恐れさせた。早く癒しを、萎えた心に小さくて可愛い何かを。もしくはモフモフして柔らかいものを!あ、女体でもいいですよ?むしろそっちの方が──、などと考えている内に俺たちは明るい光の下へ出ていた。


「神の剣ストーップ!」


 俺の急な大声に神の剣が反応する。素晴らしい急停止によって、それがまるでお決まりであるかのように俺は神の剣に放り出しされていた。地面にしこたま背中を打ち付ける、俺は一体何をやっているのか。


「ここは……?」

「救世主さん……、もっと上手い止まり方があると思いますが」


 周囲を見渡すとそこは森のようだった。そういえばこんな場所もあった気がする、そして何かが居た気がする、小さくて可愛い何かが。

 俺は周囲に素早く目を走らせる、飢えた野獣のような目を。やはり見覚えがある、この苔むした森、木漏れ日の射す静かな情景。

 そして俺は何かと目が合う、小さな何かだ。──居た!それは身長が俺のヒザ辺りまでしかない小さな人。顔は少々おっさん染みているが、あの足よりもよっぽど愛らしい生き物だ。


「つっかまーえ……た?」

「救世主さん、何してるんですか……?」


 俺は小さな木の根元に飛びついていた、小さな人がそこに隠れたのだ。もう彼らしか居ない、俺の心を癒してくれるのは。心に開いた空白を埋めてくれるのはこの小さな人しか居ないのだ!

 だが木の根元には何も見当たらなかった。どこへ消えたというのだろう、巣穴でもあるのかと探してみるが、無い。おかしい……、小さいと言っても赤ん坊ほどの大きさはある。それが急に消えるなんて事があるのだろうか。


「あの、救世主さん。遊んでいる場合ではないんですが」

「遊んでる訳じゃない!」

「……そのようですね」


 俺は真剣そのものだった、心の飢えを隠さない獣と化していた。俺の心を慰めてくれるのはもう彼らしか居ないのだ。そう、”彼ら”だ。

 俺は木の根から顔を上げると再び周囲に目をやった。──居る、他に何体も小さいのが。彼らは不信なものを見るような目で木陰や岩陰から俺を覗き見ていた。これだけ居れば十分だ、お腹一杯だ。さぁ、存分に可愛がらせてくれ。


「俺の癒しー!」

「癒し……?」


 思わず心の声が全開になってた、ジョーシさんに聞かれてしまったようだ。ちょっと恥ずかしいが今はそれより癒しだった、チラと見えたが女の子も居たぞ。よろしい、これでもかという程に可愛がってくれよう。

 俺はふらつく足で倒れ込むように彼らを捕らえに行く。決して好きでやっている訳ではない、落ちた衝撃で腕や胸が痛い。それでも俺は小人を見つける度にそんな行為を繰り返した。


「くぅ、なぜだ……!」

「諦めて下さい、彼らは捕獲できるような存在ではないはずです」

「そうなの?」

「詳しくは分かりませんが……、恐らく」


 なんて事だ、俺の必死の努力はまたも空振りで終わってしまうのか。”世界”の樹の小さな生き物たちから100歩譲ってここの小人たちに焦点を定めたのに。臭そうな足から1000歩進んでここの小人たちを愛そうと思ったのに……、なぜだ!?


「救世主さんがふざけてるのではないのは分かりました」

「そうだ、俺はいつだって本気のギンギンだ!」

「……その言葉は分かりかねますが、顔つきが戻ってますね」

「ん、そうか?」

「はい、元の間の抜けた感じぐらいには戻りました」

「そうか……」


 この子は良く人の顔を見ている、まるでヘルスチェッカーだ。気が回るのは悪い事ではないだろう、俺も努力せねば。

 胸の形や尻の質感で相手の気持ちが分かるようになれば俺はもっと人の心も救える救世主に──。


「あの、救世主さん……。心が弱っているのは分かりますが、今はこんな事をしている場合ではないのでは?」

「そりゃ分かってるよ。分かってるけどさ……!」

「それに、癒しならもっと他にあるじゃないですか。あんな良く分からないものに頼らなくても」

「他に……?」


 一体何があっただろう、俺は何かを見逃している……?自分の服の匂いをかいでみる。うん、さり気なく臭い。足の裏の匂いも中々の癒しになるだろう。だがこれが正解だとは思えない。

 神の剣か?剣を変形させて可愛い生き物の姿にさせる。ああ、そういう事か!さすがはジョーシさん、知恵が回る。


「そうだ、そうだよな!どうして気付かなかったんだろう」

「そうですよ、救世主さん!」

「よし、神の剣よ。小さな生き物の姿に──」

「違います」


 妙に冷淡な目のジョーシさんが簡潔に否定する。他に一体何があるのだろう、もしかして謎かけか何かなのだろうか。

 うーん、と俺が頭をひねると、ジョーシさんがため息混じりに言った。


「どうして気付かないんですか。ここにこんなに可愛い姉妹が居るのに」

「──」


 何も言葉が出て来なかった、この子は何を言っているのだろう。思わず真顔になった俺に反して、ジョーシさんの顔がどんどん赤くなっていく。どうしたの?風邪?


「何ですか!何か文句でもあるんですか!?あるにしても、もうちょっとまともなリアクションがあるでしょう!」

「いや、でも。さすがにそれは、えぇ……」

「えぇって何ですか!?これでも小さい頃は信者の方に可愛い可愛いと言われ──」


 顔を真っ赤にしてわめき散らすジョーシさん、いつもより表情豊かだ。その顔は半ベソをかいた子供のようだった。……いつかのヤドカリさんかな?

 だが俺に対して散々お説教をしたり、思い付きで風車のような巨大な剣を作り出してしまうこの危険な子を、俺は既に可愛いなどと思えなくなっていた。

 あ、でも性的な目では見てます。


「えっと……、ごめん」

「そんな取って付けたような謝罪はしないで下さい!もっと心を込めて謝って下さい!」


 癒しを求める俺はなぜかジョーシさんに頭を下げていた、一体何をしてるのだろう。早く手にいれなくては、小さくて可愛い何かを、もしくは女体のような何かを。

 俺の癒し探しはまだ始まったばかりだ──!

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